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一通りの片付けと掃除を終えたのは日曜日の夕方だった。お礼に晩ご飯をご馳走するからと三木に言われ、アパートの近くの焼肉屋にみんなで来ていた。
「もう引っ越し業者には依頼してあるんですか?というか、ここから遠いんですか?」
せっかく友達になれたのに、離れてしまうのは寂しいと思って訊いてみた。
「もう手配済みです。すぐそこなので」
「えっ、三木さんのお給料でこの辺に住めるんですか?」
「ちょっと、日下さん、失礼なことを!すみません」
私が代わりに頭を下げた。
「あー、いいんですよ。えっと、日下さんでしたっけ?なんならこの後、引っ越し先を見てみますか?」
「えー、あまり興味ないから、私はいいや」
つくづく失礼なことを言う子だと思う。よく言えば、ハッキリしているということなんだろうけど。
「森下さんには見に来てほしいな、まだ私の学校の友達にも教えてないけど。これからもお父さんと仲良くしてほしいから」
歩美が誘ってくれた。
「もちろん!お邪魔させてもらうね。結城君はどうする?」
「俺も行きたかったけど、友達と約束があるんですよねー、どうしようかな?」
「じゃあ、私だけで行くわ、二人ともお疲れ様、ここで解散ね」
「ちょっと待って、チーフが三木さんと深い仲になるきっかけになりそうなんで、俺も行きます!」
「そんな、じゃあ、私も行きます、チーフと先輩がこれ以上仲良くなったらイヤなので」
結局、みんなで三木親子の新しい家を見に行くことになった。焼肉屋を出て、アパートを通り過ぎて表通りに出る。道路は渡らずに、歩道を道なりに歩いていく。
「ここです」
「ここだよ!」
三木親子が指差したのは、最初に三木を送ってきた時に見た、あのタワーマンションだった。
「え?」
「嘘でしょ?」
「……」
日下にいたっては、声も出ていない。
「行きますか?いつでも入れるので」
三木と歩美は、さっさと玄関を入っていく。
「一緒に入らないと、セキュリティで閉め出されちゃいますから」
慌てて3人もついていく。暗証番号とスマホでロックが解除できるらしい。
「マジですか」
三基あるエレベーターの、15階より上にしか行かないエレベーターに乗る。歩美が28階のボタンを押した。
「ここって、何階建て?」
「30階くらい?」
日下と結城が小声で話していた。
「31階で、最上階は一部屋しかないんだよ。うちはそのちょっと下」
歩美が説明してくれた。
この立地とその階だと、家賃が見当もつかない。
そう言えば訊いたことがなかったことを、三木に訊いてみた。
「三木さんのお仕事って?」
「まだ話していませんでしたね。いわゆる投資家です」
「「「ひやぁ!」」」
なんて騒いでる間に、部屋に到着した。
部屋からの眺めは、とても綺麗だった。
家具はまだほとんどなく、机にパソコンが何台かと、長椅子が一つあるだけだった。
「三木さんて、お金持ちだったんですね?なんかもう、俺は三木さんには勝てない気がしてきた」
結城が言う。
「もともと結婚当初から妻とわずかずつですが、投資をしてました。お互いに欲しいものもなかったし、共働きの間に財産のようなものを作りたくて」
「にしても、すごいですね。才能があったんですね」
「妻の閃きがよく当たったんです。そして、妻の病気が見つかってからは、できるだけ妻のそばにいたくて仕事を辞めてデイトレードをしてました。まぁ、運がよかったんです」
「で、この部屋を?」
「妻の夢でもありましたから。アパートの取り壊しの話が出てきたときに、“このマンションの高い部屋に住みたい”と。そうすれば空に行っても歩美と僕がよく見えそうだからと。結局、一度もここには来ることはありませんでしたが…」
一同、シンと静まり返る。
「あ、いや、まぁね、そんな話は置いといて。引っ越しても遊びにきてくださいね」
みんなであちこちの部屋を見て、窓からの景色も堪能した。
そしてまた、みんなで下へ帰る。
15階までをすっ飛ばすからか28階から1階まで、意外に早く着く。
「静かだね、エレベーター。すごいね」
そんな話をしながらエレベーターホールに降りた。
「あっ!」
「あれっ!」
エレベーターホールで、エレベーターを待っていたのは新田夫妻だった。
「こんばんは…、偶然ですね。こんなところでお会いするなんて」
一応、挨拶をする。
「私の両親がここに住んでいるから、なんだけど、そちらは?」
妻の麻美の実家が、ここだということか。
「私たちはお友達のところへ。お部屋を見せてもらってきたところです」
ふーん、と私たちを品定めするように見てくる麻美。
「あの、じゃ、僕たちは先に戻ってますね」
三木と歩美は出て行った。
「お友達?どんな方かしら?ここは簡単には住めないところよ」
「知ってますよ。お友達の部屋は眺めもよかったです。高い所っていいですね、家賃も階層も!」
日下が、自分たちが乗ってきたエレベーターを振り返った。そう、上層階専用のエレベーターだ。
「えっ、あ…っ!」
麻美は夫の健介と乗るつもりのエレベーターを、振り返る。14階までしか行かないエレベーターが到着を告げて、ドアが開いた。
「あなた、行くわよ!お父様が待ってるから」
「え、うん。じゃ…」
新田夫妻は、急いでエレベーターに乗って上がって行った。
「ね、見ました?新田さんの奥さんの顔。ちょっと優越感!でしたよ、私」
「うん、確かに。でもなぁ…それが俺のせいじゃなくて、三木さんのせいだもんなぁ…。そうだ、俺も株取引しようかな?そしたら三木さんみたいになれるかな?」
「なったらすぐに、私を奥さんにしてくださいね!」
日下がまた両手を胸で組んで、結城を見つめている。
「そんな簡単なことじゃないと思うから、やめときなさい。結城君は無茶しそうだし」
ぴた、と結城が歩みを止めた。私をじっと見る。
「え?なに?どうしたの?」
「初めてだ!初めてチーフが俺のことを心配してくれた…」
「は?」
「今まで何をしても、なんかスルーされてほっとかれたけど。今初めて、やめとけとか、無茶しそうだとか言ってくれた!初めて俺に関心を持ってくれましたね!やった!!」
何をそんなに喜んでいるのか、わからない。単に、常識的なことを言ったまでなんだけど。