TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する


私が修羅の家を出て、ちょうど一年が経った。つまり今日はクリスマスイブ。

私たち夫婦と香菜さん親子の関係はずっと良好。今夜も香菜さん親子をわが家に招待して、いっしょにクリスマス会を楽しむことになっている。この秋に私が光留と再婚して、光留と香菜さんの関係は陸君の父と母という繋がりだけになった。香菜さんもまだ若いのだから再婚も考えたらいいのにと思うが、

「最高(光留)と最低(慎司)を知っちゃったから、なんか男に興味持てなくなってさ」

としばらくは男に頼らない生活を飄々と楽しむつもりのようだ。

猫のミケも元気。光留とも同居してすぐもう仲良しになった。今は家でお留守番。

去年と一番違うのは私のお腹の中に新たな命が育ちつつあること。


私と光留はかつて修羅の家が建っていた更地に入り並んで立っている。去年、実家が更地になっているのを見たときはこの世の終わりみたいな気分になったものだけど、今はファンファーレでも聞こえてきそうなほどすがすがしい気分。修羅の家が解体されて、私の十五年の悪夢も終わった。

不思議なもので家が建ってない土地はずいぶん狭く見える。外の世界は広いのに、臆病だった私は外の世界に飛び出すことを恐れ、十五年もこのちっぽけな家の中で迫害され命をすり減らした。


慎司も舅も刑務所の中。どこの刑務所にいるかも知らない。

慎司が逮捕されて留置所に入れられた翌日、離婚を要求した。拒否されて裁判となることも覚悟していたが、私が光留の車に乗って立ち去るのを目にした時点であきらめていたらしい。拍子抜けするくらいあっさりと離婚届に判子をついてくれた。その後は一度も面会に行っていない。まあ、子どもたちの親権は譲ってあげたから、出所後にどこに住むかは知らないが寂しさを感じることもないだろう。


姑(正確には元姑という赤の他人)は刺されたことの後遺症はまったくなかったが、帰宅しても誰もそこにいないし、その家もじきに人手に渡ると聞いて驚いていた。私が姑のお世話を拒否すると「恩知らず!」と罵られたが、何のことか分からなかった。誰かが身柄を引き取らなければならないが、ふだんの行いの悪さのせいで私を含めて誰も自分を引き取ろうとしないという現実を知って、さすがに落ち込んでいた。結局、退院後しばらくして、はるかかなたの雪国にある実家に引き取られた。慎司と同い年くらいの姑の甥っ子が、姑を引き取るときに姑をさんざんに罵倒した。

「妹は頭がおかしい、あいつには絶対関わるな、というのがおやじの遺言だった。見捨てたいのはやまやまだけどな、住んでる家がもうすぐ人手に渡るのに誰も引き取ろうとしないあんたを助けないで、親戚連中から冷たいだなんだとごちゃごちゃ言われるのも嫌だからな。世間体を考えて仕方なく引き取るんだ。引き取るといっても、あんたの居場所はエアコンもないボロ屋の離れだけだ。おれたちの住む母屋に立ち入ることは絶対に許さないからな!」

言いたい放題に言われていたが、甥っ子に見捨てられたら今度こそ本当に行き場所がなくなるのを知っているから、姑は一言も言い返すことなく、車に乗せられて去っていった。甥っ子には姑がやらかした不倫も托卵もすべてバレている(というか私がバラした)。実家に帰っても死ぬまで針のむしろだろう。

その後、姑のことなどすっかり忘れていたが、誰かから聞きつけたのか、私が光留と再婚した直後に自筆の手紙が届いた。

〈七海さん、あなたもいろいろあって人間として一皮むけたみたいね。私たち、今ならもっとうまくやっていけると思うの――〉

読む前からそんな気はしていたけど、読むだけ無駄だった。それ以降もまだ何やらたくさん書き連ねてあったけど、読まずに丸めてゴミ箱に捨てた。


竜也は児童養護施設に入った。私に引き取れと言う者もいたが、以前竜也に殴られたとき診断書をもらって警察にも相談してあったので、手続きはスムーズだった。竜也自身は私に引き取ってもらいたそうに見えた。プライドが邪魔したか、どうせ無理だとあきらめたのか、最後までその気持ちを口に出すことはなかった。

竜也は今年中学生になった。施設に入所して学区が変わり、誰も知り合いのいない中学校に通えることになったのに、不登校は完全には解消されていない。学校には行けてもそのまま保健室に直行。クラスメイト全員から無視されたトラウマを払拭することができず、今も教室に入ることができないそうだ。


そういえば、私が修羅の家から脱出した日はクリスマスイブだったけど、その日は凛の十五歳の誕生日でもあった。私がそのことを思い出したのは、その日から数日経ったあとだった。

凛は自殺未遂から一年経った今もまだ入院中。よくなりかけたところで、私の一言で症状が悪化した。

慎司と離婚して光留と再婚することを伝えに病院に行ったら、

「へえ。私、社長令嬢になるんだ。それなら、元の学校に戻るのは無理でも、それなりの学校に通わせてもらわないとね!」

などと目を輝かせておかしなことを言い出したから、

「あなたたちの親権は父親に譲った。だからあなたは社長令嬢なんかじゃなくて、ただの犯罪者の娘でしかないの」

と事実を教えてあげただけなんだけどね。

拡散された行為動画を見た人と顔を合わせるのが怖いというのも、凛が退院をためらう理由の一つだと聞いている。

慎司は当分刑務所から出てこないが、凛の退院後は竜也と同じく引き取りを拒否するつもり。弟と同じ場所になるか知らないが施設に行ってもらう。今年中三になったから、高校受験についても急いで考えなければならないが、離婚報告の日に会って以来ずっと見舞いにも行っていないから、凛自身がどう考えているか知らないし、興味もない。


麻生家との戦争が終わりしばらくして、ふたたび姉の舞と連絡を取った。現在両親は姉夫婦と同居していて、今では私と会いたがっているという。

喜んで姉夫婦の自宅を訪ねて驚いた。姉夫婦は離婚の危機にあり、なんと理由は姉の不倫。自分が不倫して離婚を夫に宣告されているから、慎司の不倫を許せと役に立たないアドバイスを私にしたのだ。姉が離婚されると当然自分たちも姉の夫の家から出なければならない。両親も姉の離婚回避に向けて、姉の夫の説得に必死だった。姉の旦那さんの説得に私も協力してほしいそうだ。

私が既婚者と知らずに慎司と不倫関係になったとき、事情も聞かずに身重の私を家から追い出したくせに!

なんだか気持ちが冷めてしまって、家を出たとき手切れ金として受け取った五百万円を親に返して、今度は私の方から両親、姉との絶縁を宣言した。私に絶縁を宣告されても、五百万円もらえたことを喜んでるような人たちだから、再度の絶縁を後悔する日はきっと来ないだろう。


光留と二人で更地を眺めていると殺気を感じて、振り返ったらそこに立っていたのは慎司の不倫相手だった稲村沙紀だった。写真や動画で見た姿よりずいぶんみすぼらしくなったというか、くたびれた印象を受ける。夜のお店で働いていると聞いたけど、これでは夜の蝶というよりただの蛾だ。私を守ろうと光留が私の前に出ようとしたが、逆に後ろに下がってもらった。

直接会うのは初めてだけど、興信所に撮らせた写真や慎司が撮影した行為動画を今まで嫌というほど見せられてきたから、初めて会ったという気がしない。沙紀の顔はもちろん性器の形まで頭の中で正確に思い浮かべることができるくらいだ。私の行為動画を見て奥さんみじめすぎなんて笑い者にしてくれた女だから、沙紀の所業を婚約者に告げ口したことはまったく後悔していない。

「婚約者に捨てられて、何百万という借金まで背負わされた。あなたのせいで沙紀の人生が終わっちゃった。絶対に許さない!」

許さないと言われても……。大変だねとは思うが、同居する家族全員からの迫害に十五年も耐えた私の心にはたいして響かない。

ところで沙紀は凶器など何の準備もなく、衝動的に飛び出してここまでやって来たようだ。それなら光留の手を借りなくてもなんとかなるかもしれない。

「それで私に何の用? 復讐したいの? それで気が済むなら一発くらい殴られてあげてもいいよ」

「一発じゃやだ。二発!」

顔はかわいいけど、頭は少し緩い。知ってたけど。

「それにしても、あなた個性的でいい声してるわね」

「だから何?」

「あなた声優になりたかったんでしょ。楽してお金を稼ぐ方に逃げないでもっと努力していたら、夢は叶ったんじゃないかしら?」

「あなたに何が分かるのっ!」

そう叫びながら、一発も私を殴ることなく、沙紀は走って去っていった。

人生終わったとさっき沙紀が嘆いていたけど、そんなに心配しなくていいと思う。私も香菜さんも慎司と深く関わったせいでどん底まで落ちたけど、お別れしたら今まで苦しんでいたのが馬鹿みたいと思えるくらい幸せになれた。同じパターンならおそらく沙紀も……。まあ、彼女も私だけには心配されたくないだろうけどね。


数年後――

光留とのあいだに生まれた女の子を、ミケと二人であやしながら、一緒にテレビアニメを見ていた。

「絶対に許さない!」

テレビからそれが聞こえたとき、思わず体がビクッとした。あるメインキャラクターの少女の独特な声に思い切り聞き覚えがあって、修羅の家から逃げ出した当時のことが思い出されて、懐かしさに思わず涙した。


絶対に許さない!

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

22

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚