テラーノベル
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式場のバックヤードの薄暗いコンピューター室。
ラックに並ぶ機器が赤く点滅している。
その前で、初老の式場責任者が蒼白な顔をして立ち尽くしていた。
「いやはや……困りましたな。急に画面が真っ暗になりまして。Wi-Fiまで落ちるとは……」
今日に限ってシステム担当者は休み。
「スイッチングハブを確認させてください」
僕は腕まくりをし、腕時計を見た。
(映像の時間は三分。――その間にネットワークを戻す)
絡まり合うケーブルを一本ずつ追い、配線の流れを、頭の中で組み直していく。
「……これですね」
一本のケーブルの両端が、同じ機器に繋がれていた。
***
その数十分前。
入社したばかりの新人スタッフくんは使命感に燃えていた。
「よし、今日という最高の日を、完璧な裏方仕事で支えるぞ!」
最終点検中、だらりと垂れたケーブルを発見。
「おっと、抜けてるじゃないか。危ない危ない」
善意100%で、空いているポートへ――ぐいっ。
「よし、完璧だ!」
***
「……データの自食です」
「自食……と申しますと?」
責任者が首を傾げる。
「入口と出口が同じ場所に刺さっています。データが外へ出られず、ずっと中を回り続けている状態です。いわば高速道路を閉鎖しているようなものですね」
「なるほど……それは、まずい」
責任者が俯いた。
「では……もう……」
「大丈夫です」
ケーブルの端を、引き抜いた。
「出口を作ればいいだけです」
次の瞬間。赤く点滅していたランプが、一斉に緑へと変わった。責任者が、ほっと息を吐き、深々と頭を下げる。
「……ありがとうございます。本当に、助かりました」
シャツを整えつつ、首を振る。
「いえ。よくあるトラブルですから」
「あの……失礼ですが、新郎様は一体……?」
「SEです。本番環境の火消しには、慣れてますので」
責任者が、目を細めた。
「若いのに、大したものですな」
「いえ、偶然です」
「いい旦那様を選ばれましたな」
その言葉に、僕は首を傾げた。
「え?」
振り返ると、そこに白石さんが立っていた。
***
「……陽一さん、もう大丈夫ですか?」
「ああ、うん。たいしたことなかったよ」
いつもの、少し照れた笑顔。
「ケーブルがちょっと迷子になってただけで」
――本当に、この人は。あんなにかっこよかったのに、何もなかったみたいな顔をしてる。
(……ずるい)
「戻ろ? ヒーローさん」
「いやいや、ヒーローは言いすぎだって……」
謙遜して目を逸らす彼に、私は迷わず、自分の腕をぎゅっと絡めた。
「ちょ、ちょっと」
「もう離さないから」
きっぱり言うと、彼が固まった。
「え?」
「だって、私の旦那様でしょ?ずっと、ちゃんと隣にいてくださいね♡」
ARの映像も。迷いなく動いたあの背中も。責任者に頭を下げられて、困ったように笑っていた顔も全部、愛しい。私は彼の腕をさらに引き寄せ、披露宴会場へ踏み出した。
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#独占欲
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