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#料理男子
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「ああ」
ひょいっと水を持って台所から覗くと、暴れながらも引きずられている男性はお姉さんを睨みつけていた。それを喬一さんが気づいて、冷ややかに見下ろしている。
「そんな睨んでも、貴方たちに手を貸すことはありませんよ」
冷たい喬一さんの言葉が、スイッチになったんだと思う。
その男性は喬一さんともう一人の男性を振り払うと、お姉さんに近づいていく。
「オヤジ、オヤジが悪いってば」
「お前はうるさー―」
振り払った大きな腕が、お姉さんの肩に当たった。スローモーションのようにお姉さんが倒れていく。
「お姉さん」
水を放り出して、なんとかお姉さんに抱き着く形で受け止めた。
けれどお互い着物を着ているので上手く抱き着けず、一緒に尻もちをついて座り込んでしまった。
「おね、おねえさん、大丈夫ですか? おなか、おなかは?」
「大丈夫よ。後ろに逃げるのが少し遅れただけ。はやく私の部屋に行きましょう。叔父さん、酔いが醒めてからお帰りください。すれ違う人が迷惑だわ」
気丈に立ち上がったけど、お腹は本当に大丈夫なのかな。
専門知識はないし、今の庇い方も大丈夫?
安定期じゃないってちょっとの振動でも駄目なのかな。
お尻から座り込んだので、お腹には影響ないのかな。
でも安定期前ってお兄さんが言っていた言葉がやはり気になる。
不安になって喬一さんの方を見上げると、今までに見たことのないような眼で突き飛ばした男性を見ていた。ゾッと寒気がするような凍てつく瞳。
心からその男性を軽蔑、侮蔑、そして怒り狂った目をしている。
「喬一さん、お姉さん、お腹に赤ちゃんが……」
喬一さんは目を大きく見開くと、男性の方へ向かっていく。
「お姉さん、台所へ」
「ちょっと、紗矢さん」
お姉さんを台所の椅子に座ってもらうと、段ボールの中の大根を片手に走る。
今度は怯えて尻もちをついた男性と、喬一さんを羽交い絞めして必死で止めようとしている左京と呼ばれていた男性、そして何をするのか分からないぐらい冷たい表情の喬一さん。
その修羅場に私は大根を持って、間に割って入った。
「だ、だめー」
おばあちゃん、ごめんなさい。
私は今、おばあちゃんが大事に育てた大根で、大好きな喬一さんのお腹を突きました。
食べ物を粗末にして――ごめんなさい。
ポロポロと混乱して泣きながら大根を刺す私に、ようやく喬一さんが正気に戻って笑ってくれた。
「ごめん。頭に血が上った。ごめん」
「……大根にも謝ってください」
「ぷぷ。ごめん。そうだな。悪い。お詫びに美味しく料理するよ」
驚いて震えていた私の手から、大根を奪うと抱き寄せてくれた。
良かった。何も起こらず、本当に良かった。
呆然と座り込んでいたおじさんは、そのまま何度も謝る左京さんに引きずられて行き、それ以上の修羅場は起こらなかったものの、台所からぽかんと覗くお姉さんに驚いた。
お姉さんや親戚の方の前で私は、生ハムきゅうり以上の失態をしてしまったのだった。
*
その後、慌てた麗一さんとクスクス笑う喬一さんに連れられて、産婦人科へ。
車の中で真っ青になる麗一さんに、お姉さんは私の大根剣のことをまるで武勇伝のように語っていた。
「いやあ、腹黒い愚弟だから心配だったけど、顔だけでお嫁さんを選ぶ馬鹿じゃなくて良かったわ」
「すいません、すいませんっ」
「なんで謝るのよ。私も今度は大根で殴るわ」
「食べ物を粗末にするな」
お姉さんと喬一さんが言い合いになるも、さっきのような緊迫した様子じゃない。
子犬がじゃれているような、微笑ましい口喧嘩だった。
正月休みにも関わらず、おねえさんが通っている産婦人科だったので一階を開けて女性の先生が診察をしてくださった。聖マリアンナクリニックと看板が見えたが、産婦人科というよりまるで結婚式場かホテルのような豪華な施設で驚いた。
診察を待つ間、急いできたせいで手に大根を持っている喬一さんに、麗一さんとお姉さんが大爆笑していたから、恥ずかしい。
そしてお姉さんと――なぜか私まで見てもらったのだけど。
母体共に異常がないと診断されたお姉さんは、麗一さんとともにティールームへ。
ついでだからと、三か月検診を受けることにしたらしい。待っている間、ティールームでお茶を飲むらしい。
私は、診察室に呼ばれ、何故かエコー写真を見せられていた。
「まだね、エコーには全く映らないんだけど、まあたぶん、これかしらね」
上品そうな先生が、クスクス笑いながらエコー写真を見せてくれた。
「三週間目じゃ、エコーには映らないのよ」
「……嘘」