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――砂の迷宮、アメ=レア中枢部。
地鳴りが響き、装置の光が乱反射していた。
砂の天井から崩れた石柱が落ち、アデルが反射的にリオを押しのける。
「ここが中枢……完全に暴走してる!」
リオは息を切らしながら腕輪をかざした。
「カシウスはどこだ!」
答えの代わりに、中央の光の柱の中で人影が浮かんでいた。
長い髪が宙に漂い、目を閉じた女性。
――ユナだった。
「姉さん……!」
リオが駆け寄ろうとした瞬間、背後から静かな声が響いた。
「触れるな。彼女はまだ“書き換え中”だ」
振り向くと、そこにカシウスが立っていた。
外套の裾が砂をかすめ、彼の目はどこか悲しげだった。
「……リオ・アーデン。お前の姉は“記録世界”に適合した。
あとは反応層が完成すれば、完全な“再生個体”になる」
「ふざけるな!」
リオの声が震える。「姉さんを利用して、何をしようとしてる!」
カシウスは静かに装置の水晶を見上げた。
「昔、私は愛する人を失った。
“観測庁”で行った転移実験の失敗で、彼女は記録だけを残して消えた。
私はその記録を“もう一度書き換えられないか”と考えた。
――それが、このプログラムの始まりだ」
アデルが低く唸る。「彼女を蘇らせるために……記録を弄んだのね」
「弄んだ?」カシウスの声が鋭くなった。
「違う。私は救おうとした。
だが再生したのは“感情を持たない彼女の模造体”だった。
私は誓った。“本物”を取り戻すために、この世界そのものを修正すると」
リオは拳を握る。
「それが姉さんを巻き込む理由になるのか!」
「彼女の意識は非常に安定していた。
“観測者の素質”を持つ者は、この世界と現実を繋げられる。
――彼女こそが、装置を完成させる最後の鍵だった」
その言葉に、アデルが一歩踏み出した。
「やはりあなたが“反記録”を封じていたのね」
カシウスの瞳がわずかに揺れる。
「……反記録? ああ、アルディアと雲賀という男、完成させていたようだ。
無駄だよ。現実のプログラムが動いたところで、この迷宮の“記録層”までは届かない」
その瞬間、空気が震えた。
光の柱の一部がざらりと砂に変わり、ユナの周囲に波紋が広がる。
リオの腕輪が共鳴し、青い光を放つ。
「いや、届いてる。ハレルが――動かしてる!」
カシウスの顔に初めて焦りが走った。
*
現実世界。
ハレルの指がキーボードを叩くたびに、反記録プログラムの画面が点滅する。
木崎が背後でメモを取りながら言った。
「この信号、まるで“呼吸”してるみたいだな」
「セラが中継してる。向こうの装置と繋がってるんだ」
ハレルの胸のネックレスが激しく光り、画面に映像が浮かぶ。
そこには砂の迷宮と、リオ、そして浮かぶユナの姿。 サキが後ろで息を呑んだ。
「お姉さん……」
《ハレル、聞こえる? 彼女の意識はまだ“消えてない”。でも急いで。
記録世界プログラムがこの層まで侵食してくる》
セラの声が響く。
ハレルは唇を噛み、「父さん……柏木先生……これがあなたたちの見た世界か」と呟いた。
「木崎さん、出力コードの確認を!」
「了解、でも……これ、本当にやるのか? 境界が崩れるかもしれんぞ!」
「やらなきゃ、姉さんが消える!」
ハレルは指を叩いた。
――反記録プログラム、第三段階・作動。
*
再びアメ=レア。
地面の砂が逆流し、空の光が二色に分かれる。
青――反記録。
赤――記録世界。
「バランスが……崩れていく!」
アデルが叫ぶ。
リオは前を睨みつけた。「カシウス! この装置を止めろ!」
「止めない。私はこの世界を“再生”する!」
カシウスの外套が風を裂き、彼の背後で砂が竜のように巻き上がる。
その中心に、ユナの体が引き寄せられていく。
「姉さんっ!」
リオは駆け出した。
腕輪が強烈に輝き、観測鍵の欠片が放つ光がカシウスの攻撃を弾く。
「……この光は……?」
アデルが息を呑む。「主観測鍵との共鳴よ!」
リオの目が見開かれる。
遠く――青い光の中で、ハレルの姿が見えた気がした。
「ハレル……今だ!」
同時に、ハレルの声が空を貫く。
《反記録、最終出力――転送開始!》
青い光がリオとユナを包み込み、カシウスの赤い光と激突した。
世界が裂ける音がした。
光と砂が混ざり合い、迷宮の天井が崩れ落ちる。
「姉さんを返せぇぇぇっ!!!」
リオの叫びとともに、光が爆ぜた。
カシウスは吹き飛ばされ、赤い装置の水晶が砕け散る。
その破片の中で、ユナの体がゆっくりと地面に落ちた。
彼女の瞳がかすかに開く。
「…………涼…?」
「姉さん……!」
リオが駆け寄り、その手を握った瞬間、
迷宮全体が光に包まれた。
*
現実世界。
ハレルのネックレスが静かに明滅し、セラの声が消える。
モニターに最後の文字列が浮かんだ。
【反記録出力:完了】
【境界安定率:12%】
木崎が息を吐く。「やったのか……?」
ハレルは首を振った。
「いや……まだ終わってない。境界は不安定なままだ」
部屋に現れた砂まみれの遺体がいつのまにか消えていた。
「布で隠したが、あの不安定な状況下でむこうへ戻ったのか……?」
外の空に、砂の粒のような光が降り始める。
サキが窓を見つめて言った。
「……きれい。でも、これって……」
ハレルは小さく呟いた。
「これは“反記録の残響”。……まだ、世界は揺れてる」
――そして、異世界のどこかでカシウスの影が立ち上がる。
「私はまだ、終わらない。
本物の彼女を取り戻すまでは――」
風が砂を巻き上げ、遠くで鐘が鳴った。