ちゃんと英国紳士してるイギリスが書きたかっただけの話。普段ブリカスとネタにされてますが、かっこいいイギリスもたまには見たいよね
春の日差しが差し込むオフィス
陽気に包まれ眠気を我慢しつつ働く社員達を横目に、カメラ片手に会社内を巡る
今の僕は会社員ではない、記者なのだ
事の発端は昨日の夜にまで遡る
「お兄ちゃんに頼みたいことがあるの」
久しぶりの定時上がり。居間で寛いでいた僕に、にゃぽんが真剣な様子で話しかけた
「なんだよ頼みたいことって」
「同人誌のネタが思いつかなくて…だからお願い!色んな属性のイケメンの資料集めてきて!」
イケメンの資料?それなら部屋に沢山あるじゃないか…それでも足りないっていうのか?
「それって同人誌たくさん買って来いってこと?」
「買ってくれるなら欲しいけど大金使わせるようなこと頼まないよ」
そういう所の良心はあるらしい
危なくボーナスが全部吹き飛ぶところだった
「お兄ちゃんの会社の人たちみんなイケメンなんでしょ?写真でも何でもいいから沢山とって来て」
これ属性リストねとメモ用紙を渡される
見たところ項目は十を超える
え、これ全部やるの?
「全部集めてくれたらお兄ちゃんの食べたがってた限定スイーツ買ってあげるから!お願いね」
それだけ言って自室に帰るにゃぽん。お願いとか言っといて実質強制なんじゃないか
家族に対する遠慮の無さにため息をつく
はぁ…仕方ない。家族のためだ、頼れるお兄ちゃんが一肌脱いであげよう
決してスイーツのためでは無い。決して、だ。
時は戻って今日の昼
ラウンジで一休みしながらチェックの入ったリストをみる
よし、後ちょっとだ
パンパンになった封筒には色んな国の人の写真
これらは、悪用はしないからと頼んで撮らせてもらったものだ。案外皆さんノリがいいようですんなり撮らせてくれた
本当に感謝だ。今度お礼を持っていかないとな
唯一チェックの入っていない項目に目を落とす
あとはスパダリだけなのだが…スパダリの写真ってなんだよあれは概念じゃないか
そもそも、スパダリと言ったら誰だろうな…………
パッと思い浮かんだのはシルクハットを被った英国紳士、イギリスさん
うーん…イギリスさんかぁ確かに顔がいいし、紳士的だもんなぁ…
でもあの人性格悪いらしいしなぁ…
イギリスさんなぁ…と考え込んでいた時、肩にぽんと手を置かれた
「私がどうかしましたか?」
「うわっ!?ちょ、驚かさないで下さいよ…」
「貴方が私の名を連呼していたので。それで、私に何か御用でも?」
しまった、声に出てたか
聞かれてしまった以上、何も言わずには逃げられない
「用というかその…」
「なんです。はっきり言いなさい」
ゴニョゴニョと言葉に詰まっていると、痺れを切らしたイギリスさんに叱られてしまった
ワンチャン興味をなくさせて逃げられないかと思ったが無理そうだ
ここはもう正直に話してしまおう
「イギリスさんってスパダリっぽいよなと思って…」
何を言っているのか分からないという疑問の表情
あ、そうだこの人非オタだった
「すぱだり?とはなんですか」
「簡単に言うとハイスペックなイケメンのことですね。顔も性格もよくて包容力のある完璧な人って感じです」
「成程。確かに私を表すのに良い言葉です」
やけに自信たっぷりに、得意げな表情をする
この人の自己肯定感少し分けてほしい
そう思ってしまう程のものだった
「イギリスさんってナルシストだったんですね…」
「失礼な、事実を述べただけでしょう」
「まあそういうことにしておきますよ」
これ以上この話を続けても意味は無さそうだ。早めに折れておくのが吉だろう
彼の機嫌を損ねないうちに素早く会話を切替える
「それでなんですけど、一つお願いがありまして…」
「写真とか取らせて貰えないでしょうか」
ぽかんとするイギリスさん
脈絡がつかみにくいお願いを急にしたのだ、その反応も当然だろう
「にゃぽんからスパダリの資料をもってこいと言われてしまって。とりあえず写真でいいかなと」
証拠としてリストと写真達を見せる
それを見て少し考えた彼は疑問を口にした
「スパダリというのは聞いた話だと概念なのですよね。なら、写真を資料とするのは不適切なのでは?」
「まあ、そうですけど…」
僕だってそう思う。けど、面倒臭いから手早く終わらせたいのだ、例えそれが資料として不適切であっても。
しかし、こんな理由を直接言うのは少し憚られる
どう説明しようかと言葉を構築していた時、彼が思わぬ提案をした
「いいことを思いつきました」
「私とデートしてみませんか?」
脳の処理が追いつかず、数拍、天使が通る
やっぱりこの人の考えることはよく分からないな
「なんでそうなるんですか」
「スパダリである私と1日過ごして貴方が感じたことを話せば、具体的なイメージがつく資料になり得るでしょう」
いい考えだと思いませんか?強気な営業マンのような笑みを向けられる
生憎、僕は提案されたものを断れるほどの度胸を持ち合わせていない。もう考えるのも面倒くさくなってきたしそれでいいか
「そうですね。じゃあお願いします」
「了解しました。日程はいつにしますか?」
「ちょっと待っててください確認します」
手帳を引っ張り出して、スケジュールを確認する
びっちり書かれた予定の中に混ざる空白の枠
この日は週末。ありがたいことに今週は業務量もそこまで多くないし、休日出勤で埋まることもないだろう
「今週の土曜日だったらいけそうか…」
「その日でしたら私も空いています。でしたら、朝10時に貴方の家に伺いますね」
奇しくも休みが被っていたようだ
まあイギリスさんは僕とは違っていつでも休みが取れるからな
「承知しました。当日、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
こうして、自称スパダリの英国紳士との週末デートの予定がスケジュールに加わった
迎えた土曜日の朝、自室の姿見の前で意味もなく思考をめぐらせソワソワする
本当にこんな服でよかっただろうか
例え出かけるだけといえど、お洒落なあの人の隣を歩くならば、最低限身だしなみに気をつけなければならない
しかし、オシャレに疎い僕には一張羅すらなかった
無いなりに少しでもまともな格好をと頑張ったが、結局はTシャツと黒デニムパンツ、カーディガンというなんとも無難な感じになっている
時計を見ると、約束の時間まであと数分まで来ていた
考え直す時間もない。だったら、もうこのまま行くっきゃない!!
覚悟を決めたタイミングに合わせて鳴るチャイム
「おはようございます。日本さん」
玄関扉を開けた先に待つピシッとスーツを着こなした英国紳士
整った顔を緩ませて人当たりのいい笑みを浮かべていた
「すみません、一刻も早く貴方に会いたくて時間前に来てしまいました」
「大丈夫です!僕も今準備できたところなので」
「それはよかった。では、行きましょうか」
今日は車で来ていたようだ
近くの駐車場に停めてあるとの事なので、のんびり会話しながらそちらへ向かう
「何処か行きたい場所はありますか?」
車道側を歩くイギリスさんが顔をこちらに向ける
あれ、今日はフリープランなんだな
デートって旅行みたいにきっちり計画を立てて行くものだと思ってた
自身の認識とのズレに、これがモテる人との違いかなぁなんて考える
行きたい所か…………何気なく、普段よりはカジュアルなディレクターズスーツを眺めた
「そうだ、服屋に行きたいです」
「僕、オシャレな服って持ってないので…センスのいい貴方に選んでいただけたらなと」
お願いの言葉に、そう言って貰えるのは嬉しいですが…と複雑そうな表情をする
「今のお召し物も素敵だと思いますよ?」
「これ以外の選択肢が欲しいんです」
というか、この服だって本来は選択肢ではない
褒めて貰ったけど、僕としては自信を持って着れる服を選択肢としたいのだ
「承知しました、頼っていただいたからには腕によりをかけて精選いたします。折角ですから私好みにコーディネートさせてもらいますよ」
何とも頼もしい言葉だ。それなら、素人の自分が口出しすることは無いだろう
そう思い、僕の服選びについては全部おまかせすることにした
キリのいい会話と同時期に徒歩移動が一旦終了する
駐車場で待っていたのは一際目立つ高級外車
たしかイギリスの有名なメーカーのものだったと思う。愛国心が感じられていいな
助手席のドアを開けてもらって、ふかふかのシートに乗り込んだ
「さ、着きましたよ」
到着したのは高級百貨店。僕一人では絶対に来ないような場所
外からドアを開けて手を差し出される
こうしてエスコートされているとスターにでもなった気分になるな
始めてくる場所にキョロキョロと視線を彷徨わせながら平然と歩く彼の後ろをついていく
色んなものに気を取られているうちに目的地へと辿り着いていたようで、気づいた時には着せ替え人形になっていた
熟考した後選ばれた三着を持って試着室に連れていかれる
何度も服を当てて考えていたので本気でコーデしてくれているのだろう。自分のために本気で考えてくれているというのが嬉しかった
用意されたのは、黒のジャケットとクリーム色の薄手のニット、黒のワイドパンツ
着てみると、キレイめながらも程よくカジュアルなコーデになっている
しかも、どれも素材がいい
値札がないので正確な値段は分からないが高額なのだろうなとわかる代物だ
着替えが終わったことを部屋の外に告げると、イギリスさんが入ってきた
「見立て通りだ。似合っていますよ」
「へへ…なんか照れますね」
「お気に召していただけたようで何よりですよ」
それだけ言って試着室から去っていく
購入の判断は僕に任せるという事だろうか
数回鳴ったノック音の後、入れ替わるように店員さんが入ってくる
「とてもお似合いですね、そのまま着ていかれますか?」
「ありがとうございます、折角なのでこのまま着ていきます」
「かしこまりました。では、タグだけ回収させていただきます」
「はい。お願いします」
「あら、着替えなかったんですか?」
「この服気に入ったのでそのまま着てきちゃいました」
「そうですか、そんなに喜んでいただけると嬉しいですね」
着ていた服を紙袋に入れてもらって店を出る
そういえば、お会計の案内されなかったな…知らない間に会計されていたのかもしれない
だとしたらこんな高そうな服を買っていただいたことになるのか。むしろこちらがコーディネート代を支払うべきなのになんだか申し訳ないなと思った
「なんかすみません。服、奢っていただいちゃいましたね」
「私がプレゼントしたいと思っただけです。遠慮なく貰ってください」
含みを感じる綺麗な笑みが向けられる
そう言われてしまっては素直に受け取るしかない
今度お礼しないとな、それも上等なもので
「ありがとうございます。大切に着させていただきますね」
服に困った時にはこれを着よう
いい買い物が出来たと喜ぶ僕を彼は愛おしいものを見る目で見つめていた
来た時よりも人通りの少なくなったフロア
イギリスは徐に胸元から懐中時計を取り出す
その短針は真上を指していた
「おや、もうこんな時間。お腹は空いていますか」
「本当だ…」
丁度よく、ぐぅぅ…と鳴るお腹
返答するように鳴ったそれに恥ずかしさを覚えた
「ふふっ可愛いお返事ですね。では、お昼にしましょうか」
レストラン街のあるフロアに移動し、適当な洋食料理屋に入る
どのお店の料理も美味しそうで迷った結果、イギリスさんのおすすめの店に行くことになったのだ
今日は全て彼に任せっきりな気がするな
全て食べ終わった頃、お手洗いに行ってきますとイギリスさんが席を立つ
よし、今がチャンスだ!と店員さんにお会計をお願いしたところ、もう会計済みだと言われてしまった
くっそ、また先を越された。あの人いつ支払いしてんだ
かといって払わせてばかりでは申し訳ない
僕だってそこそこ稼ぎのある社会人、休みがない分金はある
悲しい現実を意気込みに、帰ってきた彼へ自分にも支払わせてくれと主張したものの
「今日は全て私が払いますので、次回にお願いします」
と一蹴されてしまった
圧を感じる物言いに思わず、はい…と返事してしまったので、本当に今日は払わせてくれないだろう
サラリと次回の約束を取り付けられた気がするが…僕に払わせないための方便だよね
店を出て、腹ごなしにウインドウショッピングを楽しむ
一通り見て、そろそろ次の場所に移動しようかと話していた時、御手洗の看板が目に入った
「ちょっとお手洗い行ってきますね」
その間、入口付近で静かに待つイギリス
待ち時間でさえも彼にとっては楽しいのだろう。その顔は普段見られないほど綻んでいる
そんな彼の前に、テノールボイスと共に背の高い影がかかった
「イギリスじゃないか珍しいね」
声をかけてきたのは、イギリスのライバル的存在であるフランス
面白いものを見つけたと言わんばかりのニヤけた顔にイギリスは不快感を顕にした
「げっ…フランス…」
「ぼっちの君が誰を待っているんだい?」
「誰だろうと貴方には関係ないでしょう。あと、私はもう孤立してません」
煽りはいいからさっさと去れ
適当にあしらったつもりだが、それでもフランスはしつこく絡んできた
「ふーん?僕にバレたらまずいんだ〜あ、もしかして恋人?カスなお前にいるわけ…」
“恋人”の言葉にピクリと身体を震わせる
自然に出た含み笑いには明らかな意図が感じられた
「フフ、お前にしては察しがいいですね」
「は?」
「すみませんお待たせしました…」
計ったかのようなタイミングで戻ってきた日本
まさかの人物にぽかんとするフランスを見て、日本はにこやかに挨拶をした
「あ、フランスさん!こんにちは。こんな所で奇遇ですね」
「ああ、うん…そうだね…」
まだ現実を受け入れていないようだ
肘で小突いてやると、はっと正気に戻る勢いを取り戻したフランスが抑えきれていない小声でイギリスに耳打ちした
「ちょっと!どういう事!?なんで日本がお前なんかと一緒にいるの!?」
その声からは明らかな焦りと戸惑いが感じられる
これはいい機会だ。こいつを使って外堀を埋めてやろう
頭上で行われる会話を理解できてない日本に一笑して、その細い腰に手を回した
「見て分かりませんか?私たちデート中なんですよ」
すっと抱き寄せ勝ち誇った笑みを見せる
嘲笑にしか見えないその顔に苛立つフランス
見せつけやがってと日本を見た時、ファッションに目敏いフランスは日本の服装が明らかにイギリス好みであることに気づく
きっとイギリスが着せたに違いない
日本の肩をガシッと掴んで詰問した
「本当!?脅されてるとかじゃなくて!?」
「お、脅されてないですよ…寧ろこちらからお願いしましたし…」
まあ、デートという名の資料収集なんだけどね
これは言う必要はないかなと、日本は口に出すことなく頭に留める
この判断がイギリスの思惑の後押しになっているとは、知る由もないだろう
「そういうことです。いい加減認めなさい」
日本の肩を掴むフランスの手をバシッと叩いて離させる
「まだデートは途中ですからねここらで失礼します」
行きましょうと自然に手を握って歩き去る二人
またもや宇宙猫になったフランスが呆然と立ちつくす
振り向きざまに向けられたイギリスの憫笑が頭の中でチラついていた
「これは大事件だ…」
今すぐ皆に知らせないと、誤解させられたフランスは混乱状態でスマホを取りだした
賑やかな街を後にして走り出す車
クラシックのかかる車内から流れ行く初見の景色を眺める
どうやら、連れていきたい場所があるのだという
行き先を聞いても秘密だからと教えてくれなかった
一体どんな場所なんだろう。想像がつかないけど楽しみだな
時間とともに段々と景色の中に自然が増えていく
街とは真反対の場所で車を降りて向かった先は草木に囲われた広い空間
「庭園、ですか?」
「ええ。私のお気に入りの場所なんです」
顔パスでゲートを通過する彼に腕を引かれエントランスを通り抜ける
その先で目に飛び込んできた景色に思わず感嘆の声を漏らした
「うわぁ……綺麗…」
華やかな香りに包まれた麗しい空間
異国のようなデザインの庭園に色とりどりのバラが咲き誇っている
芸術的とも言える光景に体が打ち震えた
「お気に召していただけたようですね」
偶然にも貸切状態な静寂の花園
人の気のなさが、より自然らしさを強調させる
ワクワクを抑えられずどんどん先に行く僕をゆっくり追いながら見守る彼
お気に入りの場所を僕にも気に入って貰えたからか、はしゃぐ僕が微笑ましいとでも思っているのか、浮かべた笑みからは幸せのオーラを感じる
その様子はさながら親子だ
その事に気づいた僕は歩みを止め、平然を装うように自分の近くにいたバラへ注意を向けた
「こんなに沢山のバラ初めて見ました。どれも生き生きしててとても綺麗です」
「ここの薔薇は一等美しいですよね。愛情込めて世話されているのがよく分かります」
色艶の良い葉、丈夫な茎、穢れのない花弁
状態の良いそれらはさぞかし大事に育てられているのだろうと感じられる
なにより、何度もここを訪れている彼が言うのだ。この美しさは愛情へ応えた結果なのだろうなと思った
ふと、彼の反応が気になって後ろを振り向く
彼の前に位置する背丈よりも少し低い赤いバラ
見上げるように咲くそれに慈愛のこもった眼差しを向けるイギリスさん
ファンタジックな背景に引き立てられたその光景がなんとも美しくて…まるで絵画のようだと思った
「ぽかんとしてどうしました?」
バラから視線を外した彼が眉を下げる
「あ、いえ…美しいなと思いまして…」
上の空であったことを指摘され、あやふやな返事をしてしまう
今のはさすがに不審だったかもしれない
それはそうだ。人の横顔を無言で眺める奴なんて不審だし、失礼でしかない
何を思ったのか無言で近づいてくる彼
やばい、さすがに怒られるかな
至近距離から伸ばされた手は俯く僕の顎を掬う
上に向けさせられた目が彼の細められた目と一直線に並べられた
「絢爛たる花々に彩られる貴方も魅了されるほど美しいですよ」
見開かれた目に深々と刻み込まれるエメラルドの輝き
慈愛を含んだ眼差しは先程のものとはどこか違う
奥深くの真意さえ見えそうな真剣そのものの瞳に、高鳴る鼓動から湧き上がる熱を感じた
なんだこれ、まるでラブロマンスじゃないか
勘違いしてしまいそうな雰囲気に抗えない脳味噌がオーバーヒートを起こす
触れる指からそれが伝わったのだろう妖艶な笑みを湛えながら、顎を支えていた手を離して、赤くなった手にするりと自身の指を絡ませる
幻想と現実の間に置き去られたその手を引いて一歩先に踏み出した
「さ、行きましょう。この先にも美しい薔薇たちが沢山いますからね」
バラの匂いを乗せた、少し冷たい風が火照った体を冷ます
反省からか離れた距離
あと半分に差し掛かるという所で、僕の肩をポンポンと叩き道の向こうに手を向けた
「もう少し行った所にカフェがあるんです。そこで休憩にしましょう」
遠くに見えるそれらしき建物に向かって歩きながら道を彩る花々を観賞する
同じバラでも品種によって花弁の形や付き方、色味などが異なっていて個性が出ているのが面白い
時々、「これ良いですね」と気になったものを彼に見せると嬉々とした表情で簡単な解説から豆知識、魅力的な点など熱く語ってくれる
本人は気づいていないようだが、その時の彼は興奮した子供のように目を爛々とさせていた
捲し立てるような勢いのある語りには推し作品をプレゼンしてくるにゃぽんと似たものを感じるな
仕事場では見られない、先程の僕のようなはしゃぐ姿がとても可愛らしかった
遠くにあると思っていた建物は案外近くにあったらしい
明るいナチュラルウッドの扉をゆっくりと開ける
アイドルタイムの店内はとても落ち着いていた
「いらっしゃいませ。何名様でいらっしゃいますか?」
「二人です」
「二名様ですね、かしこまりました。お席にご案内します」
案内されたのは、花壇に囲まれたテラス席
適度に温められた空気とバラの香りに包まれたパラソル付きの二人席は、この空間を最大限楽しむのに最適だろう
渡されたメニューを開いて、食欲をそそられる写真たちに目を通す
「おすすめとかありますか?」
「そうですね…やはり紅茶でしょうか。薔薇を眺めながらいただく紅茶がとても美味しいんですよ」
「今日は貴方と一緒なので格別に美味しいでしょうね」
おそらく社交辞令だろう台詞を麗しい笑みとともに宣う
ヨーロッパの方々は口説き文句のようなことをさらっと言うもんだから凄いよな
「そ、そうですかね…」と動揺が現れた返事をして気を紛らわせるため再びメニューに目を落とした
「うーん……」
何とか絞った候補の写真を見比べて頭を悩ませる
早く選ばねばと思うのだが、優柔不断が悪さをして最後の最後が決めきれない
「どれが気になっているんですか?」
長考に待ちくたびれたのだろう彼が優しい口調でたずねる
「このタルトとチョコので迷ってまして…」
「でしたら、両方頼んで半分こしましょう」
なんというありがたい申し出。けれど、それだとイギリスさんの選択を強制しているようで気が引ける
「私も迷っていたので気にすることはありませんよ。飲み物はどうしますか?」
完全に心を読まれている返答
そんなに僕って分かりやすいのだろうか
ならば、お言葉に甘えていただこう
「折角なので紅茶にします」
「ご注文はお決まりでしょうか?」
声を掛ける前に注文を取りに来てくれた店員さん
メニューを指さしながらイギリスが注文する
「林檎のタルトとオペラケーキ、それと紅茶を2つで」
「かしこまりました。少々お待ちください」
「お待たせいたしました」
程なくして先程の店員さんが注文品を運んでくる
トレンチ上のティーポットから香る紅茶
洗練された手つきで配膳されるティーカップとケーキ
僕の方にはタルトが、イギリスさんの方にはオペラケーキが置かれた
どちらもバラを象った飾りつけがされていてとてもオシャレだ
美しいケーキに目を輝かせる僕を見て、店員さんはニコニコしていた。なんか恥ずかしいな
「ごゆっくりどうぞ」
去っていく後ろ姿に感謝の言葉をかけ、食前の挨拶をしてからデザートフォークを手に取る
1口大に切るため、リンゴのバラの一部をそっと崩す
勿体ないなと思いつつ綺麗に分けられた一部分を頬張った
「美味しい…!」
サクサクのクッキー生地と甘酸っぱいリンゴの間にはアーモンドクリームとカスタードクリームが挟まれている
それぞれの食感が異なるので色々な食感が楽しめるし、クリームが甘すぎないので全体的に上品な味に仕上がっている。紅茶も渋みの少ないさっぱりしたものでケーキと良く合っていると思った
「幸せそうなお顔ですね」
「だってこれ、すごく美味しいんですもん!イギリスさんも食べてみてくださいよ」
再び慎重に切り分けたタルトにフォークを刺して、手を添えながら口元へと差し出す
「はい、どうぞ」
ケーキと僕の方を見てキョトンとした表情をする彼
その反応に漸く違和感を理解した
「あっ!すみません…つい家族にやる癖が…」
外食でにゃぽんと食べ物を交換する時、毎回食べさせるようおねだりされるため常習化していたこの行為
事情が無い限り普通はしないことをすっかり失念していた
羞恥で俯きおずおずと姿勢を戻そうとする
しかし、彼はフォークを握る手を掴んで口元へ引き寄せた
「ふふ、デートらしくていいじゃないですか。ありがたくいただきます」
ふわふわした甘い笑みと対称的に手首を掴む力は案外強い
控えめに開かれた口が優雅にそれを喰んだ
「ふむ、こちらも美味しいですね」
しっかり味わった後掴んでいた手を離して微笑を浮かべる
「どうしました?貴方まで林檎のようになってますよ」
「わ、わかってますよそんなこと!」
面倒なことに、彼はこれが気に入ってしまったらしい
にっこり笑顔の彼が、コーヒーの香りをほのかに感じるケーキを口元へと差し出す
あの一口目以降、ずっとこの調子だ
交換用の半分は手ずからでしか食べさせてくれなかったし、食べてもらえなかった
ちくしょうこれ絶対揶揄われてるだろ!
そう思いつつも差し出されたオペラケーキを素直に口に含む
いつもなら「普通に食べさせてください!」と抗議していただろう
けれど、彼がこの不必要な行為をなんとも楽しそうにするものだから、強く言い返すことも出来ないのだ
…まあ、今回だけは許してあげよう
甘くも感じる雰囲気を掻き消すように、口に残るビターチョコレートを紅茶で流し込んだ
優雅なティータイムを堪能し観賞を再開した僕たちは、残りの順路を回って出口に辿り着いた
やっと落ち着いた感情に安堵感を覚える
嫌という程身に染みてわかった
やっぱり、イケメンは罪だ
美しい花に囲まれるイケメンというのはどんな瞬間でさえも絵になってしまう。飽きないその美しさに何度目を奪われたことか
だのに語る時のどことない親近感や無邪気な笑顔まで加わったら、そりゃあ心も休まらない
心拍数が寿命に直結するならば、今日だけで十年は縮まっただろう。あ、でも僕たち寿命とか無いんだった
そんな僕の気も知らないで、語り尽くして満足した様子の彼は上機嫌に隣を歩く
ゲートを抜ける前にエントランス付近に併設されていたお店に寄り、お土産を買って、庭園を出た
青色だった空の端には朱が滲んでいる
「日が落ちてきましたね」
彼の呟きからあとは家に帰るだけなのだと察する
胸に広がるぼんやりとした寂しさ、祭りのあとに似たものだろうか
センチメンタルな気分のままぽすっと助手席へ座る
僕の心情を知ってだろう、ハンドルを握った彼は静かに車を発進させた
緩やかにブレーキがかかりエンジン音が消えていく
もうじき終わるデート
フロントガラスに映る色相だけが変わった景色
ドアが開いて差し出される手になんの抵抗もなく自身の手を乗せる
エスコートに応じるのも、もうすっかり慣れてしまった
ドアの鍵が閉まったことを確認しこちらを振り向いた彼が何かに気付いた様子を見せた
「おや、肩に汚れがついてますよ」
肩をササッと払った後も指は体から離れることなく胸の辺りに移動し、もう片方の手でポケットから取り出した何かをジャケットに付ける
そこには胸を彩る白バラのブローチがあった
「えっと…これは?」
「デート記念のプレゼントです。これを身につけた時、今日のことを思い出してください」
繊細な手つきでブローチの表面をそっと撫で、背へと手を回す
名残惜しさを表す微弱な力に背を押され、帰路へ一歩踏み出した
薄ら橙が残る紫の空、並んで歩く帰り道
今朝よりも縮まった気のする距離を保つ彼が問う
「いかがでしたか、今日のデートは」
そういえば今日のデートは同人誌の資料のためなんだった、すっかり忘れてた
今日一日の彼の行動を思い返す
自然なエスコート、さり気ない優しい気遣い、なりより…あの美しい姿
鮮明に残る記憶の彼にすら心を奪われそうだ
「なんていうか…僕も見習わないとなって思いました。所作には品を感じるし、ちょっとしたことにも配慮してくれるし…全部が美しくて男の僕でも貴方に惚れそうになっちゃいましたもん」
「あら、惚れてはくれないんですか?」
「へっ?」
「もう着いてしまいました。楽しい時間はあっという間ですね」
立ち止まる彼の目線の先には僕の家
いつの間に到着していたのだろうか、今日は気が抜けてばかりだ
くるりとこちらを向いた彼がフワッと僕を包み込む
「とても有意義なデートでした。次回を楽しみにしていますよ」
あの約束本気だったんだ
顔の距離が縮まって、唇を頬に近づける寸前で止まるはずのそれは止まることなく肌へと触れた
今、キスされた?
予想外の出来事に、体を固まらせる
その様子を見て、彼は悪びれもなく笑った
「おっと、すみません。距離感を誤ってしまいました」
「だ、大丈夫です…ちょっとびっくりしただけですから…」
「そうですか。その可愛らしい顔を見られないうちに部屋に戻られてくださいね」
色づく頬を一撫でして、ヒラヒラと手を振る
「See you.Have a good night.」
キングス・イングリッシュで挨拶をした彼が来た道を戻っていく
熱の引かない僕は、暗くなっていく空に消えていく姿をただ見送っていた
「それでどうだったの?イギリスさんとのデートは」
お土産のテーブルフラワーに飾られた食卓で、限定スイーツを食べていた日本ににゃぽんが問いかける
今日の感想、まだにゃぽんには話していなかったな
胸に咲く白いバラに触れて、彼との出来事を思い出す
プレゼントされた彼好みの服、人前で繋がれた手、食べさせあったケーキ、そして僕に向けられたあの眼差し
今になって気づいた、本来の目的とは異なる、別の意図を感じざるを得ない記憶たち
まって、これってまるで…………
少女漫画のヒロインを思わせる赤ら顔は口にせずとも多くを語る
それにオタク特有の洞察力を掛け合わせれば、彼が何を思っていたかなど全てお見通しだ
次のネタは決まったな、そう思うにゃぽんであった。
あれ、スパダリ要素無くなってない…?ただの紳士になっちゃいました
今回初めて約1万字のお話を書きました。短編にしては長めなのに展開が平坦なのでもっと長く感じたかもしれませんね。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
コメント
11件
にゃぽんナイス! 神作品をありがとうございます!にしてもその後が気になる…続きを…続きをください… 理想の英日が見られてもう死んでもいいくらいです! イギリスさんって日本さんの前だと雰囲気というか,立ち振る舞いが一気に紳士になってかっこよくなるのが最高です! にしてもフランスさんのリークの後の国々のラインと反応がメチャクチャ気になって仕方ない… どちらにせよ,ありがとうございました!
初コメ失礼します! イギリスのさり気ないエスコートとか、 それに対する日本の反応がほんとに好きです(๑♡∀♡๑) フォローさせていただきます🙇♀️
ひゃ っ .. ( 消滅 😇 ) まーたまたまた 神作品出しやがりましたよ 。心臓ストックまた減りますた🫀😇 🇬🇧 って ブリカス ブリカス 言われてるけど 🇯🇵 の前に なったら 絶対優しいし 、ガチ 紳士 になると思うのよ 。まぁ それが ブリカスでエセ紳士って言われる 原因の一つなのかなって思うけど 。