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#溺愛
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脳裏をよぎるのは、前世の記憶。 何度も病院に通い、痛い検査を繰り返した辛い日々。
(そんなはずがないわ。前世であんなに願っても一度も叶わなかった私が……今世で、たった数ヶ月で授かるなんて。……そんなこと、あるはずがないもの……!)
体調不良は疲れやストレスだとずっと思いこもうとしていた。心のどこかに、期待して裏切られるのが怖くてたまらなかったから。
「まだ初期だから、誰にも言わないで。……殿下にもよ」
私の命令に、医師は複雑な顔をしながらも頷いて部屋を出て行った。
「……お嬢様。やっぱり、そうだったんですね」
アンナが涙ぐんでいる。私は自分のお腹をぼんやり見つめていた。
(やっぱりまだ信じられないわ)
この子は、やっと私のところに来てくれた。 ――だから、何があっても守り抜いてみせる。
「アンナ、荷物をまとめて。……今夜、ここを出るわ」
予算が成立した際、私はカイル殿下と一つの契約を(半ば強引に)結ばせていた。
職業訓練校の成果に応じた「成功報酬(インセンティブ)」の支払い契約だ。生徒が就職した時点で50パーセント、国への納税を開始した時点で残り50パーセントが、皇太子の予算枠から支払われる。
就職率70%を突破している今、私の手元には引き出し済みの金貨50万ルクと、国内の銀行ならどこでも換金可能な300万ルク分の「無記名小切手」があった。
(無記名なら受取人の記録が残らない。つまり足がつかずに、現金化できるわ。それに350万ルクあれば、田舎で1年以上は余裕を持って暮らせる。そこで出産して、小さな店でも開いて……。この子と二人、目立たず生きるのよ)
私は無心で着替えを鞄に詰め込んだ。
「お嬢様、本当に行っちゃうんですか! 殿下は……不器用ですけど、お嬢様のことを心から愛してますよっ! それをポイッて捨てて逃げるなんて……お嬢様は、殿下を愛してないんですか!?」
私は手を止めて、ゆっくりと振り返り、重い溜息をついた。
「……アンナ、よく聞いて。私は、あなたが思っているソフィアじゃないのよ」