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#溺愛
高瀬船
934
#女性向け
常陸之介寛浩
840
黒猫ている
2,077
#ハッピーエンド
黒猫ている
502
ロックハート家がどういった意図で私を迎えようとしているか、その真意は掴めない。でも、ペンロド公爵家のことがなければ、領地を担保にして繋がるには申し分ない家ともいえる。
弟セドリックの後ろ盾になってもらい、継母を追い出す協力をしてもらえるのであれば、嫁いでから私の立場がどうなろうと構わない。
そうよ、政略結婚なんて貴族社会では当たり前のこと。臆することは、なに一つないわ。
ヒースの丘を眺めながら、深く息を吸う。そうして心を落ち着かせようとしていると、ふと、幼い頃のことが脳裏をよぎった。
何度か、お父様とリリアードを訪れたことがある。
夏になると赤紫色に染まるヒースの丘が大好きで、何度も連れていってとお願いをしたわ。そんなワガママを言う自分の姿を思いだしたら、懐かしさとおかしさに気持ちが少しほぐれた。
どこまでも続くようなヒースの花が咲く丘に、思い出の風景が重なる。
あの頃、お父様と仲が悪いなんてことはなく、ワガママも言えたのよね。お父様は困ったように笑って──幼い日を思い出そうとすると、どうしても違和感が込み上げてきた。
お父様の笑顔に霧がかかるようで、はっきりとは思いだせない。
記憶力はいい方なのに、どういうわけか幼い記憶には自信が持てない。十年もすぎると曖昧になるものなのか……。
ヒースの丘を眺めていると胸の内がほっと温かくなるのに、どうして違和感を覚えるのだろう。
「ヴェルヘルミーナ様?」
「ダリア……私が幼い時、ここに連れてきてくれたのは、お父様よね?」
「はい。私もご一緒させて頂き、砦でもお仕事を見せて頂きました。とても勉強になったのを覚えています」
懐かしそうに微笑むダリアに、そうよねと頷き返しながら再び窓の外へと視線を向けた。
私はいつから、お父様にワガママを言わなくなったのだろう。
お母様が生きていた頃は、お父様にお仕事へ行かないでとか、砦について行きたいとか言っていたわ。魔獣の討伐遠征でなかなか帰ってこない日があったし、お父様に会えないのを寂しいとさえ思っていた。
私はお父様が、大好きだった──?
やはり違和感が首をもたげる。もっと、ちゃんと話し合えばよかったのかしら。
ぼんやり想いを巡らせていると、ダリアが私を呼んだ。
「ヴェルヘルミーナ様、リリアードの街が見えてきましたね」
「……ついに、ロックハート侯爵様とお会いするのね」
リリアードの街をぐるりと囲う石壁が見えてきた。さらに近づくと、街の堅牢な壁が鮮やかな花で彩られている姿が目に映り、遠い記憶の景色と重なる。
門を潜り抜けると、活気に満ち溢れた街の様子が視界に広がった。その美しさに、自然と感嘆の声が零れる。
通りには可愛らしいガーランドが下がり、街灯や馬車通りも色とりどりの花で飾られている。外は荒涼とした丘だったということを、一瞬で忘れてしまう程の極彩色だ。
「ずいぶん賑やかね。お祭りかしら?」
「この季節は、各地でお祭りが行われますからね」
「皆、とても素敵な笑顔だわ」
「リリアードは、ロックハート領の中心都市シェルオーブと、我らがレドモンド領を繋ぐ行路の中継地点です。宿場町としても栄えているのでしょう」
「他の領地へ繋がる行路も近いし、商人も集まるわけね」
地方都市にしては、道をゆく女性たちも随分と着飾っている。貴族でなくても、お洒落を楽しむ余裕を持てるだけの余裕があるのだろう。
ここを治める貴族の有能さをまざまざと見せつけられた思いだ。
「ここ一帯を治めるのが、ヴィンセント様だそうです」
「そう……第五師団の長を務めながら、政務も熟すなんて並大抵のことではないわ。天は二物を与えず、なんていわれるけど」
ヴィンセント様はどれだけの才気に恵まれた方なのだろう。
キラキラと輝くように笑う町娘たちを見ていたら、ずんっと胸の奥が重くなる。
私は、ヴィンセント様の横に並ぶにふさわしいのだろうか。レドモンドの領民は、リリアードのように笑って暮らしているだろうか。セドリックが治めやすい状態を築けていただろうか。
継母の浪費癖から家を守り、なんとかレドモンド領を治めてはいた。だけど必死すぎて、領民の様子を見ることが出来ていなかったかもしれない。
コメント
1件
読んだわ。第15話、すごく良かった。 「お父様が大好きだった──?」って自己疑問で記憶に靄がかかる違和感、これ重い…。ヴェルヘルミーナが過去の自分を取り戻そうとする感覚、すごく丁寧に書かれてて刺さった。 あと、リリアードの街の華やかさと、自分の領地経営への後悔が対比になってるのがまた。ヴィンセント様に並ぶにふさわしいか自問するラスト、この先が気になりすぎる🔥 政略結婚と「自分を押し♡♡♡てきた記憶」がどう交わるのか、次話も絶対読むわ!