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その日、朱音亜は小さな異変に気づいた。
薬局の棚に並ぶカプセルのラベルが、ぼやけて見えたのだ。
軽い疲れ目かと思い、目をこすったが、
指先に微かに“ざらつき”を感じた。
「……?」
見ると、白い粉が皮膚に付いている。
粉薬でも触ったのだろうと思い、洗面台で洗い流した。
けれど、指先から落ちる水は、ほんのわずかに青く光って見えた。
夜。
帰宅した彼を、彼女はいつも通り笑顔で迎えた。
「おかえり、すねあ。今日も薬棚と喧嘩してきた?」
「うん……まあ、ちょっと負けたかも」
冗談めかして笑ったものの、
朱音亜の声はいつもより少し掠れていた。
「どうしたの? 風邪?」
「んー、熱っぽいだけ。寝れば治る」
そう言って、額に手を当てる彼女の手を
彼は優しく握り返した。
いつもより、その手が少し冷たく感じた。
三日後。
朱音亜の勤務する病院に、BPDからの連絡が入った。
“獣”の一体が搬入されたという。
検体として一時的に隔離され、調査が進められていた。
朱音亜は医薬管理担当として、その封鎖区域に足を踏み入れる。
床には黒い影が染みのように広がっていた。
その中心、白い布の下で動く何か。
布の隙間から、紫色の光がかすかに漏れていた。
(……これが、獣……)
思わず息を呑む。
その瞬間、空気が震えた。
機械の警告音。
微細な粒子が、ふわりと宙に浮く。
青白い光。
そして、彼の肺へ吸い込まれていく。
「すねあ?」
その夜、彼女の通話端末が震えた。
いつもの落ち着いた声ではなく、
荒い息と、短い沈黙の合間に、彼の声が混じる。
『……だいじょうぶ。ちょっと……変な感じ、が、するだけ……』
「どこにいるの!?今すぐ病院──」
『だめ、来るな。……俺、なんか……あたまが、熱い……音が……』
通話が途切れた。
画面には「通信不能」。
彼女は震える指でBPD端末を開き、
“市立病院・生体反応異常検知”の文字を見つける。
喉が焼けるように痛くなった。
それでも、防護スーツを手に取る。
涙で視界が滲んだ。
彼女の口から、かすれた声が漏れる。
「……ごめんね、すねあ。行かなくちゃ」
病院の非常灯が、白い影を長く伸ばしていた。
静まり返った廊下の奥で、
何かが低く唸る。
彼女は銃を構えた。
そして、見た。
──片側の顔に白い角が生え、
青く濡れた毛が揺れる獣の姿を。
それは、笑っていた。
涙の跡を残したまま。