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「じゃあ、集合場所は体育館ね」
そう言われて、5人は大学祭のメイン会場である体育館へと向かっていた。
だが、その中にすちの姿はなかった。
みことは一歩一歩、歩きながら落ち着かないようにきょろきょろと視線を動かす。
――姿が見えないだけで、こんなにも不安になるなんて。
自分でも驚くほどに、すちの存在は大きくなっていた。
(……どこ、かな)
少し眉を下げて、視線を彷徨わせるみこと。
その表情には、ほんのわずかに人見知りの気配がにじんでいた。
そんなみことの様子に気づいたのは、ひまなつだった。
「みこと、大丈夫? 体育館まで一緒にいようね」
優しい声に、はっと顔を上げるみこと。
「う、うん……ありがとう」
すると今度は、こさめがくるりと振り返り、にぱっと笑ってみことの手をぎゅっと握る。
「みことは真ん中!俺となつくんが守るから任せて!」
こさめの元気さに思わず笑みが漏れる。そしてその手の温もりが、不思議と心を落ち着かせてくれた。
ひまなつも反対の手を取り、みことを真ん中にして並ぶと、そのまま手を繋いで歩き出す。
(……なんか、あったかいな)
みことの頬に、柔らかい微笑みが浮かぶ。
そのやりとりを見ていたらんといるまは、ほんの少しだけ胸を打たれていた。
「……ああやって、すぐ気づいて寄り添えんの、すげぇよな」
「お前が言うなよ、意外とそういうの得意だろが」
「……それでも、俺はあんな風に自然にできねぇって思った」
まるで兄弟のようにみことを囲う2人の姿が、とても頼もしくも、やさしくも見えた。
そして、到着した体育館のステージ裏。
目に飛び込んできたのは――
紫がかった黒のローブに身を包み、帽子を被った「魔女」の姿。
「……えっ……すち……?」
みことが思わず漏らした声に、その魔女がふわりと振り返った。
「いらっしゃい、みこと。待ってたよ」
魔女の姿のまま微笑むその人物は、まぎれもなくすちだった。
「えっ、えっ……え……?」
混乱するみことをよそに、他の4人も絶句する。
「なんで魔女!?」
「おま、演劇サークルってそういう……」
すちが微笑を深めて説明する。
「今日の演目、実はオリジナルでね。シンデレラの魔法使いと、白雪姫の魔女が合体して、ダークヒーローになる物語なんだ。ちょっとしたコメディだけどね」
「まじか……」
「つうか似合ってんの、なんか腹立つ」
「ビジュ強すぎて逆に笑う……」
しかしその間、すちは視線の端で、あることに気づいていた。
――みことが、こさめとひまなつの両手に繋がれていることを。
瞬間、すちの心の奥にチリッとした感情が広がる。
(……手、繋いでる……?)
表情には出さないものの、すちは一瞬だけ目を細めた。
その変化を見逃さなかったのは、らんといるまだ。
「……ああ、妬いてんのな」
「お前、今ちょっと妬いてたろ」
いるまが苦笑して耳打ちする。
「……みこと、ちょっと不安そうだったから」
「だから、なつとこさめが守ってくれてた。気にすんな」
らんがそうフォローすると、すちはほんの少しだけ苦笑して頷いた。
「……うん、ありがとう」
その後、演劇は想像以上に盛り上がり、
“魔女すち”はその完璧な演技と佇まいで、観客の笑いと悲鳴と喝采を浴びることとなる。
ステージに紫と黒の布がひらめき、観客席からは驚きと歓声が上がった。
静まり返った体育館に響く低く柔らかい声──
「そなたの願いを、叶えてしんぜよう──」
その声に、みことの目が釘付けになった。
暗がりの中、舞台の中央に立つのは、マントを翻した美しい魔女。
妖艶さと気品、そしてわずかな皮肉を帯びた表情。
(……すちくん……すご……)
本当にすちかどうか一瞬迷うほど、仕草も声も役に入り込んでいて、みことの鼓動は静かに早くなる。
すちは魔法使いとして登場したかと思えば、後半には白雪姫の毒リンゴを配る魔女として登場するという、まさかの二役。
けれど――
みことが視線を送るたび、すちはその視線に気づいては、優しく微笑み返した。
まるで、「ちゃんといるよ」と伝えるように。
そしてその微笑みに、みこともまた安心したように微笑み返す。
不安が拭われ、温もりが満ちていった。
盛り上がる中、観客の多くは、ストーリーの内容よりも“美しすぎる魔女”に視線を奪われていた。
観客席から聞こえる、女子学生たちの興奮した囁き声が絶えない。
「……あの魔女、誰……?」
「え、○○大学祭で ピアノやってた人だよね!? 飛び入り参加の!」
「まじ!? えっ、かっこよすぎて死ぬ……」
舞台が暗転し、照明が落ちる。
演劇が終了し、拍手が鳴り止まない中──みことはまっすぐにすちの姿を追っていた。
「おーい、みことー、笑ってたな?」
「なぁ、あんなすち見たことねぇよな。なんか……悔しい」
「いや、かっこよすぎて意味わからん……衣装もズルいって」
「うん。……あの笑いと色気、どこで拾ってきたのかなぁ……」
みことはその言葉に小さく笑いながら、「かっこよかった……」と呟いた。
すぐに、ローブを半分脱いだすちが現れる。
「来てくれてありがとう。楽しんでもらえた?」
その問いかけに、みことは笑顔で頷きながら、少しだけ頬を赤らめて答える。
「……かっこよすぎて、びっくりした……すち、ずるい……」
その一言で、すちの顔がほんの少しだけ照れる。
「それ、録音しておけばよかったなぁ。みことに褒められると、10年は生きられる」
「10年……大げさ……」
ふふっと、みことが笑った。
そして、こさめが両手をぱちんと打って言った。
「よーし!じゃあこのまま、みんなで学祭まわっちゃおうよ!」
「賛成。祭りは、仲間と歩くのが一番」
再び6人で校舎の外へ出る。 肌寒くなってきた風に、すちがさりげなくみことの肩へ手を添える。
「冷えるから、風邪ひかないようにね」
「……うん……ありがとう」
その小さなやりとりに、こさめとひまなつがすかさず「優し〜!」と囃し立てる。
「まじでモテの権化じゃん」
「ねぇみこと、どう思う? どうなの?」
みことは両手で顔を隠しながら 「……もう……やめてよ……」と小さく呟く。
その反応すらも、周囲の人々には“ご褒美”のようだった。
「かわいすぎて泣きそう」
「てか今日レア度Sみたいな6人組じゃん……」
「この学祭、伝説残したぞ……」
誰かがそう呟くたび、6人の存在はまるで物語の登場人物のように祭りの中を歩いていった。
出店でわたあめを分け合ったり、クレープを頬張ったり、縁日ブースで射的を楽しんだり。
笑って、じゃれ合って、ふざけて──それでもふとした瞬間、誰かがみことを見つめていた。
特に、すちの視線は終始穏やかで、優しく、愛おしさがにじんでいた。
「今日も、笑ってくれてよかった」
その独り言に、みことが聞き返す。
「……ん?」
「ううん、なんでもない。さ、もう少し歩こうか」
すちはみことの手の甲をそっと握る。大きな掌が、心地よく温かい。
そして、日が落ちた後。小さな噴水のある広場に、6人は腰を下ろしていた。
「……楽しかったね」
「俺、今日のこと一生忘れない気がする」
「こういう日が、人生にどれだけあれば幸せなんだろうな……」
「俺は今日があれば、あと数年戦えるわ」
そんな風に笑いながら、夜の空を見上げた。
みことはそっと口を開く。
「……みんな、ありがとう。今日も、昨日も……本当に、楽しかった」
こさめがぎゅっとみことを抱きしめ、「うん、こっちこそありがとう!」と満面の笑みを浮かべる。
すちはその光景を目に焼きつけながら、小さく微笑んだ。
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