誰か。
この空白を埋めてくれ。
ぽっかりと穴が 開いたようなこの感覚を。
怖くて、堪らないんだ。
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ほんのりと漂うコーヒーの匂い。それは、隣に座る奏斗から香ってきていた。
先程、俺が淹れたコーヒー。それを片手に、ボーッとどこかを見つめている。そんな奏斗を横目に、俺もボーッと一点を見つめる。
音も無い、静かなランドリー。いつもならもっと騒がしく、賑わったりする為、こんなランドリーは珍しかった。それは、奏斗も、俺も同じで。ボーッとしながら、なにかを考える。お互い口を開かずに、『なにか』を。
仕事が立て続けにあったせいだろう。少し、物思いにふけているのかもしれない。本当に、少しだけ。
頭を空っぽにするのは、案外難しいものだ。何も考えないように、と思えば思うほど、頭にはたくさんの言葉や感情が浮かんできてしまう。ボーッとするのは、あまりにも逆効果で。人肌が、何故だか唐突に、恋しくなった。隣に座る奏斗とはそう離れておらず、少し身体を傾ける。と、肩に丁度頭が乗っかり、奏斗の温もりを感じた。 その瞬間、目頭がじわじわと熱くなってくる。それは止まることを知らず、ゆっくりと溜まっていって。
「どしたのひば、甘えたさん?」
「………ん、」
「あれ、………ひば?」
「…っはは、…….ごめん…」
思ったよりも情けない声が出てしまい、奏斗に気付かれる。それでも、何も聞かないで、俺の頭にこつん、と奏斗が頭を乗せてくる。その優しさに、溜まっていたものがゆっくりと落ちて、頬を伝った。熱いのか、冷たいのか分からないそれは、何度も何度も、頬を流れていく。
自分でも、よく分からない。急に、どうしようもなく、込み上げてきただけ。恋しくなった人肌が、あまりにも温かくて。離したくない、と、思っただけ。
「………かなと、」
「んー?」
「………..。」
何も言わず、腕を回してギュッと抱きつく。と、すぐに背中に手が添えられて、トントン、と一定のリズムを刻む。それが心地よくて、安心する。
最近の仕事は、少し残酷なものが多かった。だから、疲れてしまっているのかもしれない。身体も、心も。
明日からしばらく休みが貰えたのも、仕事の内容が大変だったからだ。アキラとセラおも、今日の仕事を終えたら多分、同じように休みが貰える。
「…….キス、したい」
「…いいよ」
もっと、奏斗の温もりを感じたい。そう思い、顔を上げると、「ふっ、」と奏斗が笑う。
「酷い顔」
柔らかい表情で、そう言う。ふにゃりと細められた目が、俺を捉えている。奏斗の手が優しく俺の涙を拭って、そして、触れるだけのキスをした。
「…..もっと」
「なら、雲雀からおいでよ」
回していた腕を解き、奏斗の頬に手を添える。そして、まずは軽く触れるだけ。でもやっぱり、そんなものでは足りなくて、次は深い口付けを。舌を入れて、絡めて、たまに角度を変えながら、深く、深く、落ちていく。快楽の奥底へ。
「ん、…はっ、ん…..んぅ…」
奏斗の声が、部屋に響く。いやらしいリップ音も、上がっていく二人の体温も、このランドリーに残っていく。四人の場所なのにな。二人だけの記憶も、残してしまうんだ。
「ん、…….っんひ、…..ば、」
「…っふ、…..んぅ…..」
止まらない。求めるようなキスも、零れ落ちる涙も。拭ってもらったのに、また溢れ出してしまった。それでも構わず、奏斗にキスをし続ける。離れたら、この温もりが消えてしまうから。それが、嫌だった。
我武者羅に続ける俺を見兼ねたのか、離れろと言うように身体を叩いてくる。しかし、その気はさらさら無い。それを無視していれば、耳をグイッと引っ張られた。
「んーんっ…..痛い…..」
「お、前がっ…..止めんから、だろがっ」
「だ、って…..」
「もー、仕方ない子ねぇ」
「…..うん」
少し乱暴に、袖で頬を拭いてくれる。布が強く擦れ、少し痛い。目元も、痛い。でも、嬉しくて。
「…ありがと、」
「あー、はいはい!目、痛くなるよ?」
「も、…..痛い…..」
一度流れてしまえば、その日はずっと緩くなる。黙っていても、話していても流れてくるこれは、まるで止まることを知らないみたいだ。
ギュッ、と俺の手が握られる。少し、冷たいその温度に驚いて、手を握り返した。
「………なんで、冷たいの」
「…なんでだろうね」
「もっと、くっつく…..」
「っふふ、…赤ちゃんやん」
奏斗の肩に顔を埋める。ちゃんと、温かい。その事実にまた、安心する。俺も、ちゃんと温かいだろうか。自分ではよく分からない。握る手に少し力を入れれば、同じように返ってくる。思いっきり体重をかけてくっついても、抜群の体幹で倒れることは無い。
もっと、もっと奏斗を感じたい。まだ、なにか足りない気がする。心が、…..芯が冷えているような、切なくて、不安定な感覚。
埋めていた顔を上げ、丁度目に留まった奏斗の耳に、かぷっ、と噛み付いた。
「っわぁ、なになに?!」
肩がビクッと跳ねた。舌で、なぞるように舐めれば、「ちょっ、……っ」という声と共に、再び肩が跳ねる。力が抜けたのか、だんだん体制が傾いていき、次第にソファに倒れ込む。
「…….雲雀?」
「………….。」
「っ…や、…..ひ、ばっ…..」
奏斗の手が力む。繋がれたままの俺の手に、少し爪がくい込むくらい。
耳を何回か甘噛みして舐めて、それから、ソファに手を付いて身体を浮かせる。赤くなった奏斗の顔。しかし瞳は、不安そうに揺らいでる。俺は今、どんな顔をしているんだろうな。でも、そんなの確認するほど余裕なんて無かった。奏斗でいっぱいになりたい。それしか、頭にない。
「……..ヤんの?」
「…….ん」
「…..勃つ?」
「…….たくさん、ちゅーすれば勃つもん…」
「…..そ、」
視線を逸らされるのと同時に、唇を重ねる。ちゅっ、と音が鳴る度、そこからジワジワと、身体全体へ熱が伝わっていく。熱くて、どろどろに溶けそうなくらい火照った身体は、奏斗と密着すればさらに熱を帯びた。
「っは、…..んぅ、んっ…….あっ、…」
「っはぁ、…..はぁ、っ…」
「っひ、…..んひ、ば…..また、っ泣いて…..」
奥を突かれながら、俺の方へ手を伸ばす。繋がった時点で再び緩くなった涙腺は、その優しさに、余計に込み上げてくる。もう、自分が本当によく分からない。分からなくて、それが怖くて。傍に居た奏斗に縋って、好き勝手して。そんな自分が、嫌になる。
「っおれもう、…..わかんない…..。なんでっ、こんなに涙、出るんやろ…..」
先程伸ばされた手が、グイッと俺の頭を寄せた。呼吸を整える為の荒い息遣い。そして、奏斗の匂いが俺を包む。
「っいい、…….枯れるまで、泣けばいい」
「…..っ止まらん、かもよ」
「…いいよ、…….俺がずっと、背中摩る」
「っう、ぅ…..」
「いくらでも、受け止めるから。好きなように動きな」
「あり、…..っがと…..」
その言葉と、今感じている熱と。どれもこれも、十分すぎるくらい俺の不安を消し去ってくれるもの。それでもまだ、もう少しだけ、縋っていたくて。俺の欲、それと、奏斗を気持ち良くさせる為に、ひどく優しく彼を抱いた。
俺の空白は、温かいもので埋まっていく。
それは全て、奏斗の手によって。
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コメント
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最っっ高です。 主さんの書くhbknが大好きでいつも見させて頂いてるんですけど、細かいところの言葉遣いとかがめちゃくちゃ好きで、今回のもめちゃくちゃ良かったです。素敵な作品ありがとうございます。