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自分の意見を言うため、克巳さんの動きを止めたことに、少なからず心に引っかかりがあったせいで、彼の動きを目の端で捉えてしまう。
だから気づいてしまった。俺と同じように、克巳さんの動きをチェックしている女のコに――
(あのコは確か、幹部の娘さんだっけ。学生時代から選挙活動のお手伝いのウグイス嬢をしているから、ぜひ使ってくださいって紹介された……)
「相田さん、ここは私が片付けておくので、あそこにまとめられている段ボールの移動、頼んでいいですか?」
「ああ、いいよ。これからは力仕事、どんどん引き受けるから、遠慮せずに声をかけてくださいね」
「わぁっ、すっごく助かりますぅ」
(……克巳さん、女のコに頼られてデレデレした顔してる。俺といるときよりも、楽しそうに見えるのは気のせいかな。微笑み合って、なかなかいい雰囲気じゃないか)
「まったく……稜さん、時間がないと自分から言っておきながら、手が止まっていますよ」
唐突に告げられた、はじめの怒気を含んだ声にハッとする。克巳さんの動きに気をとられて、手元が疎かになってしまった。
「恋人が傍にいることで、自分のモチベーションが上がる分には、いいと思いますが、異性と喋ったくらいで不機嫌になられると、周りが気を遣うことになるんです」
「不機嫌になんて、そんな……むしろ、他の人と仲良くしてくれるお蔭で、団結力が増すなぁって、見ていただけなんだよ」
心の中では、克巳さんに対しての不満をぶちまけていたけれど、表情でそれを出していなかったはず。顔色ひとつで心情を読み取られ、足を掬われないための、芸能人のワザを披露していたんだけど。
「作り笑いすると目が笑っていないこと、ご存じないのでしょうか? あからさまに出ていました」
――やり手の選挙プランナー。よく観察していたな……
「そっかー。じゃあこれからはしっかりと目が笑うような、作り笑いの練習をしておくよ。教えてくれてありがと」
その場から身を翻し、目聡いはじめから離れようとしたら、素早く腕を掴まれてしまった。
「僕なら……稜さんにそんな、作り笑いなんてさせませんよ」
「は? 何それ」
行動を止められたことの不機嫌を表すべく、目力を強めながら睨んでやる。これをすると大抵の人は、恐れおののいたからね。
「図星を突かれてイライラしても、そんな顔を有権者に見せてはいけません。ちなみにそんな顔さえ、僕には魅力的に映りますけどね」
(へぇ、下半身は節操なしの選挙プランナーは、口も達者だってことか。年下だからって舐めてかかったら、ほいほい落とされちゃうかも)
「それじゃあストレスが溜まったら、はじめに八つ当たりさせてもらう。使い勝手のいい男が傍にいるのは、すっげー楽だわ」
言いながら、掴まれた腕を外そうとしたのに、更に握り締めてきた。
「……はじめ、いい加減にこれ、放して欲しいんだけど。マジで痛いよ」
「放してほしければ、僕と付き合ってください」
メガネの奥から俺を見つめる眼差しは、真剣そのものだったけれど、言い慣れているから、できるものかもしれない。しかも力技でこんなふうに自分のものにしようなんて、浅はかな男だな。
まるで付き合う前の、克巳さんみたいじゃないか。
「放さないなら殴りつけるまで。こんなことして、俺が付き合うと思ってるの?」
バカらしいと口にする前に、掴んでいた手が別の手によって、引き離してくれた。
「選挙プランナーと候補が言い争って、何をしているんだ?」
はじめと俺の間に割って入り、大きな背中で守ってくれる克巳さん。誰もいなければ、躰にぎゅっと縋りつきたい気分だった。
「何って、原因を作っていた秘書さんに、とやかく言われたくはありませんね」
「原因?」
「デリケートな時期なんですから、ちゃんと考えて行動していただかないと困るんです。僕なら絶対に、恋人を不安にさせるようなことをしない。それができない貴方から、稜さんを奪ってみせます!!」
小声だったけど、力強く言い放たれた言葉は、俺と克巳さんを充分に困惑させるものだった。ふたりして固まったまま、その場から動くことができなかったのである。