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トド村
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春の風が、校門前の桜をゆっくりと揺らしていた。
その景色を見つめながら、一人の少女は小さく制服のスカートを握りしめる。
「……蒼波高校。」
倉木緋彩。
色白の肌に、ふんわりとウェーブのかかった薄茶色のミディアムボブ。シースルー前髪の隙間から覗く優しい瞳は、どこか不安げに揺れていた。
親の仕事の都合で、生まれ育った町を離れ、この春から蒼波高校へ転校することになった。
人と話すのは苦手。
目立つことはもっと苦手。
新しい学校、新しい環境、新しい人たち。
考えれば考えるほど胸が苦しくなり、自然と俯いてしまう。
「ちゃんと……やっていけるかな……。」
小さく呟くと、緋彩はゆっくり校門をくぐった。
⸻
職員室で担任教師に案内され、一年二組の教室へ向かう。
ガラガラ——。
教室の扉が開くと、一斉に視線が集まった。
「みんな、静かに。今日から転校してきた倉木緋彩さんだ。」
「……倉木、です。よろしくお願いします。」
声は小さく、それでも精一杯の自己紹介。
教室のあちこちから
「かわいい。」
「髪きれい。」
「緊張してるのかな?」
そんな声が聞こえる。
緋彩は顔を赤くしながら小さく頭を下げた。
「席は……窓側、一番後ろ。」
「はい。」
安心した。
後ろなら目立たない。
そう思いながら席へ向かう途中、一人だけこちらを見てもいない男子がいた。
窓際。
白いパーカーの上から紺色のロングブレザーを羽織り、袖や裾には繊細な刺繍。
制服なのにどこか私服のような、不思議な着こなし。
首にはヘッドホン。
黒髪ショートに長めの前髪。
そして——
光を映さない真っ黒な瞳。
ぼんやり窓の外だけを見つめていた。
「……。」
まるで世界から切り離されたような静けさ。
緋彩は思わず立ち止まりそうになる。
「そこだよ。」
担任の声で我に返り、静かに椅子へ座った。
隣の男子は一度もこちらを見ない。
(話しかけない方が……いいのかな。)
そう考えた緋彩も何も言えず、授業が始まった。
⸻
昼休み。
クラスメイトたちは次々に緋彩の席へ集まった。
「どこから来たの?」
「趣味は?」
「好きな食べ物!」
質問攻め。
緋彩は慌てながら一つ一つ答えていく。
「えっと……その……。」
言葉に詰まるたび、周囲は
「ゆっくりでいいよ!」
と笑ってくれる。
優しいクラスで少しだけ安心した。
すると一人の女子が隣を見た。
「そういえば白峰くん。」
「……。」
反応なし。
「また音楽聴いてる。」
「まあいつものことか。」
その男子——白峰理仁は、昼休みになっても窓の外を眺めたままだった。
誰とも話さず、誰にも興味を示さない。
まるで一人だけ違う時間を生きているようだった。
⸻
放課後。
緋彩は校舎内で迷ってしまっていた。
「昇降口……どこだろう……。」
地図を見ても分からない。
右へ行っても左へ行っても同じ廊下。
「どうしよう……。」
困っていると、後ろから足音が聞こえた。
振り向くと、
白いパーカー。
首のヘッドホン。
黒い瞳。
「……。」
白峰理仁だった。
「えっ……。」
理仁は緋彩を見るでもなく、そのまま歩いていく。
(聞いて……みようかな。)
勇気を振り絞る。
「あ、あの!」
理仁の足が止まる。
「昇降口……どこか、分からなくて……。」
数秒の沈黙。
理仁は何も言わず歩き出した。
(やっぱり迷惑だった……。)
落ち込んだその時、
理仁は少し先で立ち止まり、
振り返らずに一言だけ。
「……こっち。」
「!」
案内してくれるんだ。
緋彩は慌てて後を追う。
二人は無言のまま歩く。
けれど、不思議と気まずさはなかった。
昇降口へ着くと、
理仁は小さく指を向ける。
「ここ。」
「あ……ありがとうございます!」
理仁は軽く頷くだけで、そのまま歩き去っていく。
「……。」
緋彩はその背中を見つめ続けた。
冷たそうに見えた。
話しかけづらそうだった。
でも、本当に冷たい人なら案内なんてしてくれない。
(優しい……人なのかな。)
春風が二人の間をすり抜ける。
まだ名前を呼び合うこともない二人。
それでも、この小さな出会いが、少しずつ未来を変えていくことを、この時の二人はまだ知らなかった。
コメント
1件
いやあ、第1話からすごくいい空気感だった…!転校生の緋彩の緊張とか不安がひしひし伝わってきて、思わず「大丈夫だよ」って声かけたくなったわ。隣の席の白峰くん、ヘッドホンして窓の外見てるだけで何も言わないけど、昇降口まで無言で案内してくれたところで「あ、この人ちゃんと優しいんだ」ってグッときた。春の風景描写と二人の距離感がすごく合ってて、今後の展開めっちゃ気になる。続き楽しみにしてる🔥