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空気を読めるフレシアとは違い、兄のグレイアスはまったく空気を読めない。
その結果、再び部屋に入室しようとしたグレイアスを、イーサンとワイアットとフレシアは、力づくで押さえ込まなければならなかった。
現在4人は、廊下でしゃがんだ状態でいる。まるで路地裏でたむろしている不良みたいだ。
「……で、私は何でこんな目に合ってるんですか?私はただノア様が忘れた教本を届けに来ただけだというのに」
ここまでされてもグレイアスは、己が間違った行動をしているとは思っていないので、自分を押さえつけている3名を順繰りと睨み付ける。
グレイアスは宮廷魔術師だ。彼の紫色の煌眼は強い魔力を持つ。その気になれば、杖など使わずともここに居る全員を見えない鎖で縛るくらい造作もない。
イーサンとワイアットは、そそっとグレイアスから目を逸らす。目を合わせなければ、受ける魔力は半減できる。
しかし一人だけグレイアスと真っ向勝負を挑む者がいた──妹のフレシアである。
「兄様、ノア様と殿下は今、扉の向こうで、じれじれ展開から一歩前進しようとしてます。そんな重要な場面に水を差す愚か者がどこにいるというのですか?」
「……そんなもの教本を渡した後に続ければいいじゃないか」
「兄様はどうしてこう鈍いのでしょうか。いいですか、何事もタイミングというのが重要なのです。特にこういう時は、やり直しがきかない一発勝負。たかだか教本ごときで台無しにするなんて、極刑ものです」
「……きょ、極刑は言い過ぎじゃないのか?だいたいフレシア、なんでお前はそんなに色恋事に詳しいんだ?……ま、まさか……お、お前……俺の知らないうちに、男女交際を……」
「兄様、今、それはどうでも良いことです」
「いやっ、どうでも良くなんか──」
まさかここで、妹の交際疑惑が浮上してしまったグレイアスは、ついつい声が大きくなる。
「なんだか楽しそうな話をしているね」
ガチャリと扉が開いたかと思えば、穏やかな声が頭上から降ってきた。廊下にいた4人は、一斉にそこに視線を向ける。
見上げた先には、アシェルがいた。
「こっちまで聞こえてきたからついつい覗いてしまったけど、よかったら私も仲間に入れてくれるかい?」
口調こそ軽やかではあるが、アシェルの醸し出すオーラはこれ以上無いほど不機嫌なもの。完全に逆鱗に触れてしまったようだ。
それを間近で受けてしまった4人は、顔色を失う。空気の読めないグレイアスでさえ、さすがにやらかしてしまったことに気づいた。
ノアといえば、靴下を履き終え、不思議そうに見つめている。
──それから、数分後。
アシェルの気持ちを汲んだことを評価されたのか、フレシアはノアを部屋に送るという名目でお咎めなしという処分を受けた。
しかし残る三人は、現在、アシェルの執務室にて起立の状態で項垂れている。
「いつからお前たちは廊下で騒ぐ無作法者になったんだ」
ソファに腰掛け足を組んだアシェルは、肘置きをトンっと人差し指で叩いた。場の空気が、更に凍りつく。
「申し訳ないです」
「すんません」
「……お詫び申し上げます」
一先ず3人は、謝罪した。
グレイアスだけは不服そうに間を置いての謝罪であるが、それでも謝った。
しばらく息をするのにも苦痛な重い沈黙が続き、ようやっとアシェルがため息交じりに口を開いた。
「騒ぐなとは言わない。だが場所を考えろ。いいな」
それは3人を許す言葉だった。
すぐさま安堵を吐く側近達に気付かないフリをして、アシェルは執務机に移動すると一通の手紙を引き出しから取り出した。
「ワイアット。すぐにこれをノアの孤児院に届けろ」
「はっ……って、え?わ、わたくしがですか?」
主に命じられた側近その2であるワイアットは、手紙を受け取ったものの怪訝な表情になる。
なぜなら、ノアの孤児院に書簡を届けるのは、これまでずっとイーサンが担当していたのだ。
そんな疑問を汲み取ったアシェルは、ここでふわっと笑った。
「今回に限っては、お前が適任だ。ロキ殿によろしく伝えてくれ」
意味深なアシェルの発言に、ワイアットはおずおずと口を開く。
「えっと……殿下、差し支えなければコレは」
「夜会の招待状さ」
「へ!?や、夜会の招待状!?」
素っ頓狂な声を上げたのはワイアットだが、イーサンも目を丸くしている。グレイアスに至っては、これ以上無いほどにしかめっ面をしている。
実はロキはかつて現国王の右腕──王宮魔術師として国を支えていた。グレイアスにとって、唯一敵わない魔術師だったりする。
しかし、ロキは聖母というよりは、聖母をイビる姑のような鬼ババア寄りの存在。己の全てを国に捧げる忠誠心などなかったし、気に入らないことをぐっと堪える忍耐力も皆無。
絶え間なく続く、やっかみと嫌がらせに堪忍袋の緒が切れたロキは、ある大臣をぶん殴り、現国王の胸倉を掴んで引退宣言をした。
その後、王都近郊の村で孤児院長生活を選んだのだが、そこでワイアットとノアが引き取られたのは偶然なのか必然なのかわからない。
ただ一つわかることは、その繋がりをアシェルは利用しようとしていることだけ。
「陛下の生誕祭だ。きっとロキ殿も当の本人に祝いの言葉を伝えたいだろう?それにノアも何かにつけて会いたいと零しているんだ。きっと彼女も喜んで参加してくれるだろう……ね?」
最後の「ね?」はドスがきいていた。
とどのつまりアシェルは、ワイアットに何としてもロキを夜会に連れてこいと命じている。
……ワイアットは書簡の中身に興味を持ってしまったことを心底後悔した。
だがしかし、主の命令は絶対。
「……御意に」
側近その2であるワイアットは、涙目で頷くことしかできなかった。