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「わあ……! このキャラまだいたんだ。懐かしい……! あ、陽翔! あのラッコ可愛い!」
「百子、走らなくても魚は逃げないぞ」


陽翔は微かに苦笑いを浮かべ、ポスターを見て目を輝かせている百子の手を掴み、しっかりと指を絡めて彼女の体を引き寄せる。今はたまたま人が疎らだから良いものの、いつ混雑して彼女とはぐれるかが分からないからだ。


「だって久しぶりなんだもん。小学生のときに遠足で行ったきりだし……すっごく楽しみなの!」


百子は陽翔の手を握り返して彼に笑いかけ、彼の手を引いて歩き出す。陽翔と家具屋でダブルベットや収納家具を物色し、購入した後に、彼から水族館に行かないかと提案されて以来、百子は鼻歌を歌いそうになるくらい上機嫌だったのだ。そんな百子を見ていると、陽翔もつられて笑顔になり、体を傾けて彼女の頬に口付けした。


「俺も久しぶりだ。百子がそこまで水族館が好きなのは知らなかったがな」


百子は頬の感触に軽く驚いたものの、満面の笑みを見せて彼の手をぐいぐいと引いた。


「水族館にいたら、自分が海の底にいるみたいで面白いもん! 泳ぐ魚は迫力あるし! 陽翔、行こっ!」


係員に水族館のチケットを見せると、上が見えないほどの長いエスカレーターが二人を待ち受けている。二人で並んで乗っていると、陽翔は照明の暗さと優しい音楽も相まって、何だか海に直接潜っていくような心地がした。


「お、ついたな。最初は海底トンネルか」


目の前に広がる、まるで海底を丸く切り取ったような、淡い青の空間の通路を二人はゆっくりと進む。二人の頭上や、左右に色鮮やかな熱帯魚達がすいすいと泳ぐ様子をつぶさに観察していたが、百子がぽつりといった。


「きれーい……泳ぐ魚のヒレがひらひらしてるのって素敵。ほら、あのちっちゃい黄色い魚とか、何か踊ってるみたいにも見える。陽翔はどんな魚が好き?」


「俺か? 俺は小さい魚よりも、そこにいるエイの顔みたいなやつを見るのが好きだな」


陽翔はそう返しつつ、百子の頭上を指差す。エイが顔のような部分を二人に向けながら、ヒレを動かしている様子を見て、百子はけらけらと笑う。


「エイの裏側って顔みたいよね。しかも笑ってるみたいに見えるし」


「そうだな。あれは顔じゃなくて鼻の穴らしいぞ」


百子は一瞬キョトンとしたが、再び笑い始めた。


「……そうなの? 全然鼻の穴に見えないけど」


そんな彼女の笑いをものともせずに、優雅にヒレを動かしているエイは、二人の視界から徐々に外れていった。


海底トンネルを抜けると、打って変わって明るい場所に出る。日本の森を模したエリアで、カワウソやオオサンショウウオなどの水槽があったが、陽翔は首を捻った。前回に行った時に、それがあったかどうかの記憶が定かではないからだ。


「水族館に森なんてあったか?」


陽翔が百子にそう問いかけるが、彼女は首を横に振った。百子の水族館での記憶は、淡い青が一面に広がる水槽と、そこで悠々と泳ぐ大きな魚達やイルカぐらいしかないのだ。


「うーん……覚えてない。だって泳ぐ魚というか、当時はジンベイザメの赤ちゃんが水族館デビューしてたから、その子の印象しかないもん。あとはイルカショーとかペンギンがいたくらい?」


「……俺と一緒じゃねえか。やっぱり子供の頃の記憶ってそんなもんか……オオサンショウウオがいたのは覚えてるが」


そう言って、陽翔はオオサンショウウオのいる水槽を指差す。百子はあっと声を上げた。


「オオサンショウウオ? ぬいぐるみでお顔は知ってたけど、実物も可愛いのね!」


はしゃぐ百子に、陽翔は思わず微笑みかける。様々な生き物の姿を見られるのも嬉しいのだが、それらを観察している百子を側で見られるのは、更に嬉しいのだ。流石にそれを彼女に告げるのは恥ずかしいので、喜ぶ彼女を尻目に、彼女と同じ物を見ていたが。


(最近忙しかったし、全然デートもできてなかったしな……少しは彼氏らしいこと、できてたらいいが)


彼女と手をつなぎながら、アマゾンの森エリアにも足を運び、体長が人間の身長よりもある大きな魚に驚いて足を止めていると、館内放送が流され、その内容に思わず二人は目を合わせた。


「陽翔、ここってカピバラなんていたっけ?」


「いや……多分俺達が小学生の時はいなかったと思う……カピバラのお食事タイム、見に行くか?」


百子は陽翔の提案に首肯し、足早にカピバラのいるエリアへと向かう。幸い次のエリアだったため、大して時間はかからなかったものの、見物客がごった返しており、カピバラの姿は見えにくかった。こちらにお尻を向けているのは見えたのだが。


(カピバラってネズミ……よね? あんなに大きいの?)


しゃがんだ飼育員とカピバラのサイズがあまり変わっていないように見え、百子は息を呑むが、カピバラが飼育員から与えられたりんごをもしゃもしゃと食べているところは見ていて和み、自然と顔の強ばりが解けていく。飼育員がカピバラの腰辺りを撫でていると、その場で寝転んだのも可愛らしい。

茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜

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