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「……そうだね」
そうだよな。あいつはいい子だ。だからこそ、俺なんかじゃダメなんだ。
誰か他の、もっと真っ直ぐな人と幸せになってほしくて、俺は自分から手を離したんだった。そんな当たり前のことを、酔いのせいで一瞬忘れかけていた。
「……いつきくんも、いい子だよ? 俺は2人お似合いだと思うけどな」
何かを察したかのように、だいきが静かに言う。なんだよ、子供に語りかけるみたいなその優しいトーン。また泣きたくなっちゃうだろ。
「俺はさ、いつきくんのことが好きだからわかるんだけど。りゅうせい、いつきくんのこと好きだと思うよ。……これ、マジだから」
知ってる。その言い回し、前にも聞いたことがある。あの時は、りゅうせいが「だいきくんはいつきくんのこと好きですよ」って言ってきたんだっけ。
「……ごめんな、だいき」
「別に。俺、そっち方面では苦労してないもん。それに元々、誰かと付き合いたいとか深く考えてなかったしさ。だから気にしないで」
「そっちってなんだよ」
だいきは俺に断られても、ちゃんと自分の足で次に進んでるんだな。
こいつにここまで応援されちゃったら、俺もちゃんと向き合わないと、一生この場所から動けない気がした。
「ただいまー……って、は?! また飲んでんじゃん!」
「おかえり、りゅうせい」
「酔い覚めちゃったから、だいきと飲み直してたんだよ」
「やっと寝れると思ったのに……。だいきくん、パンツ買ってきたから。先シャワー浴びてきて」
「ん~、わかったぁ」
やけに素直に立ち上がっただいきが、すれ違いざまに俺へ「いけ」とばかりに目配せをする。
「……なんか、他にも買ってきたの?」
「……デザート買ってきました。いつきくんが起きてたら、一緒に食べようと思って」
「……本当に二人分じゃん」
なんだ、だいきを先にシャワーへ追いやったのは、これがあったからか。
「……いらないなら、俺が全部食べます」
「いや、いります。食べさせてください。あーん」
「……何してんすか。自分で食べてください」
待て。今、ちょっと照れたか?
だいきの言葉が本当かどうか、もう少しだけ確かめてみたくなった。
「ん、うま。りゅうせいもこっち、食べてみる?」
スプーンに一口分乗せて、口元に寄せる。さあ、どう出る。
「……いつきくん、ふざけてます? 俺、同じの買ってきてるんで味一緒ですよ」
あれ、怒らせたか? だいきの勘違いだったのかな……。
でも、一口食べて「うまい」と笑ったりゅうせいの横顔を見ていたら、衝動が抑えられなくなった。俺は、そのままあいつの距離感に踏み込む。
「……りゅうせいの、味見したいんだけど。いい?」
自分の唇をりゅうせいのものに近づけて、じっと目を見つめる。これで拒絶されたり、殴られたりしたら、今度こそ本当に諦めよう。
「……なんで、ですか?」
視線が絡み合う。
あ……そうだ、りゅうせいには彼女がいるんだった。
冗談じゃ済まされない空気に、背筋が少し冷たくなる。……これ、今からでも引き返せるか?
「……りゅうせい、好きだよ」
喉の奥から絞り出したその一言に、彼は息をのんだ。彼は驚いたように目を見開き、やがて手のひらで自分の顔を覆い隠してしまった。
ダメだよな。彼女がいると分かっていながら、こんな……浮気と変わらない真似をして。
俺はあいつの手をゆっくりと剥がし、もう一度その瞳を覗き込んだ。
「……りゅうせいは、俺のことまだ好き?」
卑怯だ。俺。こんな至近距離、逃げ場なんてどこにもないのに、りゅうせいの心を追い詰めるようなことを言っている。
「……なんで、今更……。ダメだって、言ったじゃないですか」
泣き出しそうな、震える声。
そうだよな。俺が勝手だよな。彼の心を振り回しているのは、いつだって俺だ。
「……あん時は、背負うもんが多すぎて無責任に手を出せないなって思ったんだよ。でも、今は違う。りゅうせいの全部を、ちゃんと受け止める自信があるよ?」
「……本当、に?」
「うん。……ごめんな、今まで酷い事ばっか言って」
俺がそう言うと、りゅうせいは溜め込んでいた何かを吐き出すように、そっと俺の体に抱きついてきた。俺は彼の背中に手を回し、強く包み込む。
懐かしい、あの頃と変わらないりゅうせいの匂い。……幸せすぎて、どうにかなりそうだ。
そっと顔を近づけ、唇を落とす。
「……おいしい」
吐息と一緒にこぼれた言葉に、胸の奥が震える。
至近距離で見つめ合う瞳は潤んでいて、このまま彼にのめり込んでしまいたいという衝動が、俺の理性をじりじりと削っていく。
「……これ以上は、俺、もう耐えられそうにない」
「……俺だってそうだよ」
彼をソファへ押し倒し、もう一度深く通じ合おうとしたその時――シャワー室の扉がガチャリと音を立てて開いた。
あっぶな。そうだった、この部屋には他に二人の男がいるんだった。もう少しで、忘れてしまうところだった。
「ねぇ~!! 俺の部屋着とって~! めっちゃ寒いんだけど~!」
「おい、だいき。せめてタオルくらい巻けよ。全部丸見えだぞ」
「もう、又出してんじゃん!」
呆れきって爆笑するりゅうせいの声が、冷えた空気に溶ける。俺も、あまりのタイミングの悪さに、幸せすぎて腹が痛くなるくらい笑った。
♢♢♢
「りゅうせい、こっち」
「うん、ちょっと待って」
「早く来て」
いっちゃんと身を寄せ合って眠っているだいきに布団をかけ直し、俺はりゅうせいの手を引いて三畳の物置部屋へ戻った。今は、この狭さが二人を繋ぐ特別な空間に感じる。
「ソファ小さいけど、二人で寝れるかな」
「ギシギシいってるから、あんまり動けないかもね」
「……もうっ、いつきくん。変なこと考えないでよ」
本気で顔を赤らめるりゅうせいの頬を両手で支え、そっと唇を重ねる。さっきはお預けを食らった分、この穏やかな体温だけは独り占めしたかった。
「……待って。まだ心が、追いついてない」
「俺だって、今日こんなことになるなんて思ってもみなかった」
何度も軽く触れ合うたびに、互いの鼓動が速まっていくのがわかる。
「顔、真っ赤じゃん。今頃になって酔いがまわってきたの?」
「……逆だよ。酔いが覚めてきて……恥ずかしくて、どうにかなりそう」
首元にそっと手を回され、そのまま導かれるようにソファへ沈み込む。
もう、この引力からは逃げられそうにない。
「りゅうせい、……すごく綺麗」
「……誰かのせいだとしたら、いつきくんのせいだよ」
あいつが潤んだ瞳で俺を見上げ、悪戯っぽく、でもどこか切なくそう問いかけた。
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萩原なちち
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