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飲み会で終電逃して帰れなくなる吉田さんの話
まぁ、今日は運が悪かったんだと思う。
靴下を左右バラバラに履いていたり、カバンに着けていたキーホルダーを落としたり、ICカードの残高がギリギリ足りなかったり。
その中でも携帯の充電が切れたことは一番運が悪いなと感じた要因であった。
昨日は寝落ちして携帯の充電を忘れてしまい、朝から仕事が入っているのに寝坊をかましてしまったので、起きてそのまま家を飛び出してきたら充電器を忘れてしまったのだ。
一日中現場入りで外に出る機会もなく、充電器をレンタルしようにもタイミングがなかった。
グループでの仕事なら貸してもらうことも出来ただろうが、ほぼ初対面の人ばかりの空間で気安く借りることも出来ず、そんなに使わないからいいかと諦めていた。
それが間違いだった。
仕事終わり、同棲している勇斗に連絡を入れようと画面をつけたところ、画面上に表示されたバッテリーマークでそれを悟った。
「さいっあく……」
別に帰りの連絡を強制されている訳では無いが、もし自分が勇斗から仕事終わりの連絡がなければ不安になるだろう。
まぁまだそこまで遅くない時間だし、今から帰れば向こうの機嫌を損ねない時間に帰れるだろうとビルを出て駅へ歩こうとした。
すると、いきなり後ろから名前を呼ばれ肩を叩かれた。
それは今日一緒に仕事をした先輩だった。
「おつかれ、今から帰るの?」
「お疲れ様です。はい、そうしようかと」
「もしこの後暇なら今からご飯食べに行かない?」
どうやら近くに行きつけの居酒屋があるらしい。見せてもらった写真はとても魅力的だった。
先輩自身も今日の仕事中にたくさん話しかけてくれて、待ち時間はずっと話していた。いい先輩なのだと思う。
脳内には家で待っているであろう勇斗がチラついたが、付き合いは大事だし、勇斗だってよく共演者の方とどこかに行くことは多い。
俺だって許されていいはずだ。
コンマ数秒で脳内を整理し、俺が出した答えは当然「ぜひ」という賛成の言葉だった。
酒がまわっても、その場の空気に呑まれても先輩はいい人だった。
愚痴をこぼす訳でもなく変に絡んでくる訳でもなく、ただひたすらに楽しい話をしてくれた。
俺も珍しく酒を飲んだ。
もちろん、先輩に強制されたわけではなく初めこそソフトドリンクを飲んでいたが、今日一日の嫌なことを全て吹き飛ばそうとしたら自然とアルコールを注文していた。
まぁ、お陰様で中盤から記憶はないのだけど。
それがどれだけ大変なことか、俺はそのとき理解していなかった。
意識が戻ったのは終電の時刻を過ぎた頃で、目の前の景色は知らない家だった。
「あ、起きた?大丈夫?」
「…えっ、あの、え…?」
俺は理解が出来なかった。
そういえば先輩と飲んでいて、そのあとどうなったんだっけ。
目を泳がせていると先輩は笑って教えてくれた。
「ごめんね、ひとりで帰れなさそうだし住所もわかんないから、とりあえず俺の家連れてきちゃった」
「あ…すみません」
「いや、いいのいいの。俺が誘ったんだし。でも相当お酒弱いんだね。まだグラス半分くらい残ってたよ」
先輩は思い出し笑いをし、俺の目を覚まそうとしているのかいくつか話をしてくれた。
それでも俺の頭には先輩に対する謝罪と、家で待っている恋人の存在でいっぱいだった。
「もう遅いけど、うち泊まってく?」
ぐるぐる考えているとそれを察したのか先輩が提案をしてくれた。
「え…でも、」
もちろん一刻も早く勇斗に会いたい。けど身体の疲れと眠気が限界で家に帰るほどの気力がない。
「って聞かれても困るか! もう遅いし、吉田くんさえ良ければ泊まっていって欲しいな。こんな時間だし、危ないし。」
夜遅くに帰ること自体は仕事の関係上慣れいるが、このときの俺はどうかしていたんだと思う。
なんとなく、この人の優しさを無駄にしたくないと思った。
「ありがとうございます」
寝床を用意するだけでなく、シャワーまで浴びさせてくれたので、眠気はますます限界を迎え、先輩にもう一度お礼を言う前に俺の意識は再び途切れてしまった。
早朝、すっかり正気を取り戻した俺は再び知らない家の内装に驚くことになるが、すぐに状況を理解し昨日のことを思い出す。
サッと血の気が引いた。
「…勇斗…」
家にいる恋人は今どんな気持ちなのだろうか。
その瞬間、先輩が起きるまで待つ余裕もなく、カバンの中にあった紙と棚の上に置かれていたペンで感謝の気持ちを殴り書きした。
ここまで良くしてもらったのにこんな感謝の伝え方は相応しくないが、それは改めて次の現場で伝えればいい。
そんなことより、今は家に帰ることが1番だった。
鍵を開け、起こさないようにと静かに家へ入る。足音を立てないようにゆっくりと廊下を歩き、リビングのドアを開けようとしたとき、先にリビングのドアが開いた。
ドアの先には勇斗がいた。
「あ…え、と……ただい__」
言い終わらないうちに、俺の手は血が止まるほど強く引っ張られ、そのままベッドへと放り投げられる。
そのまま押し倒された姿勢になり、両手首を強く押さえられ、身動きが取れなくなる。
「は、や…と…??」
「よく呑気に帰ってこれたよね」
いつもは俺のことを愛おしそうに見つめるくせに、今この瞬間だけは別人のような目つきをしていた。
「あ…ご、ごめん……その…」
「言い訳とか要らないんだけど」
その目つきと低い声、手首の痛みから恐怖を感じて思わず涙が出る。
やばい、嫌われる。やだ、やだ捨てないで。
そんな俺を見ても勇斗の様子は何一つ変わらなかった。
「連絡も無しに朝帰ってきてなんで泣けんの?」
ちがう、泣きたくて泣いてるんじゃなくて。
そう思えば思うほど涙は溢れてくる。全部俺が悪い、それは分かっているのに、止まらなくなった。
「ちがっ……ごめん…捨てないで…」
「捨てられたかと思ったのは俺の方なんだけどな。勝手にお酒飲んでシャワー借りて泊まり?どういうつもりなの、ほんとにさ。」
なぜその全てを知っているのかと問えば、シャンプーの香りだと教えてくれた。あと、メイクをしていなかったからだと。
言い訳に聞こえるかもしれないが、俺はひとつひとつ丁寧に出来事を伝えた。
もちろん勇斗は納得などしていなかったが、話を進めるにつれ涙で喋れなくなる俺を見て最後はその涙を拭ってくれた。
次の瞬間、勇斗の顔がぐっと近くなる。
「仁人、俺の顔見える?」
「…?うん…」
そう言われて改めて顔を見れば、目の下には隈が出来ていた。顔色も悪く、誰が見ても寝不足だとわかる顔つきをしていた。
「俺ずっと待ってたの。わかる?俺の気持ち」
その言葉に答えたのは俺の不規則な嗚咽だった。
キリがないと思ったのか、勇斗は俺の手首を離してそのまま上に乗っかる。
重いし、手首には血が通ってヒリヒリする。
けれどそんなことどうでもよかった。
謝るより、言い訳より、なにより手放してはならないと思った。俺は勇斗を抱き返し、そのまま2人同時に横向きになる。
勇斗の寝息が聞こえてくるまでにはそう時間がかからなかった。小さく「ごめんね」と呟き、俺も一緒に眠りについた。
起きてから忘れていた携帯の充電をし、やっと電源が着いた時、深夜に送られてきた勇斗からの大量のメッセージに目を通していた。
こんなに心配させて申し訳ないと思う反面、俺って愛されているなと優越感に浸ったのは勇斗には秘密だ。