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仮設のたこ焼き屋では、最後の注文を焼き上げ、みことはふぅっと小さく息をついた。
「みことくん、おつかれさま〜!」
「助かったよ〜!やっぱりみことくん人気だね〜」
同じブースのメンバーに見送られ、みことはテントを出て歩き始める。
キャンパスの一角。花壇のそばのベンチに座る5人が見えた。
ひまなつはカステラ串を食べながら、いるまの足に寄りかかり、こさめはらんの膝に頭をのせて何やら嬉しそうに笑っていた。
すちはみことを見つけた瞬間、自然と立ち上がり、手を小さく振った。
「お疲れ、頑張ったね」
「うん、ありがと……すちくんたち、待っててくれたんだね」
「もちろん。さ、どうする?そろそろ回る?」
こさめがウキウキと提案する。
「ねえ、今回もさ、ペアで分かれてまわる?」
「じゃあ、また俺らのんびりだな」
「えー、もっと楽しもーよ~」
と、和やかに盛り上がりかけたそのとき、みことが小さく手を上げて口を開いた。
「……あの……できれば……みんなで回りたい、なって……」
その声は遠慮がちだったが、どこか芯のある響きだった。
みんなが一瞬静かになった。
「……前回は、みんなバラバラだったから……せっかく今日、大学に来てくれたから……」
俯きながらも、みことは正直な気持ちを絞り出すように話した。
その姿に、すちは微笑みを深め、さりげなく背中を支えるように立ち位置を変えた。
「俺も、その方が助かるな」
すちの声に、みことが顔を上げてきょとんとする。
「だって……みことと二人きりとか、俺の理性いくつあっても足りないから」
さらりとした声に、一同が「うわぁ……」と息を呑む。
みことの顔は真っ赤になり、こさめが「すちくん、発言がえっちだよ!!!」と突っ込む。
「お前のコスプレ服のセンスほどじゃないけどな」
とらんがぼそっと言うと、こさめはぷくっと頬を膨らませた。
「じゃあ、みことの希望に従って、みんなで行こっか」
らんが穏やかにまとめると、全員が頷いた。
わいわいと話しながら歩く6人の姿は、どこか子どもみたいに無邪気だった。
その中央で、みことはそっとすちの袖をつかみ、小さくつぶやいた。
「……ありがとね」
「ん?なにが?」
「……いっしょに、いてくれて」
すちはその手をそっと握り返し、ふわりと笑う。
「当たり前でしょ、俺はみことの味方だから」
みことは恥ずかしそうにまた少し赤くなりながら、でもどこか安心したように笑った。
6人はキャンパス内を一緒に歩きながら、次々と模擬店やイベントに立ち寄っていた。
「はいはい!こちら〜、くじ引き一回百円でーす!」
「じゃあやってみよっか。運試しだ!」
こさめが真っ先に飛び込み、次にいるま、ひまなつ、らんと続く。
すちはゆっくりと歩きながら、隣にいるみことに「やってみる?」と聞く。
「……うん、やってみたい」
そう言って、みことは小さな手でくじの棒を一本引く。
結果は――
「おお〜!3等おめでとうございます!特製ぬいぐるみです!」
「かわいい〜!」こさめが歓声を上げる中、みことは「これ、すちくんにあげる」と小さなクマのぬいぐるみを手渡した。
「……いいの?俺、ちょっと嬉しいんだけど」
すちは目を細め、みことの頭をぽんと撫でた。
その後も輪投げに挑戦しては、ひまなつが華麗な腕前を見せ、らんが不器用に外してはこさめが爆笑し、いるまが本気を出しすぎてスタッフに止められたり。
クイズイベントでは、すちとみことが抜群のコンビネーションで正解を連発し、「この2人息ぴったりすぎじゃない?」と他の4人が首を傾げていた。
──そんな楽しい雰囲気の中、ざわざわと気配が変わる。
「ねぇ……」「今、行こうよ」「あの子たちさ……」
彼らの周囲には、次第に女子たちの輪ができ始めていた。可愛さと美しさを併せ持つ6人組は、キャンパスでもひときわ目立つ存在だった。
そして、勇気を出した女子学生たちが数人、そっと近づいてきた。
「あ、あのっ……!」
先頭にいた眼鏡の女の子が、おそるおそる口を開く。
「その……突然すみません!あの、みことくんと、皆さんって……どういうご関係なんですか……?」
一瞬空気が止まったような感覚。
だが、すぐにこさめが「友達!!」と明るく答え、いるまが「高校ん時からのダチな」と腕を組んで言った。
「俺も。まぁ、腐れ縁ってやつ」とらんがぶっきらぼうに答えると、ひまなつは眠そうな声で「友達……かな、うん」と口元に手を当てながら言った。
その中で――
すちはみことの腰をそっと引き寄せ、軽く抱き寄せるような形になる。
「俺は……そうだな、秘密」
唇に人差し指を立て、静かに笑った。
それは優しくも牽制のような、誰も寄せつけない微笑み。
「……っ」
みことはぱっと耳まで赤くなり、思わず顔をすちの胸元に隠す。
「……ずるいよ、すちくん……」
震える声でそう呟いた。
その光景に周囲の女子たちは一斉に息を呑み、ざわめいた。
「え、なにあれ……」
「みことくんが、あんな……かわいすぎ……」
「しかも隣の人、イケメンすぎて怖い……」
「尊すぎて涙出そう……」
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
なぜか感謝を口にする者まで現れ、場は一気に騒然となった。
それを見ていた4人は、若干呆れ気味だった。
「……みことって、ひとりでいるのに、なんであんな人気あんの……」
「人当たりは良いしな。話せば誰でも好きになるタイプだ」
「でもまさか、あそこまでとはなぁ……」
「すち、過保護すぎ。いや、あれはもう……独占欲か……」
そんな会話を交わしつつ、彼らは再び動き出す。
騒がしいけれど、なんだかとても愛しい時間。
そして、すちの腕の中で赤くなったままのみことは――
小さく笑っていた。
夕暮れがキャンパスを包み、空がオレンジから群青へと染まりゆく中、学祭の熱は最高潮を迎えていた。
体育館の中では、学生バンドによるライブが行われ、色とりどりの照明が揺れていた。
スモークが軽く焚かれ、観客のクラップが鳴り響くその空間に、6人は肩を寄せ合って座っていた。
みことは、ステージの上で楽しそうに歌う学生たちを見ながら、静かに目を輝かせていた。
鼓膜を打つリズム、胸に響く低音、熱を帯びた光。
(いいな、やりたいな……)
口に出すことはなかったが、ふわっと柔らかな笑みと、ほんのり頬を染めたその顔に、すちはすぐに気づいた。
「……」
すちは、何かを察するように4人の方を見ようと振り返る。
が、その時には――
「よし、やるかー」
「みことと思い出作っとくか」
「楽器って貸してもらえるんかな」
「高校の学祭ぶりだな、懐かし」
4人はすでに立ち上がり、勝手に準備を始めていた。
ぽかんとするすちの前で、みことが少し戸惑いながらも手を差し伸べた。
「……すちも、一緒に、やろ?」
その声に、すちは目を細め、にやりと笑った。
「……もちろん」
6人は手を挙げ、飛び入り参加のチャンスを掴んだ。
「じゃあ、次の飛び入り参加の方、どうぞー!」
スポットライトが彼らを照らす。
ステージに6人が現れた瞬間、体育館に黄色い悲鳴が響き渡る。
「キャーーー!!」
「え、待って、あの6人って……!!」
「やばい、かっこよすぎ……」
こさめが笑顔でマイクを取り、元気よく叫ぶ。
「飛び入り参加、失礼しまーす! チーム“同高”です!」
会場に「おおーっ!」と歓声が響いた。
「高校時代の最後の学祭でやった曲、やりまーす! 聞いてくれたら嬉しいなー!」
ギターを構えるらんとひまなつ。
ベースを肩にかけるいるま。
ピアノの前に立つすち。
そして、ドラムスティックを手にしたみことが、少しだけ緊張したように笑った。
(懐かしいね)
軽くアイコンタクトを取り合い、音が鳴る。
カウント、ワン、ツー、スリー、フォー!
アップテンポの爽やかなロックナンバーが鳴り響き、観客が一斉に手を振り上げる。
こさめの歌声が体育館いっぱいに響き、ギターとベースのリフが追いかける。
みことのドラムが、正確で、なおかつ楽しげにリズムを刻む。
普段はおっとりとした印象の彼が、力強くスティックを振る姿に、同級生たちがざわめいた。
「え、みことくん……ドラム、すご……!」
「まって、格好良すぎ……」
「え、尊すぎて涙出る……」
観客は盛り上がり、自然と合いの手が入り始めた。
「ハイッ! ハイッ!」
「イェーイ!」
「みことーーー!!」
ステージ上では、6人が自然と笑い合いながら演奏を続けていた。
まるで、音楽の中に、あの日の記憶が蘇ったようだった。
最後のフレーズが鳴り響き、静かにエンディングが決まる。
大きな拍手と歓声。体育館が揺れるほどだった。
「みことー!どうだったー!?」
こさめが、興奮冷めやらぬままマイクを置き、ステージの上で笑いながら振り返った。
みことは小さく頷き、口元を押さえる。 「ふ……ふふっ、ふふふ……っ、あはっ、あははは!」
堪えていた笑いがこぼれ出す。
──それは、誰も見たことのない――
本当の意味で、心から楽しんでいるみことの、満面の笑顔だった。
5人は一瞬、息を呑んだ。
「……やば……泣く……」
「ずるいってその顔……」
「俺、ちょっと涙出そう……」
「……なんか、報われた気がした」
「ほんっとかわいいな……」
最後にすちがそっとみことを抱き寄せた。
「楽しかったね、みこと」
「うんっ……すっごく、楽しかった!」
みことの声が、音楽よりもまぶしく、あたたかく、心に染み渡った。
学祭が終わった夜。
どこか名残惜しさが漂う校舎をあとにして、6人は駅まで続く並木道を並んで歩いていた。
夜風がやさしく吹き、道端の落ち葉がカサリと音を立てる。
照明に照らされた横顔が、それぞれ少し疲れていて、けれど幸福そうで。
今日一日の思い出が、静かに胸の中であたたかく波打っていた。
「……今日は、来てくれて、ありがとう」
みことがふと立ち止まり、5人に向き直った。
「たこ焼きも、ライブも……すごく、すごく楽しかった。みんなが来てくれて、来てくれて……ほんとに、嬉しかったよ」
その言葉に、いるまがニカッと笑って肩をすくめた。
「お前があんな楽しそうな顔すんの、見たら来てよかったって思うに決まってんだろ」
「ねー……ほんと泣きそうになったもん」こさめが頬を押さえる。
「感謝されることなんて何もしてねぇよ。お前が笑ったら、それでオールOK」らんが不器用に言いながらも、少し照れているのが伝わる。
「楽器触ったのひさびさだったし、いい思い出になった」とひまなつは淡々と話す。
「……うん」
みことの目が潤んで、ほんの少しだけ伏せられる。
すると、ひまなつがぽんっと手を叩いた。
「ところでさー、明日ってすちの大学祭じゃん?何やるか教えてよ」
みんなの視線が、すちに集まる。
だが、すちは穏やかな笑みを崩さずに首を横に振った。
「秘密だよ。……来てからのお楽しみ」
「うっわー、もったいぶるじゃん〜!」
「何やんだよ〜」「ヒントだけでも〜」
とわちゃわちゃ言う中で、駅が近づいてきて、自然と立ち止まった。
「じゃ、また明日な」
「すちとみこと、気をつけて帰れよ」
「明日、楽しみにしてっからな〜」
それぞれが手を振りながら、夜道に散っていく。
歩いて行く後ろ姿が、いつまでも青春のように、頼もしくて眩しかった。
2人きりになった帰り道。
街灯がぽつりぽつりと照らすなか、すちとみことは並んで歩いていた。
どちらからともなく手が近づき、自然と指先が触れ合う。
言葉もなく、ただ心地よい沈黙が流れていた。
やがて、すちがやさしく声をかける。
「……楽しかった?」
みことはふわりと笑い、こくんと頷いた。
「うん……ほんとに、すごく」
すちはみことの表情を横目で見ながら、胸の奥に小さな棘のような感情を覚えていた。
――明日以降、みことはもっと注目されるだろう。
あの笑顔を見た人間は、きっと惹かれていく。
その未来を思うと、心がざわついた。
けれど同時に、自分が誰よりもみことの笑顔を守りたい、とも思う。
揺れる嫉妬と、強い願い。
すちは複雑な想いを胸に仕舞い込んだ。
そんな心の動きがあるとは露知らず――
みことは周囲を確認するようにきょろきょろと目を配り、誰もいないとわかると、すっとすちの腕に飛び込んだ。
「……っ!」
突然の行動に、すちは一瞬だけフリーズする。
みことは小さな声で、けれどまっすぐな気持ちを口にした。
「すちくんのおかげで……毎日、楽しいよ。ありがとう……」
その声に、抱きしめる腕にぐっと力がこもる。
すちはみことの髪に口元を寄せて、囁くように返した。
「……こちらこそ。ありがとう」
胸の奥のざらつきは、いつのまにか、あたたかな泡のように消えていた。
夜空の下、2人は静かに抱き合いながら、明日の再会を胸に刻んでいた。