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カーテンから漏れる朝日に抗えず、百子が薄っすらと目を開けると、ぼんやりとした肌色が視界に広がった。二、三度瞬きをすると、彼の胸板と喉仏が見え、さらに視線を動かすと、彼がまだ瞳を閉じていることに気づく。百子の肩には彼の逞しい両腕が回っており、動くと彼を起こしてしまうと感じた百子は、そっと彼の頬に触れて顎を引かせ、その唇に自身の唇を重ねた。柔らかくしっとりした感触に、うっとりと目を閉じて数秒が経過しても、彼の睫毛は微動だにしない。百子は彼が起きないことをいいことに、微笑んで彼の頬を撫でて、そこにも唇を軽く落とす。大抵はこれだけで目覚めるのだが、今日はその限りではないらしい。
お互い仕事が忙しく、昨日は久々に夕食を二人で食べることができて嬉しかったのだが、早く寝ようとした百子は、陽翔のギラつく瞳と抱きとめられた力に負けてしまい、あれよあれよという間にベットに投げられ、体の奥深くまで愛し合った。陽翔にしては珍しく、一度深く愛し合った後に、眠いと告げて百子の胸に顔を埋めて、間もなく寝息を立てていたのだ。百子も連日の残業の疲労に抗えず、彼が寝るのを見届けた後の記憶がない。
(寝てる陽翔……ちょっと可愛いかも)
陽翔の寝顔をじっくりと観察できる機会は早々無い。最近陽翔が多忙になり、百子よりも早く起きて家を出てしまうからだ。百子は百子で残業続きであり、今は別々に寝ている。こうして一緒に寝るのは久しぶりで、百子は再び彼の唇に口付けした。
(うーん……起きないな……今日はどこか行くって言ってたのに)
昨日の夕食の時に、久々にデートをする話になったのだが、陽翔は何故か行き先を教えてくれなかったのだ。今日になってのお楽しみということなのかもしれないが、どこに行くか分からないままだと、準備の時間がどれくらい必要なのかも分からないではないか。
(仕方ない……起こそう)
百子は試しにもぞもぞと動いてみたが、彼ががっちりと腕を肩に回しているため、大して動けなかった。彼女はさらに、彼の唇と歯列をこじ開けて、舌をするりと侵入させて口腔を丹念に舐めて舌を軽く吸ってみた。しかし依然として彼の瞳は閉じられたままである。どうしたものかとあれこれ悩んでいた百子の目に、彼の胸板にある小さな実が映る。僅かな悪戯心が鎌首をもたげた彼女は、彼の小さな実に手を触れて撫で回す。段々と充血していくそれに、口元がついつい歪んでしまった百子は、唇を寄せてアイスクリームを舐めとるように舌を這わせた。
彼の体が一瞬硬直し、百子はさっと顔を上げるが、彼の規則正しい寝息が聞こえてきて肩を落とした。百子としては、彼にしっかりと睡眠を取ってほしいのは山々だが、陽翔に早く起きてもらわねば、今日という日が始まらなくなってしまう。彼の寝ている間にいたずらをするという、散々使い倒して丸くなった消しゴム程度の罪悪感は、いつの間にか吹き飛んでしまった。
百子は自らの唾液に塗れて朝日をぬらりと反射しているそれに、息を吹きかけたり、いつもよりも少し強めに吸ったり、もう片方の胸の頂や、割れた腹筋にそっと指を這わせた。手のひらの下の筋肉が時折ピクピクとした動きを伝えていても、やはり彼は目を覚まさない。眠っているのに、敏感な場所を刺激すると体は反応するのは何とも奇妙としか言いようがないと、百子はひっそりと思う。
(これだけしてるのに、なんで起きないの……?)
百子は上掛けをめくり、彼の割れた腹筋の下にある茂みと、何故か屹立している熱杭を見やる。ここでようやく百子は訝しんで、上掛けを陽翔にかけ直し、彼ににじり寄った。
「……っ!」
体がぐるりと反転したと思えば、即座に折り重なる彼の体温を、彼の唇の感触を自身の唇で受け止める。そして性急に百子の唇が陽翔の分厚い舌によって割られ、それは口腔を這いずり回り、彼女の頭に色々と浮かんだ疑問や戸惑いを甘く溶かしていった。彼の熱に誘われるように、百子も彼の舌に自身の舌を絡めようとしたが、その前に唇離れてしまい、眉を下げてしまう。
「おはよ。いい目覚めだったぜ」
人の悪い笑みを浮かべた陽翔は、口元をぞろりと舐めてから百子に朝を告げる。百子は小さくおはようと返したが、非難の強い色をその瞳に浮かべて陽翔を凝視した。
「陽翔……いつから起きてたの」
「ん? 百子が俺に熱いキスしてるところからだな」
百子はさっと顔を赤らめて、陽翔の胸板を二回ほど悔しそうに叩く。それではほとんど最初からではないか。一体あの努力は何だったのだろう。
「それならさっさと起きても良かったのに」
「そうか? 可愛い百子が可愛いことしてくれるんだぞ? それを止めさせるって方が酷いだろ」
百子は額をゴツンと彼の額にぶつけた。一生懸命になって起こそうとしていたというのに、当の陽翔には全く伝わっていないのが悔しくて仕方がないのだ。陽翔のうめき声を期待していた百子だったが、逆に自分が額を押さえて呻く羽目になり、彼女は足をばたつかせた。
「いったた……もう! 陽翔の石頭!」
八つ当たり気味に言葉をぶつける百子に、陽翔は頬を掻いてゆるく息を吐く。そして彼はほんのりと赤くなった彼女の額を優しく擦った。
「……大丈夫か?」
むすっとした彼女はそっぽを向いたが、彼の大きな手が顎を固定したため、今度は目を閉じる。すると唇に柔らかい感触が振ってきて、百子は思わず、自分の顎を掴んでいる彼の手を叩いた。
「陽翔、今日の行き先を教えてったら。遠いなら準備しないと」
陽翔は一瞬怪訝な顔をしていたが、昨日敢えて行き先を言わなかった理由を思い出した。
「家具屋に行く予定だ。俺達正式に婚約するんだし、今のうちに揃えておきたい物もあるからな」
百子は呆気に取られて目を見開き、ほんのりと頬を染める。確かに結納と両家顔合わせの日取りは確定しているが、それは3週間も先の話である。陽翔が自分との今後を考えてくれるのは何よりも嬉しいのだが、いくら何でも早すぎるのではないだろうか。
「家具……? 足りない物なんてあったっけ?」
陽翔は何故かここでニヤリとして、百子の耳元でゆっくりと囁く。
「ベットを買いに行こうと思ってな。このベットだと狭いだろ? ダブルならどっちかが遅く帰ってきたとしても一緒に寝られるからな」
先程は頬紅程度の血色だったのに、彼の発言で一気に百子は達磨よりも顔を赤くさせた。耳元で囁かれたというのもあるが、陽翔は百子と一刻も早く一緒に寝たいということを直球で伝えたからだ。しかも囁いた後に、わざと耳元で小さくリップ音を立てたため、百子はそれに素早く反応してしまう。
「ちょっ……陽翔、それならもう起きて朝ごはん食べないと。朝ごはん作り置きしてなかったし、今から作らなきゃ」
「ここから車で20分だから心配すんな。それに……」
陽翔はわざと自分の腰を、百子の太ももに密着させる。百子は陽翔の固い熱を感じ取って目を泳がせた。陽翔を起こすためにいたずらを仕掛けて、妙な達成感を感じていた筈だというのに、陽翔は萎えるどころか、先程上掛けをめくった時よりも滾っているのではないだろうか。
「百子が俺をけしかけたんだぞ? 俺は朝飯よりも百子を食いたい」
百子はしまったと思ったが既に遅い。起こすだけなら声を掛けるだけで良かったと今更ながら気づいたが、その叫びは陽翔によって甘い嬌声に作り変えられてしまい、結局体の奥深くに彼を迎え、声が掠れるまで心も体も甘やかされる羽目になったのだった。