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――静寂のあと、世界がひっくり返った。
リオの足元が崩れ、砂の床が波打つように沈む。
「下がれ、リオ!」
アデルの声が飛んだ。次の瞬間、地面の亀裂から光が噴き出す。
迷宮の中心部。
そこに、巨大な装置があった。
半分は砂に埋もれ、もう半分は空へと伸びている。
管と円環が絡み合い、中央の水晶体が脈動していた。
それが――記録世界プログラムの中枢。
アデルが息をのむ。
「これが……“記録を書き換える装置”」
「つまり、カシウスの――」
リオの言葉を遮るように、声が響いた。
「――ああ、私の創造物だ」
風が渦を巻く。
闇の中から、黒い外套の男が歩み出る。
白い髪。冷たい瞳。
彼――カシウスは、砂を踏みしめながら微笑んだ。
「カシウス!!」
「リオ・アーデン。君はまだ理解していないようだな。
この装置は“世界を壊すため”ではない。
壊れた世界を、元に戻すための記録だ」
アデルが剣を抜く。「詭弁ね。あなたがやっているのは改竄よ」
「改竄?」カシウスの唇が笑みに歪む。
「いや、再生だ。亡くしたものを取り戻す。それの何が悪い?」
リオの脳裏に、姉ユナの姿がよぎる。
「……まさか、ユナも……」
「彼女の意識は、もう“書き換え領域”の中だ。
だが安心しろ、すぐに“完成体”として蘇る」
アデルが低く呟く。「ユナを実験体に……」
カシウスは軽く手を掲げた。
砂が螺旋を描き、周囲の亡霊たちが形を成す。
「彼らも同じだ。死んだ者の記録を再構築し、“理想の形”へと導く」
砂の亡霊が一体、二体と立ち上がり――やがて五体。
それは、行方不明になっていた市民たちの姿だった。
首筋には、あの痣。
「やめろ!」リオが叫んだ。
だが、亡霊たちの体は淡く光り、次の瞬間――消えた。
*
現実世界。
雲賀家の部屋のモニターに、突然エラー表示が現れる。
木崎が身を乗り出した。
「おい、これは……転移ログだ。データが“こちら”に来てる!」
ハレルはネックレスを握りしめた。
画面には、人のシルエットが浮かび上がっている。
「これは……人間のデータ? いや――」
床が微かに震えた。
青白い光が、足元からじわりと広がっていく。
そこに、人影が倒れていた。
砂まみれの遺体。首筋に、黒い痣。
サキが悲鳴を上げた。
「お兄ちゃん、なに、これ……!」
木崎が急いで布をかける。
「リオたちがいた場所から……転移してきたんだ」
「つまり、現実と異世界の境界が――繋がった……」
ネックレスが激しく光を放つ。
《ハレル。装置が干渉している。反記録を上書きされる前に、再起動して!》
セラの声が強く響く。
「でも、このままじゃ世界が――!」
《大丈夫。私が“橋”になる。あなたは、押すだけでいい》
ハレルは唇を噛んだ。
「……わかった」 木崎が頷く。「行け。お前がやらなきゃ、誰もやれねぇ」
ハレルはキーボードに手を置いた。
「反記録プログラム、再起動!」
モニターが光を弾けさせる。
同時に、遺体の上に浮かんだ砂粒が天井へ舞い上がった。
セラの声が微かに笑う。
《ありがとう、ハレル。これで――つながった》
*
砂の迷宮。
光が爆ぜ、リオとアデルの前に白い扉が現れた。
「……あれは?」
アデルが目を見開く。「境界の“反記録ゲート”――ハレルたちが動かしたのね!」
カシウスが眉をひそめた。
「もしや!アルディア、あいつめ」
「ふん、邪魔をするか」
掌を上げると、砂の亡霊たちが再び現れる。
「こいつらはもう“消えた者”だ。現実に戻すことなど、できはしない!」
リオは叫んだ。
「嘘だ! 俺は、姉さんを取り戻す!」
腕輪が光り、観測鍵の欠片が鳴動する。
リオとカシウスの間に、青と赤の光が交錯した。
アデルが剣を構え、捕縛の光陣を展開する。
「カシウス――あなたを止める!」
――その瞬間、世界が二つに裂けた。
現実と異世界の“境界”が、光の縫い目として走り、二つの世界をつなぎはじめる。
カシウスの声が遠くで響いた。
「面白い……ならば見せてやろう、“理想の記録”を!」
迷宮全体が、轟音とともに崩れ落ちる。
光と砂が混ざり、境界がゆっくりと開いていく。
リオはその光の中で叫んだ。
「ハレル! 聞こえるか! ここで――終わらせる!」
ハレルの声が微かに返る。
「分かった。……一緒に、記録を取り戻すんだ!」
そして、光が二人を包み込んだ。
――現実と異世界の境界は、完全に繋がり始めていた。
第二章、砂の迷宮事件――クライマックスへ。