テラーノベル
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それから二週間が過ぎた。
姉は榎田さんとの同棲に向けて、部屋から荷物を少しずつ運び出していく。
そんな様子を見ながら、私は焦っていた。条件にあう物件が見つからないのだ。
姉の新居が決まって以降、何度か不動産屋を訪ねた。しかし、返ってくるのは「その条件だと難しいですね」というセリフばかりだった。
内見に行っても、見た目の古さや部屋の狭さに、花斗は「嫌だ」とすべて一蹴する。
私もちょっとなあ、と思うところもあったから、この時ばかりはイヤイヤ期に感謝した。
「ママ、なんでパイロットさんのおうちじゃダメなの?」
「パイロットさんのおうちがいい」
花斗に同じことを言われ続ける毎日を過ごす中、退去の日は刻一刻と迫っていた。
そんなある日の仕事中、入力業務でパソコンに向かってため息をこぼしていると、水瀬がポンっと肩を叩いてきた。
振り返ると、彼女はニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「店長、困ったときは〝旦那さん〟に相談ですよ」
「そうだねえ……」
半ば空返事だったのだが、水瀬はそこを見逃さなかった。
「ほらほら、店長は休憩時間ですよ? 早く〝旦那さん〟にメール送って!」
壮馬にメール……壮馬に相談……。
「あ、それ、名案かも!」
壮馬なら事情を知っている。相談するなら、もってこいの相手だ。
「え、ちょっと、店長ぉーー!?」
私はさっと立ち上がると、急いでロッカーからスマホを取り出す。
後ろから水瀬が覗いているのに気づいて、「ほら、午後出勤のスタッフの朝礼して!」とあしらった。
*
仕事を終え、花斗を迎えに行き、その帰り道。
「今日はお外でご飯です」
そう言うと、花斗はすぐに「わーい」と声を上げた。
抱っこから降りてくれた花斗の小さな手をとり、駅前の格安ファミリーレストランに入る。
高校生や大学生が多い店内で、こちらに手を振る男性に、花斗はすぐに気がついた。
「そうまだ!」
そう言うと、一目散に店内を走っていく。
「あ、こら!」
そう言うのと、花斗が壮馬の足元に抱きつくのはどちらが早かっただろう。
慌てて立ち上がってくれた壮馬は、花斗の勢いに一瞬よろけつつも、そのままぎゅっと花斗を抱きとめてくれた。
「ごめん、壮馬」
「全然。元気だね、花斗くん!」
壮馬は足元の花斗を見て、笑みを浮かべる。
「うん! そうまは? げんき?」
「もちろん、元気もりもり!」
壮馬はそう言って、花斗に両腕で力拳をつくって見せてくれた。
優しくて面倒見のいい壮馬は、時折こうして私と花斗と一緒に夕食を取ってくれる。
「愛音も気分転換になるでしょ?」と、別れても優しい壮馬の発案だった。
四人掛けの席に、壮馬とテーブルを挟んで、私と花斗で隣同士に座る。
タブレット端末で注文をした後、しばらく花斗のマシンガントークが続いていたが、注文した品が運ばれてくると、花斗はお腹が減っていたのか無心で食事を頬張り始めた。
それで、やっと花斗が大人しくなったと、壮馬が切り出す。
「で、話って? まあ、だいたい察しはつくけど」
「この間話した、彼のことで……」
壮馬は眉を八の字にしている。それがなんだか申し訳なくて、声が小さくなってしまう。
壮馬はそんな私に、苦笑いを浮かべた。
「だろうなって、思った。パイロットの彼ね」
すると、壮馬の『パイロット』の声に反応したのか、花斗がテーブルに身を乗り出した。
「パイロットさん、かっこいいんだよ!」
「花斗、静かに食べようね」
言いながら、花斗を席に座り直させる。
花斗はソースを頬につけたまま、「えー」と不貞腐れたような顔をした。
「まあまあ、今日くらいいいじゃない」
壮馬は笑いながら、花斗に優しい顔を向けてくれる。すると、花斗は壮馬にキラキラした顔を向け、言った。
「それでね、ひっこすの!」
「は?」
なんの脈絡のない『それでね』に、壮馬が私に戸惑いの視線を送ってくる。
だが、花斗のおしゃべりは止まらない。
「ひこうきがみえる、そらのおうちだよ。パイロットのおにいちゃんが、すんでるの!」
そんな花斗の言葉に、私は文字通り頭を抱えた。
「……はぁ!?」
しばらくの沈黙の後、壮馬は驚きの声を上げた。その目は大きく見開かれている。
ですよね、そういう反応になりますよね……。
私は口をぽかんと開けた壮馬に、そうなった斯々然々を話した。
壱月の家にお邪魔したこと、花斗がそこに住みたがっていること――。
私の話が終わると、いつの間にか真剣な顔で聞いていてくれた壮馬が口を開いた。
「それで、本当に引っ越すつもりなの? 彼の部屋に」
花斗はお腹いっぱいになったらしく、私の話の途中で席に横になり、私の膝に頭をのせて寝てしまった。
その髪を撫でながら、私は口を開く。
「……悩んでる」
最初こそ、彼の部屋にお世話になるなんてと思っていた。だが、どんなに探しても部屋が見つからない。
ため息がこぼれ、つい目線を下げる。膝の上ですやすや眠る花斗の鼻梁に、どことなく壱月の面影を感じてしまい、苦い笑みがこぼれた。
「そっか」
壮馬はそう言ってからしばらく、なにかを考えるように黙ってしまう。だが、しばらくの後、口を開いた。
「でも、いいんじゃない?」
「え?」
つい、顔を跳ね上げる。
壮馬がそんなことを言うなんて、意外だ。
「彼、まだ花斗くんが自分の子どもだって知らないんでしょ? だったら彼の家に住んで、子育ての大変さを味わわせてみるのもいいんじゃない? 愛音はここまで、ひとりで頑張ってきたんだから」
確かに、あの日突然連絡を絶って、私をひとりきりにした彼にぎゃふんと言わせてみたい気持ちはある。
だけど、彼との子どもを産んで育てたことは、私が勝手に決めたことだ。
なにも言えないでいると、複雑な気持ちが顔に出てしまったらしい。
壮馬は、急に真剣な顔をした。
「それにこの先、子どもの養育費とか諸々、彼に請求することになるんだから。逃げも隠れもできない〝同居〟という形をとるのは、いい選択かもしれないよ?」
「え?」
思いもよらぬ言葉に、つい疑問の声がもれ出てしまう。
「まさか、せっかく父親が見つかったのに、子どもの将来のお金もひとりで全部背負うつもりだった?」
彼の問いに、黙ってしまう。すると、壮馬はにやりと笑った。
「それは、そこまで考えてなかったって顔だ」
うう、ご名答。さすが、壮馬だ。
「まあ、どうするか決めるのは愛音だけどね。彼も同居を勧めてくるなんて、なにか魂胆がありそうな気もするし」
壮馬は顎に手を当て、まるで推理をするように続ける。
「愛音を妊娠させて逃げた男だよ? きっとロクな奴じゃない」
「でも、私はそうは思えなかった」
なんとなく口から出てきた私の言葉に、壮馬はふっと笑った。
「それ、もう心は決まってるんじゃないの?」
「え?」
思わず壮馬の顔をマジマジと見る。すると、彼は「ははっ」と笑った。
「何かあったら、俺のこと頼っていい。でも今は、自分の心を信じてみたら?」
自分の、心を、信じる……?
壮馬の言葉に、思わず自分の胸に手を当てた。
笑い話にしてしまった過去。綺麗事では終わらなかった再会。
それに……ほんのちょっとだけの、淡い期待。
「うん、そうしてみようかな」
小声で呟くと、壮馬は眉をハの字にして微笑んだ。
「善は急げ。ほら、彼の気が変わらないうちに引っ越しの日取り決めちゃいなよ」
こうして、私と花斗の引越先が半ば強引に決まってしまったのだった。
コメント
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あ、やばい、めっちゃいい話だった……!(涙腺) 壮馬さんの「逃げも隠れもできない同居」って提案、一見冷たく見えて実はすごく愛音ちゃんのこと考えてるのが伝わってくる。元夫として腹の探り合いみたいなのもあるけど、最後に「自分の心を信じてみたら」って背中押すところ、男前すぎて泣く。花斗くんがパイロットの家に住むって興奮して話すシーン、めちゃくちゃ可愛くて和んだ~!次どうなるのか気になる🔥
朝永ゆうり
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