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月明かりに照らされた中庭には狐が一匹。
「あとは明明ちゃんだけね」
人には聞き取れない音や会話も、聴覚に優れた狐ならばなんて事ない。先程まで繰り広げられていた2人のやり取りに、自然と口角が上がってしまう。
全ては思惑通り。
あの女ならば、ちょっと唆してやれば食いつくと思った。
唆すと言っても嘘は言っていない。
颯懔が可馨への想いに決別出来ていなかったのも、寝言で可馨の名を呼んでいた事があったことも、あたしが颯懔に真人になって欲しいと思う気持ちも全て本当。
背中を押して欲しいとあたしが言った意味を、あの女が自分の都合の良いように解釈しただけ。
だけどもし颯懔が可馨の事をまだ好きでいるなら、邪魔するつもりなどなかった。
颯懔が明明を好きな事はすぐに分かった。
一緒にいる時の明明と颯懔からは、動物が発情期にさせる特有の匂いに似た香りがした。
早くなる鼓動、汗ばむ匂い、息づかい。
視覚は人に劣っても、他の全ての情報が互いに好きあっていることを教えてくれる。
そして可馨もまた、颯懔を好きなことも。
遊郭で明明から相談を持ち掛けられた時、女の勘が働いた。これまでの颯懔の行動からすると、悩みの主は颯懔だと。
最初はトラウマの原因が誰だか分からなかったが、西王母から可馨の名を聞いた時に思い出した。
あたしは俗世で何年か、颯懔と一緒に暮らしていたことがある。
精気が欲しい。
その欲望のままに人を襲い喰らうあたしに、人を食べなくても精気を得る方法を付きっきりで教えてくれたのだ。
なぜ他の妖と同様、殺さずあたしを生かしたのか。どんな風の吹き回しだったのかは知らないけれど、お陰であたしは善行を積み仙籍に入れる目前まで来ている。
颯懔には幸せになって欲しい。
あの時手を取ってくれなければ、誰かの幸せを願うことなんてなかっただろう。
あの女は大嫌い。
誰かの前では柔らかく微笑み優しい言葉を吐く可馨からは、いつも嫌な臭いがする。
嘘をつく時の汗の臭いだ。
宴の最中、衣装替えにあたしを指名したのも、妖だろうと対等に扱いますと言うただのパフォーマンスに過ぎない。普段なら絶対に自分に触れることなど許さないくせに、頼むと言ってきた颯懔へのアピールに使われただけ。
明明は好き。
初めて会った時からあたしを疎んだりすることなく、真実、好意を寄せてくれたから。
颯懔と明明がくっつけばいい。
人間は面倒臭い。
自分の欲求のまま行動すればいいのに。
明明はきっと自分の気持を押し殺して、人の幸せを願ってしまうタイプの人間だ。それも自分自身はそうと気付かないうちに。
だからワザと吹き込んであげた。はっきりと自分の気持ちに気が付くように。
颯懔と可馨がよりを戻しそうになったら、きっと気が気じゃなくなる。
「あのくらい揺さぶっておけば大丈夫でしょう」
中庭をするりと抜けて自室へと戻った。
明日が楽しみね。