テラーノベル
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小山が魔法で作り出した塵旋風に対抗するための作戦……それは、全く同じ力の同じ魔法をぶつけて相殺するというものだ。2つの塵旋風がすぐ後ろにまで迫ってきていた。逃げきるのは無理と判断し、一か八かの賭けであった。
俺の塵旋風と小山の塵旋風……同じ幻獣の力を借りて作られた空気の渦が衝突する。舞い上がる砂塵のせいで目を開けているのも困難だった。焦っていたので心配だったけど、無事に魔法を発動させることができたようだ。俺を追尾していた塵旋風の動きが止まったのだ。
「成功……した。俺、助かったの?」
ぶつかった塵旋風は、この後互いに威力を打ち消し合って消滅する。俺の予想……というか希望だったけど、現実は少し違った結果となった。
なんと、小山が作った塵旋風は俺が後から作ったものに巻き込まれ吸収されてしまったのだ。もう一方の塵旋風にも同じ現象が起こり、最終的には俺の塵旋風だけがその場に残るという状態になる。
「えーと……これは、力の調節が上手くいかなかったってことなのかな」
そもそも対価量からしてかなり差があった。俺が差し出したヴィータの方が少なかったけど、塵旋風の勢いはこちらが優っていたのだろう。
小山の塵旋風は吸収されて消えてしまった。これは一応『破壊』されたといえなくもないのか? そうだとしたらスティースは、俺の望む結果を出してくれたことになる。互いに同種のスティースを使っていたとしても、全く同じ魔法を使うというのは想像以上に難しかったんだな。
「なんかすっきりしないけど助かったからいいか。細かいことは気にしない。力を貸してくれて、ありがとう」
予想とは違ったけど、ピンチを脱することができたのだ。スティースたちには感謝の意をしっかりと伝えなければならない。
「さて……と」
巻いていたバンダナは風で飛ばされてどこかへいってしまった。体には大量に砂や埃が付着している。それらを全て払い落として綺麗にすると、俺はゆっくりと大きく息を吸い込んだ。
「小山ーーーー!!!! てめっ……ふっざけんな!! もう許さねーからな!!!!」
小山への怒りが爆発した。俺の雄叫びが本人に聞こえているかは定かではない。これからどうするとかも全然考えていない。ただ怒りの感情に突き動かされているだけ。俺は全速力で橋に向かって駆け出した。その勢いのおかげか、ものの数分で小山のところまで戻ることができた。
「おいっ!! 小山!!!!」
「うわっ、なんで戻ってきてんの。キモ……」
再び相まみえた俺と小山。ヤツの人を舐め腐った物言いに変化無し。怒りを通り越してもはや笑いが込み上げてくる。
「ははっ……ちょっとでもお前に共感した俺がアホだった。無抵抗の人間に魔法で攻撃するとかクズにもほどがあるわ」
「河合なんかに僕の何が分かるんだよ。どうやって魔法から逃げ切ったか知らないけど、説教でもするつもり?」
「お前さ、自分がどれだけ身勝手なことしてるか分かってんの。そんなことしたって試験の結果は変わらないだろうが」
「……うるさい」
「また次の試験に挑戦すればいいだろ。そもそも俺だって特待生になれるって決まったわけでもなかったのに、なんでここまで敵意向けられなきゃならないんだよ」
「うるさいって言ってんだろ!! 黙れよ」
小山はやはり俺の話を聞こうとはしない。周囲を照らす黄色の光が強くなった。こいつ……また魔法で何かするつもりだな。契約の陣は見えなくても、対価を徴収されているのは確認できる。浮かび上がる数字から読み取れた数値は200。さっき塵旋風を作りだした時の倍……200ヴィータの魔法で俺を攻撃するのだろうか。
「えっ……?」
頬を何かが掠めた。じわじわと痛みが広がっていく。輪郭に沿って液体が流れ落ちるような感覚……慎重に手を伸ばして頬に触れてみた。指先にぬるりとしたものがまとわりつく。鮮やかな赤色をしたそれは……
「血だ……」
顔から出血をしていると認識した次の瞬間、今度は脇腹を抉られるような衝撃を受けた。恐る恐る視線を下に向けるとシャツが引き裂かれて肌が露出していた。表皮が切れたようで、そこにも薄らと赤色の染みが滲んでいた。
まるで鋭利な刃で切りつけられたみたいだ。小山は最初の立ち位置から動いていない。刃物の類いも所持していない。分かってる……これも小山が繰り出した魔法だ。風の刃か……きっと俺の受験票もこの魔法でボロボロにしたのだろう。
「……なんで河合が合格して僕が不合格なんだよ。僕の方がこいつなんかより優秀なのに。魔法だってこんなに上手く扱えるのに……なんで」
小山の様子がおかしい。苦しそうに頭を抑えながら、小声で何か呟いている。
「……小山?」
ビュンという鋭い風の音を耳が捉えた。それと同時に体にまた衝撃と痛みが走る。今度は左の太ももだ。
小山はその場に膝をついてうずくまってしまった。契約者がこんな状態であっても、魔法の効果は持続している。風の刃は容赦なく俺を傷つけ、小山は対価を取られ続けていた。
「くそっ……どうにかしなきゃ。この状況を打開する方法……」
この近辺は普段から人の通りが少なくて閑静としている。関係ない人間を巻き込む心配がなくて良かったけど、それはつまり……誰かの助けを借りることが困難なのを意味する。見渡しても川と雑木林くらいしかない。役に立つようなものはないだろうかと必死に探していると、俺たちが立っている橋にも異変が起きていることに気づいた。
「橋にヒビが……!?」
ついさっきまでヒビなんて入ってなかったのに……どうして突然。いくら古い橋だからって前触れもなくこんなことが起こるのだろうか。
原因をあれこれ考えている間も、橋のヒビは範囲を広げていく。このまま上に留まっているのは危険だ。
「小山、立て!! 橋が崩れる!!!!
小山はまだ橋の上でうずくまっている。俺の声が聞こえていないのだろうか。いや、聞こえていても動けないのかもしれない。あいつ……一体どれほどの量のヴィータを奪われているんだ。黄色に輝く光と共に対価量の数値が表示され続けている。
ヴィータは俺たちが魔法と引き換えにスティースに渡す対価であり、人間にとって生体エネルギーのようなもの。当然量には限りがある。使い過ぎれば体調を崩すし、最悪命を落とすことだってあるのだ。
とうとう小山が座り込んでいる場所にもヒビ割れが到達してしまった。橋のあちこちからコンクリートが崩れる音がする。橋全体のバランスも取れなくなり、崩落するのは時間の問題だった。
「小山!!!!」
小山は嫌な奴だ。これから先も分かり合えないだろう。酷いこともたくさんされた。助ける義理もない。頭ではそう考えている……それなのに――――
体が勝手に動いてしまったのだ。目の前で川に転落しようとしている同級生を助けるために。
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