テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
一週間後、俺たち三人は羽田空港から旅立った。が、母ちゃんが思いがけない事を言い出した。搭乗ゲートへ向かう時俺が気づいたんだが。
「ちょっと母さん、沖縄行きの飛行機のゲートはあっちじゃ?」
母ちゃんは涼しい顔でこう言った。
「その前にちょっと寄り道するわよ。まず長崎へ行くのよ」
という訳で、なぜか分からないまま俺たちは長崎空港に着き、そこから鉄道のローカル線を乗り継いで島原という小さな市へたどり着いた。そこは海に面した港町で近くに雲仙という火山地帯がある所だ。なんで母ちゃんはわざわざこんな場所へ来たんだろう。
それからタクシーで町はずれの墓地へ行く。この街へ来た時から感じていたが、妙に教会や西洋っぽい古い建物が多い。その墓地も仏教式の普通のお墓のある場所と、キリスト教式のお墓が隣り合っているという珍しい墓地だ。
俺は何が何だか分からないまま、スタスタと歩く母ちゃんの後を美紅と一緒について行くしかなかった。やがて高さ1メートルもない小さな祠というか御堂と言うか、そんな感じの建物の前に来た。
母ちゃんは観音開きと言うやつで、二枚の木の扉が左右に開くその建物の扉を開ける。その中にあった物を見た瞬間、俺は思わず悲鳴を上げてしまった。そこには古ぼけて表面の形が少し崩れた陶器で出来た像があった。
そしてその像の形が、あれとそっくりだった。隆平の家に現れた時のあの連続殺人鬼の姿にそっくりに見えたからだ。頭からすっぽり足もとまで覆う布をかぶって、両手で子供を抱いている。あの姿だ。俺は思わずその場の地面に尻もちをついてへたり込んでしまった。だが美紅は顔色ひとつ変えずにスタスタとその像に近づいた。俺は思わず美紅を止めようとした。
「ば、馬鹿、よせ、美紅……それは……」
だが美紅はその像に手が触れる位置まで平気で近寄り、そして俺の方を振り返ってこう言った。
「ニーニ、大丈夫。これは邪悪な物じゃない」
それから両手をその小さな像の左右にかざし、しばらく目を閉じていた。そしてまた美紅が俺に向かって思いがけない事を言った。
「むしろ、何か神聖な物……アマミキヨ様と同じ感じがする……」
な、何だって? 唖然としている俺の片手を引っ張って立たせながら母ちゃんが言った。
「それはね、マリア観音よ」
何だ、そりゃ? 観音様の像 ?いや、でもそれなら仏像だろ。マリアが上につくってどういう事だ。俺の質問に母ちゃんが答える。
「一見仏像に見えるでしょ? 観音菩薩像にね。でもそれは本当はキリスト教の聖母マリア像なの。腕に抱いているのは生まれたばかりのイエス・キリストなわけ」
「え! キリスト教と仏教がゴッチャになってんの?」
「それはね、昔隠れキリシタンが拝んでいた物よ。どう? 雄二。あの時山崎隆平君の家で見たあの人影に似てる?」
「いや、あの人影はぼんやりとしか見えなかったし、この像もだいぶ古ぼけてるから、はっきりとは言えないけど……でも、似ている。同じように見える」
「美紅はどう?」
母ちゃんの声に美紅はそのマリア観音像とかいう物から離れながら答えた。
「あたしもそう思う。でもそれは見た目だけ。この像からは神聖で優しい波動を感じる。あの人影からはとても邪悪な物を感じた。そこは正反対」
俺はすっかり混乱してしまっていた。なんであの殺人鬼の姿と同じような形の像がここにあるんだ? それに美紅はこの像は神聖な物だと言う。何がどうなっているんだ? 俺は思わず母ちゃんに詰め寄った。
「一体どういう事なんだよ、これは?」
すると母ちゃんはショルダーバッグから一枚の写真を取り出して俺の顔の前に突き出した。それは今時珍しい白黒写真でなんかピンボケっぽかった。そこには母ちゃんと同じぐらいの年の女の人の姿が映っている。母ちゃんが俺に訊いた。