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海の紅月くらげさん
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「——てことがあったんだ。……それで今度は親と離れて私一人暮らしすることになって」
全てを話し終わると、私の頬には自然と涙が伝って流れ落ちていた。
昔のことを思い返すのはまだこんなにも胸が痛い。そして、新たにできた傷も腫れがひかないままだ。
「ショックだったんだけど、離れた方が楽なのかも」
その方がお互いに嫌な思いをしなくて済む。
「……ごめんね、話されても困るような内容だよね」
「困らない」
力強くはっきりとした声で歩くんが言った。その真剣な眼差しに思わず息を飲む。
「あ……ありがと! でももう落ち着いてきたから平気」
涙を拭うように手で擦ると、歩くんに掴まれた。
「擦ると腫れるから」
少し骨張っていて自分よりも大きな手に男の子だと改めて実感して、鼓動が一気に速まっていく。
「話してくれてありがとな」
そのたった一言が、温かくてじわりと心に沁み渡っていく。
「……私が話したかったの。聞いてほしかったんだ。誰かに」
だから高校一年生のとき、泉くんが相談にのってくれて嬉しかった。
自分の話を聞いてくれる人がいる、事情をわかってくれる人がいる。それだけでとても心強かった。
でも、結局泉くんは私のことをシンデレラ候補としてしか見ていなかった。義理の母や義理の姉と一緒に過ごしていて居場所がない。少しシンデレラと似ている境遇。だから、私がシンデレラに選ばれた。
「俺が泉の代わりにはなれない?」
「え?」
「泉に今までこういう内容相談してたんだろ?」
「……うん、時々。だけど……」
「もしも俺に話しにくかったら、他のヤツでもいいしさ。あんまりひとりで抱え込むなよ」
けれど、こんな話されても困らせてしまいそうで怖い。
距離を置かれたり気を遣われたりしたら、私はきっと話したことを後悔する。
「無理にとは言わないけど、迷惑とかは絶対ないからな」
「……困ったりしない?」
「困らないし」
歩くんが笑い飛ばす。太陽みたいに眩しくて明るい笑顔だ。
「頼られて嫌なわけねーじゃん」
「ほ、本当に……?」
「本当。……だからさ、俺で良ければ頼って」
彼の笑顔一つで、こんなにも温かい気持ちになれて安心できる。
それはきっと彼の人柄がそうさせてくれるんだと思う。
「歩くん、ありがとう」
ひとりぼっちで辛い夜に駆けつけてくれた歩くんは私の救世主で、彼がいてくれたから今私はこんなにも穏やかな気持ちでいることができる。
「あの、歩くん。ここまででいいよ」
帰り道、家まで送ると言ってくれた歩くんを途中で断った。
「危ないからダメだって」
「大丈夫だよ、近いし」
「そういう問題じゃねぇって」
「私、自分の足でちゃんと向き合いたいの」
歩くんは少し不満そうな顔をしたけれど、断固として私は自分の意見を譲らなかった。
「お願い」
家に着くまでに一人で最後の心の整理をしたい。このままじゃ歩くんに甘えたまま、現実逃避してしまいそうになる。あの家を出るということをきちんと受け入れるためにも、自分の足でちゃんと帰ろう。
「……わかった。そのかわり帰ったら連絡しろよ! 絶対だぞ」
歩くんは眉を寄せながら「ん!」と言って小指を突き出した。
その行動が少し可愛くて頬が緩んでしまう。
「うん、約束する」
歩くんの小指と私の小指が絡まる。
指切りげんまん、こんなこと久しぶりにした。
小指が離れる直前、一瞬強く小指が握られ
「呼ばれれば、いつでも駆けつける」
と一言、約束に付け加えられた。
ふわりと柑橘系の匂いが香る彼。
彼はいつも温もりを私に与えてくれる。その温もりを小指に大事に仕舞って私は家路を歩き出した。