あんまりにも長くなりすぎるので(8000字超え)、もっきー視点をふたつに分けます。
モブが出張るし、もっきーが口悪いです、ごめんなさい。
時系列としては、第4話の朝です。
逃げる涼ちゃんを追いかけるための算段をつけていると、気づけば明け方になっていた。
空が白み始めたばかりで、ちょっと申し訳ないと思いながら、最初に候補から外したい若井に電話をかける。
いつも通りに聞こえるように、落ち着いた声で挨拶する。寝ぼけながらもなにかあった? と確認してくる若井に変更されたスケジュールを告げると、んぇ、そうだっけ? とびっくりしたような声を上げた。
とぼけている感じはしない。
「…………お前じゃないんだ」
思わず、安堵した声がこぼれた。
もしも若井が今日から俺と涼ちゃんが会わないことを知っていたら、何かしら関与しているだろうと思ったけど、どうやらそうではないらしい。
むしろ反応から見て何も知らない可能性が高い。ってことは、涼ちゃんだけがあらかじめ知っていたということになる。
独断で仕事はいじれないだろうから、もっと大きなものが動いているのは確かだ。
なんにせよ若井は除外していいだろう。
良かったよ、大切な仲間で親友のお前を排除しないで済んで。Mrs.を失うことがなくてよかった。涼ちゃんを囲うための籠をなくすわけにはいかない。
それじゃなくても、Mrs.は俺にとっての安寧の地であり楽園であり、記憶も軌跡も全部含めて宝物だから。
マネージャーに確認しなねと伝えて電話を切り、仮眠を取ろうとソファに寝転がる。
眠るべきだと思うのに頭はずっと働いていて、ただ目を閉じて考えているだけの状況に我ながら笑ってしまう。
鬼ごっこは始まったばかりだ。策略を考えることを脳が楽しんでしまって、結局一睡もしないまま迎えにきたマネージャーと顔を合わせた。
「おはようございまーす、よろしくお願いします」
マネージャーとは付き合いも長く気心の知れた仲だけど、礼儀は大切だと涼ちゃんが言うからきちんと挨拶をする。俺だって挨拶は大切だと思っている。だけど、人一倍周囲を大切にするやさしい涼ちゃんの言葉は、できるだけ守ることにしている。
頭の中の涼ちゃんが「ちゃんとしないとダメだよ」って言うから。
マネージャーはそんな俺を怪訝そうな顔で見つめる。
「どうかした?」
「えっ? あ……いえ、ゆっくり休めましたか?」
「まぁいつも通りかな」
俺の眠りがそんなに深い方ではないことを知っているから、こう言えばいつも、あまり無理はしないように、と言われる。
「……そう、ですか」
でも今日は違った。
心配する眼差しはいつもの通りだけど、それに加えて今日は探るような色をしている。もっと言えば心配の種類が違う。
体調の心配じゃなくて、メンタルの心配をしている。
「……どうかした?」
目を細めて先ほどと同じ言葉で問い掛けると、慌てて目を逸らしたマネージャーが、いえ、と首を横に振り、スケジュールの変更は聞いていますか、と続けた。
――焦るな。まだ、情報が足らない。
問い糺したくなるのを必死で抑止して、じっとマネージャーを見つめる。気まずそうに作り笑いを浮かべるマネージャー。
聞いてる、と頷くと、何か言いたげな顔をしている割には俺と目を合わせないまま、出しますね、と車のギアを入れた。
シートに深く座り込み、マネージャーから表情が見えないように少し俯く。
どうやらマネージャーは昨晩のやりとりを知っているらしい。どんな話をしたかとか詳細までとは言わないが、涼ちゃんが別れを選んだ事実をマネージャーは知っている。
そして今、涼ちゃんが俺に別れ話を切り出したことで、俺になんらかのダメージがあるのではないかと探っている。
俺の反応があまりにいつも通りだったことに驚きを隠せていない。
それはそうだろうな、と思う。
涼ちゃんがどう考えているのかはわからないけれど、傍目から見て俺は涼ちゃんにどっぷり依存していた。
ことあるごとにひっついて、俺のものだと周囲に誇示していたのだから当然だ。メンバー始めスタッフは、この十年間、俺の、涼ちゃんへの執着に近い愛を間近で見続けてきた。
だから、俺から涼ちゃんを奪ったらどうなるか、どうなってしまうのか、と、怯えるのも無理はない。
ルームミラー越しに何度も俺を見ているのが分かる。それがおかしくて笑い出しそうになるのをマスクの下でどうにかこらえる。
頭の中で点と点を結びつける。
だけど決定打ではない。マネージャーは事情は知っているだろうけれど、涼ちゃんの愚行を止めることができなかったところ見るともっと大きな存在が後ろに控えている。
つまりはそう言うことだ。
細かい確証はないけど、あの言葉も別れ話も、涼ちゃんの意思じゃなかったという確信を得た。
あーあ、もっと早く気づけたら良かった。
そうしたら、やさしいあの子ににあんなことを言わせずに済んだのに。
愛おしいあの子を思い悩ませることなんてなかったのに。
今日も一緒に笑い合っていられたのに。
やるせなさが怒りに変わり憎悪へと成長する前に、見慣れないビルの前で車が停まった。
「受付にチーフがいますので後はそちらで」
「了解です」
お礼を述べながら車を降りる。最後まで不安そうなマネージャーに、己の鈍感さを棚に上げて小さな苛つきを覚える。
そんな顔をするなら、なんで涼ちゃんを止めてくれなかったんだよ。
「おはようございます、大森さん。急に変更して申し訳ありません」
ふつふつと腹の底を蠢く怒りの情動のまま、受付で落ち合ったチーフマネージャーの胸ぐらに掴みかかりたくなる。でもきっと、本当の敵はチーフでもない。
誰よりも俺たちの仲を慮ってくれていたのはまさにこの人だった。多様性が叫ばれて久しいが、未だに根強い偏見や悪意に俺たちが傷つかないように、支えてくれていた。
特にへこみやすい涼ちゃんのことを気にして、いろんなところで便宜を図ってくれた。俺たちを祝福し、俺のメンタルを左右する涼ちゃんの存在の大きさも熟知していた。
藤澤さんがいる限り大森さんは安泰ですね、なんて言うくらいには、深く深く理解を示してくれている。
だから、仲間として、よき理解者として、ちゃんと大切にしたいのに。
なんで俺から涼ちゃんを奪うようなことをするの?
「……変更は別にいいんだけど、これ、いつ決まったの?」
いろんな言葉を飲み込んで、努めて平静を装って問う。
一瞬言葉に詰まったチーフが、あらかじめ決めていただろう台詞を吐く。
「……一週間ほど前に。お伝えするのが遅れてしまって」
「ま、そういうこともあるよね。俺のスケジュールどうなってんだ、って自分でもよくわからないときあるし」
一週間前に決まったならそのときに言えばいい。
つまり、俺と涼ちゃんを引き離す算段をつけるのに、最低でも一週間は時間を掛けたってことだ。または、もっと前からことは始まっていたのかもしれない。
はー……、愚かしいにも程がある。
昨日に至るまで、いや、昨日のあの瞬間まで、俺は涼ちゃんの異変に気づけなかった。あんなに一緒にいたのに。誰よりも近くにいたのに。
細心の注意を払って俺に気づかれないようにこの計画を立てたのなら、彼はとんだ演技派で、主演俳優賞ものだ。
「でも、なんで急に変更になったの?」
「詳しくは社長の方からお話があるかと」
決まりきった定型文だけど、社長に全責任を負わせようとする、責任逃れっていう感じではない。おそらく、送迎してくれたマネージャーもチーフマネージャーも、俺の……いや、涼ちゃんの味方だ。
「大森さん」
「なに?」
「……いえ、こちらです」
言いたいことがあっても言えない状況なんだろう。あまりに普段通りの俺に困惑しているっていうのもあるかな。
平気な顔をして、なんてことない顔をして、求められているものに応えて、情報を手に入れたら、その全部を壊して迎えに行くからね。
だから、もう少しだけ頑張って逃げていいよ。涼ちゃんが自分自身を犠牲にしてまでなにを守ろうとしているのか分からないから、ちゃんと明らかにして、全部潰してあげるからね。
「急に変更して悪かったね」
「問題ないですよ。……そちらの方は?」
チーフマネージャーと会議室に入室すると、社長がわざわざ立ち上がって謝ってくる。
笑顔で応じ、奥に座っていたスーツ姿の男性と、可愛らしい格好をした女性に目を向ける。
「ああ、楽曲を提供して欲しいっていう依頼があってね」
……なんの冗談ですか?
声にしなかったことを褒めて欲しい。表情も崩さなかったの、偉すぎない?
社長の言葉に女性が立ち上がる。長い髪をふわっと揺らしながら俺の前に立った。小柄で目が大きいな、とは思うけれど、それ以上の感想はなかった。
世間的にはまぁ可愛いんだろうけど、俺の中にある可愛いと思う感情は涼ちゃんにのみ向けられるし、愛しいと感じる存在は藤澤涼架しかいないから。
「彼女は……」
社長の話を聞き流す。言われる言葉は全て、ただの情報として頭に入れていく。
要するに、この女は売り出し中のアイドルのたまごで、話題性を狙う意味も込めて俺に曲を作ってほしい、と。
で、この女はうちの事務所のスポンサー契約を結ぼうとしている会社の社長令嬢だということ。
その一言で事務所として断ることが難しい状況であることは、なんとなく察しがついた。
「……なるほど」
さぁ、どうしようか。
怨敵は社長だと踏んでいたけれど、俺の勘が違うと言っている。社長は関係者ではあるけれど、黒幕ではないというか。
だけど、タイミングが良すぎる。この女が絡んでいることは間違いない。
いいよ、それならこいつもまた情報源だ。
「……分かりました、すぐに取り掛かります」
「本当ですか!? やったぁ!」
飛び上がりそうな勢いで喜ぶ女と、胸を撫で下ろした社長を見比べる。社長の立場として逃したくないスポンサーなんだろう。
だからって、安く見られたもんだよねぇ……。自分で言うことではないけど、俺たちけっこう売れっ子なんだけどね。
「……楽曲が上がったらうちで音を作るので、そのときに詳細を詰めましょう」
「はい! ありがとうございます!」
女の小さな手が俺の手を取った。ぎゅっと両手で握り込まれる。
……うえ、気持ち悪っ。
振り払いたくなるのをグッと堪えて、こちらこそ光栄です、と微笑んで見せた。
そんな俺を見て、今まで何も言わなかったスーツの男性が立ち上がり、満足そうな顔でよろしく頼むよ、と俺の肩を叩いた。
まだ話があるという社長たちに頭を下げてチーフと二人で退室すると、すぐにもう一度ドアが開いて女が顔を出した。
「大森さん! 連絡先、教えてくれませんか? 曲のことも含めて、たくさんお話ししたくって!」
やだよ、触んな気持ち悪い。
と言葉がついて出そうになって、慌てて困ったように眉を下げる。
チーフが俺と女の間に立って、個人的な連絡は、と声を掛けると、女がチーフマネージャーをわかりやすく睨みつけた。あなたには聞いてないんですけどぉ、という女の言葉に、チーフは唇を噛み締めて俯く。
ふぅん……なるほどね。結論は出た。
「……いいですよ」
「っ、大森さん!?」
チーフの悲鳴じみた声に、にっこりと微笑みを返す。チーフが信じられないものを見るような目で俺を見る。そんな目しないでよ。
俺の答えに、勝ち誇ったように笑った女が、チーフを押し除けで俺の前に出る。媚を売る目つきに吐き気がする。
「ただ、ありがたいことに忙しくさせてもらっているので、あまりやり取りができないかも知れませんが」
「お時間ある時で構いません。ありがとうございます!」
こちらこそありがとう。
潰すべきものがこれではっきりした。
涼ちゃんを苦しめて俺の腕の中から奪い去ったお礼はしっかりとしないと、ね?
続。
次話ももっきーが語ります。書きやすくてついつい長くなっちゃう。
コメント
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愛激重ですね、大森さん 藤澤さんの為になら何でも出来ちゃうんですかね... めっちゃ大森さんカッケェです😆
愛重❤️さんの策士な様子が素敵です!長文大歓迎です!続きも楽しみにしています
♥️くんが、最高にかっこいいです🥹✨ そして💛ちゃんを早く助けてあげて欲しいです🙏♥️💛