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高級感溢れるホテルの一室。
広々とした部屋と、窓の外に広がる煌めく夜景。
日常とは違う贅沢な空間が、酔いも手伝って更に夢の中の世界に引き込む。
でもそれは一瞬で、
「先にシャワー浴びて来いよ」
雪斗の遠慮無い声が現実に引き戻してくれた。
シャワー浴びろって……あからさま過ぎない?
これじゃあムード満点のこの部屋じゃなくて、ラブホで良かったじゃない。
そんな不満を浮かべながらも、私は素直に従ってしまう。
どっちにしてもシャワーは必要だし。なんて言い訳を心の中で呟きながら。
私……本当に何してるんだろ。
熱いお湯を浴びながら、髪を乾かしながら考え続ける。
部屋に戻り、雪斗が入れ違いにシャワーを浴びに行ってからも迷いは消えない。
これでいいのかな? 私はただ楽な方に流されてるだけなんじゃ……こんな事して後悔しない?
「また、余計な事考えてんな」
まだ少し濡れた髪のまま戻って来た雪斗が呆れた様子で私を見下ろす。
「だって……」
「まあ、飲めよ」
雪斗は私をソファに座らせると、いつの間にか用意していたワインをグラスに注いだ。
ワインは想像以上に美味しかった。赤い液体をぼんやり眺めてしまう。
「美月」
呼ばれて隣をを向くと、直ぐ目の前に雪斗の顔。
いつの間にか肩に腕が回っていて……凄い密着度。
「嫌な事なんて考えられなくしてやるよ」
雪斗は僅かに笑みを含んだ表情だ。ヤケに色気が有って、美形だけに迫力が有って、カッコつけた台詞で恥ずかしいって思いながらも、魅了されて何も言えなくなる。
「お前も俺を夢中にさせろよ」
「そ、そんな事……」
無理に決まってるし、自信も無い!
そう訴えようとしたけれど言えなかった。
雪斗に強く身体を抱き締められ、そのまま口を塞がれたから。
「……んっ……っ!」
ビクリとする私を更にキツく抱き寄せ、熱い舌が強引に押し入って来る。
「…はあっ……んん…」
何度も舌を絡められ身体から力が抜けていく。
頭が真っ白になり、身体が震える。
それなのに雪斗は止めてくれない。
こんなキス初めてだった。深くて激しくて……いつまでも終わる事が無い。
心臓が狂った様に脈打って身体が熱くなる。息が苦しくて涙が零れる。
湊にだってこんな風にされたことはないのに……。
「あ……」
雪斗に翻弄されるだけで何も出来ない。
もう無理だと思いながらも止めて欲しくないとも思う。
ベッドに運ばれてからも、雪斗に何度もキスされた。
まるで本当に愛し合っている恋人の様に。
いつの間にか着ていたものは取り払われていて……雪斗の肌を直に感じた時、大きく身体が震えた。
触れられたところからしびれが広がっていく。
身体が熱くてどうかしそうで……。
「美月……」
薄暗闇の中見つめて来る雪斗は、情熱的な恋人だった。
私を攻め立て、完全に支配する。
それなのに私は何一つ逆らえなくて、媚びる様な嬌声を上げて雪斗に縋りついてしまう。
もう理性なんて持てなくて……雪斗の宣言通り湊の事も、何もかも考える事なんて出来なくて。
「……ああっ!」
雪斗が私の中に押し入って来てからの事は、もう記憶も曖昧で。
雪斗の腕の中で、ただ翻弄され続けた――。
翌朝、目が覚めた瞬間、雪斗と目が合った。
「起きた?」
「……」
完全に寝顔を見られてたよね……恥ずかし過ぎる。
それに昨夜の出来事が生々しく蘇ってしまった。顔に熱が集まって、きっと紅くなっている。
そんな状況なのに雪斗が不意打ちのキスをして来たから、私は完全に慌ててしまう。
「な、何するの?」
「おはようのキスだけど」
雪斗は、悪気なくあっさり言う。
「おはようって…こんな朝から……」
「朝しか出来ないだろ?」
そうだけど、でもこんなのって……。
今、気付いたけど雪斗の腕は腰に回されてるし、お互い何も着てないのに凄い密着度で、正気だとあまりに居たたまれない。
身体を固くする私に、雪斗はヤケに甘ったるい声で言った。
「昨日は嫌な事、思い出さなかっただろ?」
「えっ?」
顔を上げると朝から必要以上に色気に溢れてた雪斗がニヤリと笑っている。
「お、おかげ様で……」
何か考えるゆとりなんて有りませんでした。
「何だよ、おかげ様って」
フッと笑うと雪斗は半身を起こしてベッドから降り立った。
何も着てないのに堂々と。
「ど、どこ行くの?」
少しは恥じらって欲しいと思いながら、慌てて目を反らして言う。
「シャワー。一緒に入る?」
「いえ、一人でどうぞ」
「残念」
雪斗は軽く言うと、スタスタとバスルームに向かって行った。
微かに水の流れる音が聞こえて来る。
……ああ、なんだか異様にドキドキした。
緊張と言うか気まずさと言うか、羞恥心とかいろいろな感情が一気に襲って来て。
雪斗はこんなことは慣れているのか気楽なものだけど。
勢いで始めてしまった関係だけど、こんなに翻弄されると思わなかった。
もっとドライな関係だと思ってたのに、雪斗がまるで本当の恋人の様に触れて来るから。
抱き合ってる時は誰より親密で近くて……溺れてしまいそうになる。
雪斗はどう思ったのかな。
夢中にさせろって言われたけど、満足したのかな?
気になるけど、聞く勇気は無い。
このまま雪斗と付き合っていったら湊の事を忘れられるのかな。
よく考えたら雪斗は私には勿体無い位完璧な恋人だ。
滅多にいないイケメンで、仕事も出来る。
語学堪能で頭もいいし、おまけに実家はお金持ちって噂だし。
それに……セックスも凄く上手いし。
あまり経験豊富といえなくて、しかも半分セカンドバージン状態だった私だけど、それでも分かる位雪斗は上手かった。
あんなに我を忘れたのは初めてで。
……これで良かったのかな。
雪斗を恋人として好きだとは自信を持って言えないけど、湊への未練が消え去って訳じゃないけど。
執着を断ち切って変わらなくちゃ、前に進めない。
「美月も浴びて来いよ」
髪を濡らした雪斗が、優しく言う。
「……うん」
雪斗は優しい。
私は幸せになれるのかな。
雪斗は……私と居て幸せになれるの?
身支度をして朝食をとってからホテルを出ると、雪斗が言った。
「まだ時間有るから歩いて行くか?」
「歩いて?」
ここから会社までは三駅離れていて歩くには少し遠い距離だ。
「いい天気だし、ラッシュで不快になるよりいいだろ?」
「あ、そうかも……」
たまには朝の散歩も爽やかで良いかもしれない。
歩きに気分が傾いていると、雪斗がからかう様な眼差しを向けてくる。
「美月が疲れて歩けないって言うならタクシーでもいいけど?」
「何で? 疲れてないけど。まだ朝だもの」
「それならいいけど。昨日、もうだめっ!って何度も言ってたから心配してた」
「そ、そういうこと、わざわざ言わないでよ!」
信じられない! 何てこと言うのだろう、この男は!
さっきは私には過ぎた完璧な恋人だって思ったけど、やっぱり性格に問題有り過ぎる。
だいたい雪斗がしつこかったから、そういう発言をしちゃった訳で……。
「そんな怒るなよ、冗談だろ?」
「……」
「ほら、いつものカフェラテ奢ってやるから機嫌直せよ」
雪斗は極上の笑顔で言う。
こんな顔見ちゃうと、なんだか怒ってる自分が馬鹿らしくなる。
雪斗と歩く朝の道は、いつもの慌ただしい通勤と違って、なんだか解放された様な気持ちになる。
「そう言えば、私がカフェラテ好きなの知ってたの?」
隣を歩く雪斗にふと思いついて聞いた。
「毎朝嬉しそうに飲んでるの見たら気付くだろ?」
「そうなんだ……」
雪斗って意外に私のこと、気にしてくれていたのかな?
「相変わらず頭固いなって感心してた。他にも期間限定の商品とか沢山種類が有るはずなのにいつもカフェラテだろ? すげー頑な。カフェラテ記録何日になるのか気になった」
なんか……嫌な観察だったわ。
「私は気に入ったものは簡単に変えないの!」
「ああ、知ってる。だから男への未練もなかなか捨てられないんだよな」
「……」
言い返せずに言葉に詰まってしまう。そんな私に雪斗がひときわ優しくささやく。
「でも俺と居る時は前の男の事考えるなよ」
「うん……考えてないよ」
雪斗と居ると湊を思い出して苦しくなったりしない。
それは本当だった。
私の答えに満足したのか、雪斗は笑顔になり手を伸ばして来た。
そのまま私の手を握って来る。
「な、何?」
「このまま会社まで行くのもいいかと思って」
「は? そんな事したらみんなにバレちゃうでしょ?」
「別にいいだろ? 社内恋愛禁止って訳じゃないし」
雪斗は平然と言う。
う、うそ……まさか、この関係公表するつもりなの?