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その異変は本当に些細なところから始まった。
授業中 昼下がりの教室。
奏斗がいつもの調子で後ろの席から声をかけてくる。
『ひばー、ノート写させて』
雲雀は返事をしようとして――
一瞬止まった。
声がどこから聞こえたのか、分からなかった。
後ろ。横。それとも、頭の中。
「……ん」
答えは出せた。でも、方向感覚だけが欠けていた。
『なにぼーっとしてんの』
奏斗が笑う。
『寝不足?』
「……んーん」
雲雀はノートを差し出しながら視線を落とす。
黒板の文字。チョークの音。教室のざわめき。
全部 “音” としては聞こえている。
なのに――
奏斗の声だけが、輪郭を持たない。
放課後
二人は旧校舎の音楽室へ向かう。
学内で問題になっている「残響現象」の調査
過去に強い感情がぶつかった場所に、声や音が“残る”現象。
『ここ、告白スポットだったらしーよ』
奏斗が軽く言う。
「……そうなんや」
雲雀は、ピアノの前に立つ。触れる。
――瞬間
耳鳴り。一気に知らない声が流れ込む。
(好きだ)
(無理だって)
(なんでだよ)
強い。今までより明らかに強い音片。
雲雀の呼吸が、一拍遅れる。
『ひば?』
奏斗の声。その声が、急にはっきり聞こえた。
今までになく、くっきりと。
「……っ」
雲雀の膝が、わずかに揺れる。
『ひば!』
奏斗が駆け寄る。肩を掴まれる。
その瞬間――
世界が奏斗の声“だけ”になる。
『大丈夫!?』
『雲雀、聞こえてる!?』
音片も、教室も、全部消えて。
奏斗の声だけが、直接頭の奥に響く。
雲雀は初めてそう思った。
「離して、」
震えた声。奏斗ははっとして手を離す。
『……ごめん』
沈黙。
音楽室に、何も残らない。
帰り道
二人は並んで歩く。
奏斗はいつものように喋らない。
雲雀は、その沈黙が耐え難くなる。
「……さっきの声」
思わず、口を開いた。
「めっちゃ……はっきり聞こえた」
奏斗が足を止める。
『……それ、今までなかったの?』
「……うん」
雲雀は、正直に言った。
「奏斗の声、いつもは遠い」
奏斗は何も言えなくなる。
陽気な自分の声が、誰かを壊しかけているなんて考えたこともなかった。
『僕さ』
ぽつりと、言う。
『…うるさいよね、、笑』
雲雀は首を振る。
「……うるさくない、」
一拍。
「ただ……消えたら困るな、って」
その夜
雲雀は布団の中で目を開けていた。
今日の出来事が、何度も再生される。
奏斗の声。はっきりした声。
怖かったのに――
忘れたくない。
「……なんなんやろ」
呟く。
その声は、やっぱりどこにも残らなかった。
一方、奏斗。
自室でイヤホンを外す。
自分の声を録音して聞いていた。
『……なにやってんだ、僕』
笑おうとして、失敗する。
雲雀の「消えたら困る」
その一言が、胸に引っかかって離れなかった。