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現実は小説より奇なり。有名な台詞だ。だが実際は、一寸先は闇、のほうが正しいと思う。大切なものは、ある日突然消えるものだ。
三雲 千里( みくも せんり )は第一発見者だった。
いつものように、少し早めに登校してきた。
校庭のほうを何気なく見た。そして見てしまった。人が倒れていた。頭から赤い液体が流れていて、手足の関節はありえない方向へ折れ、目はうつろに見開かれていた。
どれだけ立ちつくしていたのだろう。気づいたときには職員室に駆けていた。
『せんせ、校庭、ひ、ひとが…!!』
普段の千里からは想像もつかないような慌てように、職員室の大人たちは異常性を素早く察知し、千里に連れられて急いで校庭に向かった。
そこには女の子が血まみれで倒れていた。白い肌と服に、赤色が染みていた。
女の子は亡くなっていた。彼女は千里のクラスメイトだった。
『皆さんに伝えなければならないことがあります…… このクラスの 市川 亜美(いちかわ あみ)さんが、亡くなりました』
クラスがざわついた。息を飲む声が聞こえる。
朝霧 エレン(あさぎり)は、隣の席の 竜胆 来栖(りんどう くるす)を見た。来栖は亜美と友達だった。来栖は感情の読めない表情で教卓にいる担任を見ていた。
その日から、来栖は学校に来なくなった。
来栖が学校に来ないのはよくある事だが、何日も休んだことは無かった。さすがに心配になり、エレンは来栖の家を訪ねた。来栖は驚いた顔をしていたが、『エレン!久しぶりやなぁ!上がって〜』と嬉しそうだった。
それからは一緒に本を読んだりゲームをしたり、バラエティ番組で笑ったりと、来栖はいつもと変わらない……ように見えた。
『あ、もうこんな時間。帰るね』
『おー、また気が向いたら来てなー』
『毎日来るよ』
エレンはふっ、と微笑み、来栖の家をあとにした。
そんな日が毎日続いた。来栖は笑顔ではいるものの、目にはクマがあり、前より痩せたように見えた。
ある日の放課後。いつものように来栖の家に行こうと教室を出て廊下を歩いていると、
『朝霧さん!』
後ろから声をかけられた。振り返ると、切羽詰まったような焦ったような表情の千里がいた。
『竜胆の家に行くの?』
エレンは千里の目を見据えたまま顎を引いた。
『俺も…行っていい?』
エレンはじっと千里のことを見ていたが、静かに頷いた。
『あれ?今日は三雲くんもいるやん』
そう言って来栖が笑った。その様子を見た千里は僅かに表情が和らいでいた。
ふたりがいつものように過ごし、千里は後ろのソファに座ってそれを眺めている。休日は千里は来なかった。周りから見た来栖は、誰がどう見ても元気そのものだ。ある日の夕方、いつものようにバラエティを見ながら笑っていた時だ。来栖はふと笑うのを辞め、どこを見るでもなく呟いた。
『エレンはいいなぁ。優しくて』
エレンはその言葉の意味が理解できなかった。
『来栖も、優しいよ』
言葉を迷いながら言う。それを聞いた来栖は寂しそうに笑った。
『そっか。ありがと』
それからはいつもの来栖に戻り、楽しそうに笑っていた。
『あ、もう帰るね』
『なあエレン』
帰ろうと身支度を始めたエレンに、来栖が声をかけた。
『うちはエレンみたいにはなれへんかったよ』
エレンはまたもや理解できなかった。私みたいになりたかったの?どういうこと?比べることでもないし、そもそも来栖は来栖という存在なのに?
『来栖はもう充分頑張ってるよ。』
なんて言えばいいのか、答えは見つからなかった。だから今思っていることを伝えた。
『そっか。』
来栖は静かに笑った。
その日の真夜中。真っ暗な部屋に時計の秒針の音だけが響く。来栖はベランダで景色を眺めていた。
そして、窓側に手をかけ、
『もう……充分頑張ったしええよな』
そう言って頭から落下した。
来栖が亡くなったと知らされたのは週明けだった。
クラスはざわつき、どこからか嗚咽が聞こえる。千里は表情に出さなかったが、内心は穏やかではなかった。
来栖が死んだ?なんで?何故?
ふとエレンを見た。エレンは悲しむでも動揺するでもなく、いつもと変わらない表情で静かに座っていた。周りが悲しんでいる中で1人だけ静かなエレンは、とてつもなく不気味に見えた。
放課後、帰ろうと席を立ったエレンを慌てて呼び止める。
『あの日、何があったの』
『なんのこと』
エレンは振り返らず、千里の質問に質問で返す。
『竜胆が死んだ日だよ。竜胆の様子はどうだった?』
『どうしてあなたにそんなことを話さないといけないの?』
千里の質問に、エレンは冷たく返す。その返答に、千里は驚いた。エレンは落ち着いた性格で、あまり争いを好まないタイプだ。それなのに、ここ最近様子がおかしい。───市川 亜美が亡くなる1周間前から。
『俺だって竜胆のことが心配だったんだ。頼む、教えてくれ』
『普通だよ。』
『普通……?』
『あからさまに表に出すようなことはあいつはしない。』
『……でも、今は状況が違う。竜胆の親友……市川さんが自殺してる』
それを聞いたエレンが鼻で笑った。
『そんなんで変わるなら、あいつは今頃生きてるね』
そう言うと振り返らずに立ち去った。
エレンの今の様子に、千里はかなり動揺した。エレンの言葉にでは無い。自殺という単語を聞いた時、明らかに嫌そうな顔をしたのだ。本気で言ってるの?そう思ってるのが伝わってきた。……自殺ではないのか?証拠がないのと屋上付近から落下死状態だと判断されただけで、はっきりと自殺だとは言いきれないのだ。エレンはそこにイラついていたのか?どうして?エレンと亜美はそこまで仲良くはない。なのに何故、死因についてこだわるのか。もしかしたらエレンは何か知っているのか?そもそも来栖が自殺したのは、亜美が亡くなったことにより病んだからだ。もしかしたら来栖も殺されたのか?
どれだけ考えても答えは出なかった。ただはっきりしたことは、亜美が自殺とは言いきれないということだけだった。それを判明させたら、来栖は報われるのだろうか……考えたところで答えは出ない。エレンの様子からして、あれは自殺ではないだろう。真犯人を見つけられるかは不明だが、好きだった相手のために、自分に出来ることをしたかった。
とはいえ、自分は探偵ではない。警察でもない。だからできることは限られてくるし、できることの範囲も狭い。やはりまずは亜美の友人に聞き込みでもするか…
得られた情報をまとめるとこうだ。亜美は成績が良く、教師からの信頼もあついらしい。顔立ちも整っていて、男子からの人気も高いと殆どの人間が言っていた。自分はクラスメイトなので、亜美の顔立ちが整っていることは知っていた。
そして、何人目かの聞き込みで、意外な情報があった。亜美がいじめをしていたかもしれない、ということだった。
『その話、詳しく訊いてもいい?』
千里の質問に、相手の女子生徒は嫌そうな顔をした。
『話すような内容ではないと思います…… そもそも、あなたは亜美先輩の何なのですか?』
その疑問は最もだ。いじめの内容はあまり口外するようなものではない。
『好きな人がいたんだ。けど、彼女の死から変わってしまった。今更だけど、俺にできることをしたいんだ』
その言葉に、女子生徒が息を呑んだ。
千里は来栖の明るくよく喋るところが好きだった。彼女を見ていると、自然と温かい気持ちになれたから。
『その言い方をするってことは、亜美先輩は自殺ではないと考えてるわけですね?』
『え?うん、クラスメイトはそう言ってたし、あの反応からして絶対なにかあるなって』
『じゃあそのクラスメイトに訊けばいいじゃないですか…誰なんです?』
『朝霧エレン』
その名前を聞いた女子生徒の表情が一瞬固まる。けどすぐに表情を戻し
『その朝霧って人、妹います?』
と質問してきた。
『妹…?たしかいたと思うけど…』
エレンが来栖と教室で会話している時に話題として出ていたはずだ。記憶力とは怖いもので、来栖が話している内容はすべて覚えていたようだ。
『名前は?』
『名前……?えーと、らい…』
『ライカ』
『そうそれ!なんで解ったの?』
『え……』
女子生徒の表情が曇る。
『どうしたの……?』
『ライカなんです』
『……え?』
女子生徒はためらいながら言う。
『亜美先輩がいじめてた可能性のある生徒です』
それからはどこかぼーっとしていた。頭を必死に働かせながら話を聞いていた。
解ったことは、亜美は勉強はかなり優秀だが、部活ではあまり活躍できなかったということだ。バレーボール部に所属しているが、どれだけ練習しても他の生徒のようには上達しなかったみたいだ。
そして新入生として、朝霧ライカがバレーボール部に入部してきたのだ。
ライカは飲み込みが早く、試合にも出るほど上達していた。
それからだった。ライカのユニフォームがゴミ箱に捨てられていたり、下駄箱にゴミを入れられていたり、更衣室で着替えているところを隠し撮りした写真が家のポストに投函されていたり様々だった。
漠然とだが、みんな薄々感じていた。亜美だろうと。
彼女はプライドが高く、自分より優れた人間に嫌悪感を抱く。
実際、亜美はライカに嫌な態度を取っていたらしい。けどライカは何も言い返さなかった。にこりともせず嫌そうな顔もせず。
それが余計に亜美をイラつかせたようだ。
ライカは悩みを抱え込む性格だったようだ。誰にも相談をしなかった。そして自殺した。ライカの日記や持ち物から、彼女がいじめられていたことが発覚したが、証拠がないため犯人を断定することはできなかった。
物的証拠はなにもない。亜美が犯人だと言い切るのには不十分だった。実際、亜美はプライドは高いが、誰彼構わず噛みつくわけではない。
『…これが私の知ってる全てです』
女子生徒は小さく溜息を吐いた。千里は半信半疑で聞いていた。
『それほんとなの……?』
『嘘を吐く理由がありますか?』
『……でも、彼女は俺のクラスメイトだけど、そんな素振りは見せなかったよ?』
『それは亜美先輩が貴方がたより優秀だからでしょう』
『だったら竜胆はそんな奴と仲良くしてたって事なのか……?』
『亜美先輩は、自分より劣ってると判断した人間には優しくして依存させるんです。彼女はそういう人なんです。優しい人ほどその悪意に気付けないんです』
ショックだった。そんな奴のために竜胆は死んだのか。けど、
『ありがと。かなり有力な情報だった』
千里は礼を言うとその場をあとにした。どんな背景があろうと、来栖は亜美のことを大切に思っていた。来栖のために真実を突き止めたい。だから自分が次にすることは決まっていた。
『朝霧さん』
次の日の昼休み、自分の席でスケッチブックに絵を描いているエレンに声をかけた。
エレンは手だけを止めて、千里の方を見ずに千里の次の言葉を待った。
『なに描いてるの?』
そう言って覗き込もうとした途端、エレンが素早くスケッチブックを閉じた。
『なんの用』
抑揚のない声でエレンが尋ねる。
『今日の放課後空いてる?』
ゆっくり話したかったので、放課後の予定を訊いた。
『空いてるけど。』
面倒くさそうにエレンが答える。
エレンを観察していて気づいたことがある。
前まではエレンと目が合うとさっと逸らされていた。嫌われていると認識していたが、今ほど会話を面倒くさがることは無かった。今は逸らされたりはしないが、気だるげに返事をする。
『じゃあ放課後』
それだけ言うと自分の席に戻った。
放課後、校舎裏に呼び出した。エレンは少し遅れて来た。今日はとても寒いのに、寒がっている様子もない。
『で、なんの用』
ポケットに手を入れて、エレンが面倒くさそうに尋ねる。
『市川さんについて訊きたいことがある』
エレンは少し眉を顰めた。
『あいつがどうかしたの?』
『市川さんと最後に会話したのはいつ?』
『はい?私はあいつと話したことなんて殆どないよ。』
『じゃあ妹がいじめられてたことは知らなかったの?』
『それ誰から訊いたの』
初めてエレンが真っ直ぐに千里を見て訊いた。
『……いろんな人に訊いた』
『あいつがいじめをしてるって根拠は?証拠は?』
『ないけど、』
『はぁ…まぁ仕方ないか。あーゆー性格なら』
『え?』
エレンは気分の悪そうな顔をした。そして吐き捨てるようにこう言った。
『あいつは責任感も罪悪感も持っていない。だから私はあいつのことが嫌いなんだ』
あれからどんな道順で帰ったのか覚えていない。
エレンはおそらく知っていた。妹がいじめられていたことを。けど何もしなかった。
それが何故かは解らないが、あの女子生徒の話が本当なら、少なくともエレンは、亜美がどんな人物なのかを知っているだろう。
知っててなお止めなかったのか?という疑問は払拭できないが。エレンが面倒くさがりというのは周知の事実だ。それなのに毎日欠かさず来栖に会いに行っていた。その行動だけで、エレンにとって来栖がどんな存在なのかが解る。けど、
来栖が死んだと聞かされた時、彼女は表情ひとつ変えなかった。何を考えていたのか、あるいは何も考えていなかったのか、もしかすると、こうなることを知っていたのか………。
いくら考えても、エレンのことだけは答えが出なかった。
次の日のエレンは普通だった。描いている絵を見せてくれないことを除いては。まぁ見せたくない人もいるのだろう。そこは別に気にしなくても良いだろう。エレンは亜美の死に対して何を思っているのだろう。逃げだと思ったのか、自業自得だと思ったのか。それとも、情景のひとつとして見ているだけなのか。
そんなことをぼんやり考えていたら、隣の席の男子生徒に声をかかけられた。
『なーに朝霧さんのこと見てんのー?もしかして、好きなの〜?』
茶化すように言う態度に、何故かイラッとした。
『別に。俺は落ち着いた人は好きじゃない』
『はー?お前も落ち着いてんだろー』
『同族嫌悪』
『ははっw なんだそりゃwwww』
男子生徒はケラケラ笑っている。
何が面白いんだよ…… 小さくため息を吐いて席を立つ。
考える時間が必要だった。千里は亜美の死体を発見した校庭に向かった。
あの時…… 聞き込みをした時、不気味なことがあった。みんな口を揃えて『亜美は自殺するような人ではない』と言ったのだ。確かにプライドだけは高いのだろう。そのような人間は「死ぬことは負け」と言うだろう。けど、誰がどんなことに苦しんで悩んでいるかなんて、他人には解らないし決めつけることも出来ない。
それなのに全会一致で『あの子は自殺するような子じゃない』とはっきり言っていた。あの女子生徒も。エレンはそのような事は言わなかったが、他殺を仄めかす発言をした。なら他殺だと考えるのが妥当だが…… 証拠が何一つないのどう説明する?亜美の死体があった場所に立ち、あの時の様子を思い出す。目を見開き、戸惑いと困惑、恐怖が浮かんでいるように見えた。自殺であんな顔をするだろうか?
仮に足を滑らせての落下だったとして、あんな早い時間から、屋上になんの用事だったんだ?
そういえば…… 参考になるとは思えないが、エレンはあの日早く登校していた。教室の机に突っ伏して眠っていた。エレンはたまに予期せぬ行動に出る。あの日はたまたまだろう。
自殺だと処理された理由を思い出した。
警察側では、足を滑らせたという在り来りな理由付けだったが、早朝から屋上になんの用事なのか?と引っかかったのはおそらく千里だけではないだろう。
次にあの女子生徒の発言だ。亜美がエレンの妹をいじめていた可能性があるという噂を聞いたことがあると話していた。
他の生徒も似たようなこと言っていた。だからその罪悪感で自殺したのだろうという話だ。だが、それだと辻褄が合わない。みんなの話を聞く限り、亜美は自殺はしないだろう。断言はできないが。
いや待てよ……たしかあの日……やっぱりあれは偶然なんかじゃないんじゃ……
千里はハッとして、職員室にかけてある鍵の貸し出し表を見に行った。表に載っている名前を脳が認識した時、耐えきれない吐き気に襲われた。
次の日の登校中。千里は暗い表情で登校していた。信号が赤に変わり、横断歩道の前に立ち止まって信号が変わるのを待った。
すると突然、背中に強い衝撃が走り、車道に突き飛ばされた。クラクションが響き渡り、その後に鈍い音が辺りに響いた。
千里は搬送先の病院で亡くなった。
クラスは騒然としていた。
その中で、エレンはいつも通りの無表情で真っ直ぐ教卓の方を見ていた。だが、そんなエレンに気づく者もエレンを心配する者も誰ひとりとしていなかった。
机の中から、1冊のスケッチブックを取り出す。ずっと絵を描くのが好きだった。
エレンはずっと特定の人物を描いていた。来栖と千里だ。
エレンは無表情のまま、その絵をそっと指でなぞる。あの日常が戻ってくることは二度とない。
次の日の下校時間。エレンは赤信号に気づいていたのかいなかったのか、車道を渡っていた。
クラクションが響く。
暗転。
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