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ユエツ
こちらは、某実況者様のお名前をお借りした二次創作になります。
以下に書かれた注意書きを必ずお読み下さい。
・登場人物等、全てにおいて捏造
・ご本人様とは一切関係がございません。無断転載、晒し、その他のご本人様にご迷惑をおかけするような行為は絶対におやめ下さい。
・一部性的な表現が含まれます。
・誹謗中傷の意は一切ありません。
・公共機関での閲覧を禁止します。
以上のことに納得していただける方のみ、お進み下さい。
・rbsha
・付き合ってません
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自分の家ではない天井が、視界に広がっている。
見慣れない風景とカーテンの隙間から洩れる朝の光を映して、琥珀の瞳はゆっくりと瞬きを繰り返した。枕に顔を埋め、寝返りを打とうとしたところで腰に鈍痛が響く。その痛みに眉を寄せながら、シャオロンは昨夜の出来事をようやく思い出した。反射的に伸ばした右手が空を切る。ぼんやりとした頭で現状を理解したあと、小さく溜息をついて上半身を起こした。
隣を見ると、案の定そこにいるはずの人物がいない。真っ白なシーツをそっと撫でる。肌触りの良いそれはいつの間にかロボロが新しいものに変えたらしい。ついでにありとあらゆる体液で汚れていたシャオロンの身体も綺麗になっていた。昨夜の痕跡も消え去り、まるで何も無かったかのようなシーツの上でぽっかりと胸に穴が空いたような気持ちになる。別に、ロボロが自分より早く目覚めるのは何らおかしなことではない。ただ単純に、少しだけ先に目覚めてロボロの眠っている顔を眺めるのが好きというだけだ。
「さむ……」
欠伸を零しながら、眠気の残った声で呟く。布団から這い出たシャオロンは下着以外何も身につけておらず、腹いせにベッドの傍に放り投げてあったロボロのスウェットを拾い上げて頭から被った。ロボロはシャオロンより背は低いが、体を鍛えているのとオーバーサイズの服を好むので痩せ型なシャオロンにはぴったりのサイズ感である。
シャオロンとロボロはいわゆるセフレの関係にあった。恋人という名称を持たない、身体の関係。気が向いた時にシャオロンがロボロの家に転がり込んで、なし崩しに身体を求め合うそれはお世辞にも健全とは言い難い。
中学からの古い付き合いで仲の良い友人同士だったはずなのに、どうしてこんなことになったのか。大学卒業後、社会に足を踏み入れて、きっと慣れない環境でお互いストレスが溜まっていたのだと思う。朝目覚めてロボロの寝顔を見たとき、気持ちも伝えられずに”そういう関係”になってしまったことをシャオロンは強く後悔した。
だから、こういうことはあの一回きりで、酒も入っていたことだし元の関係に戻ってお互い忘れよう――と、そう心に決めたはずなのに。
(もういちいち数えんのもアホくさくなってきたわ)
どれだけ身体を重ねても、心の距離が縮まらないことは知っている。決して満たされることのないこの行為で残るのは虚しさだけだ。
「ロボロ〜?」
きょろきょろと辺りを見渡しながら、リビングに顔を出す。静まり返った部屋からは何の返答もない。どうやらロボロは外へ出かけているようだった。
(……やり捨て野郎め)
内心そう毒付くが、向こうにそんなつもりはないだろう。なにしろここはロボロの自宅だし、大人しく待っていればじきに帰ってくる。
ちなみに何の用事で外出しているかは知らない。いつ出て行ったのかも分からないし、いつ戻るのかも不明だ。シャオロンとロボロは恋人同士でもないので、逐一報告する義務はない。だから知らなくて当然ではあるのだが、それでも一抹の寂しさが過ぎる。実は知らない女の家に行ってました、と言われても文句を言える立場ではないのだ。でも、せめて出かける前に「いってきます」くらい声を掛けてくれれば良かったのに。
シャオロンが重々しい溜息をついたとき、玄関の扉が開く。振り返ると、トレーニングウェア姿のロボロがそこにいた。
「あ、起きてたんや。おはよーさん」
ロボロは廊下に突っ立っているシャオロンに気づき、少し目を見開くと、呑気にそんな挨拶をしてくる。その姿をじっと観察しながら、シャオロンも口を開いた。
「……おはよ、ジム行ってたん?」
「いや、ランニング。最近トレーニングの一環で毎朝走ってんねん」
そう答えたロボロはスニーカーを脱ぐと、「シャワー浴びてくるわ」と言ってバスルームへ消えていく。しばらくすると風呂場から水音が響いてきて、シャオロンは再び溜息をついた。
ロボロと一緒にいるのは気楽だ。きっとそれはロボロも同じで、だから身近で気を遣う必要のないシャオロンを性欲処理の相手に選んだ。一体いつから自分はそんなに都合のいい男になってしまったのだろう。最近、気楽だったはずのロボロの傍にいてときどき息がしずらいと感じる。
シャオロンはどことなく沈んだ気持ちを抱えたまま、勝手にキッチンの戸棚を漁り始めた。確かインスタントのコーヒーがあったはず。苦いのが苦手なロボロはあまりコーヒーを飲まないので、そのコーヒーはシャオロンのために常備されているものだ。いくらシャオロンでもお湯を沸かすことくらいはできる。それを飲んで今日はもう帰ろう。
電気ケトルに水を入れ、シャオロンがお湯が沸くのを待っているとバスルームからロボロが戻ってきた。
「何飲むん?」
「コーヒー。ロボロも飲む?」
「俺はええわ」
予想通りの答えにシャオロンは小さく笑みを零しながら、戸棚からマグカップをもう一つ取り出す。甘党なコイツのために紅茶でも淹れてやろうかと思ったところで、全身に注がれる視線に気がついた。
「…………」
ロボロがじっと無言でこちらを見つめてくる。そして「何?」と聞こうとしたシャオロンの唇が、――キスで塞がれた。
「っん」
すかさず口内に割り込んできた熱い舌にシャオロンが身を捩る。身体を引こうとすると、逃がさないとでもいうように後頭部を手で押さえられた。ロボロの髪の毛からしたたる水滴がシャオロンの頬の上で散る。経験上、この流れは非常によろしくない。
「ッきのうも、したやろっ……!」
「昨日したら今日はしちゃあかんの?」
「そうじゃなくて……っ、思いやりの話をしてんの!」
さらに距離を詰めようとするロボロの肩をなんとか押し返す。しかし、こちらを真っ直ぐに見つめるマゼンダピンクの瞳はシャオロンを捉えて離さない。
「……じゃあ、シャオロンはしたくないんや?」
言葉を詰まらせる。したくないと、そう言うべきなのは分かっている。でないと同じことの繰り返しで、ついさっきもこの関係をやめたいと思ったばかりだ。ここで、はっきり拒否しないといけないのに。
「ほら」
たった二文字に簡単に丸め込まれて、結局シャオロンは目の前の男にまた溺れてしまう。
◆ ◆ ◆
「……ん、ぁっ」
ソファーの表面に爪を立てながら、シャオロンが喘ぎ声を漏らす。背後からがっしりと腰を掴まれて、挿入された性器が奥を突くたびに快感を拾った。
「っ、あ!」
ロボロのものがシャオロンの良いところを掠り、高い声を上げる。後孔がぎゅうっと中に埋まるものを締め付けるのを感じた。がくりと脱力してソファーに倒れ込むが、掴まれた腰は揺さぶられ続ける。
「力入ってへんな。やっぱ疲れとる?」
「ッたりまえ、やろ……!」
後ろを振り向く余裕もないまま、シャオロンは恨み言を言った。ロボロはシャオロンを抱くとき、お互いの顔が見えない体位を好む。曖昧な記憶だが、初めて抱かれたときは正面からだったはずのに、今となってはバックから突き立てられることばかりだった。何度も何度も奥を突かれてシャオロンの身体が力なく跳ねる。
「でも、人の服着てあんな無防備におる方が悪ない?」
「人のせいにすん、な……ぁっ!」
順番を間違えただけでロボロのことは好きだ。けれどこうなってしまった今、普通の恋人になる方が難しいだろう。セフレの関係が切れたとしても恋人にはなれず、かといってただの友人に戻るにはシャオロンのメンタルの方が持つか分からない。けれど、ロボロとの関係がゼロになるのも嫌だった。
いっそ都合の良い関係と割り切れたら良かった。それができずにこんなにも苦しんでいるのは、セフレである前に唯一無二のマブダチのロボロに独占欲なんてものを抱いてしまったからだ。薄く柔らかい唇の感触も、耳元で囁かれる低い声も、腰に食い込む五指の力加減も全て知っているのは自分だけでありたいと願ってしまう。
「……ふ、んぅ、ッ……」
「シャオロン」
こうやって後ろから抱き締められて「好き」と口走りそうになるのを堪えるのも、もう何度目か分からない。好意がないから成立している合理的な関係なのに、自分の気持ちのせいで元からある関係まで壊してしまうのは嫌だった。告白して振られるのが怖いんじゃない。叶わない恋なのは初めから分かっている。ただ、自分達の関係が変わってしまうことが何よりも怖かった。快感や葛藤、その全てから逃げるようにクッションへ深く顔を埋める。
――顔が見えないセックスは、どんなときよりも心が遠くあるように感じた。
◆ ◆ ◆
いつも思い出すのは、あの夜のことだ。
自分の甘さを悔やむ思いが、胸にこびりついて離れない。あのとき、シャオロンがもっと気を張っていればこんなことにはならなかったはずなのだ。全身に回ったアルコールと気心の知れた友人と二人きりの空間が、気の緩みを招いた。ロボロになら多少の迷惑をかけても構わないという甘えもあったのだと思う。せめてもう少し酒の量を抑えていれば、衝動に身を任せた軽率な行動もまだ自制できたのかもしれない。
その日、シャオロンとロボロは二人きりで酒を飲んでいた。深夜にロボロの自宅へ突撃した理由は今と変わらず、シャオロンの気分だ。その日もアポなしで押し掛けたにも関わらず、ロボロはシャオロンの気まぐれに付き合ってくれていた。
彼の隣にいるときは落ち着いているとも言えるし、落ち着いていないとも言える。さりげない言動や仕草にどきっとするなんてしょっちゅうで、ロボロに対しては笑えるほど敏感になってしまうのだ。しかしその一方で、”自分と一緒にいる間はロボロのことを独占できる”という事実がシャオロンを酷く安心させた。もしかしたらロボロは言っていないだけで実は恋人、もしくはそれに近しい誰かがいるのかもしれない。でも、シャオロンが隣にいる限りはロボロはその知らない誰かと一緒に過ごすことはできない。そんな仄暗い独占欲を隠して、シャオロンはいつもロボロの隣に居座っていた。
テーブルの上には近所のスーパーで調達してきた適当なツマミと大量の空き缶が並んでいる。テレビに映る興味のないバラエティー番組をぼーっと眺めながら酒を煽ると、冷えたビールが喉を通った。半分以上残っていた重みのある缶がみるみるうちに軽くなる。空になった缶ビールをテーブルの上に置いて、手元にあった新しい缶のプルドックをまた引いた。
「飲みすぎやで」
カシュと軽い泡が弾ける音と共に、手の中にあった缶ビールが消える。シャオロンが顔を上げると、呆れた表情を浮かべたロボロがこちらを見下ろしていた。取り上げられた缶ビールに向かって手を伸ばすが、あっさりと避けられる。
「……ん、かえせよ」
「やめとき」
聞き分けの悪い子供を言い聞かせるような口調でそう言われ、不服そうにシャオロンが頬を膨らます。飲みに集まったときなんかはシャオロンを潰そうと大量の酒を飲ませてくるくせに、どうして今に限って取り上げてくるのか。これ見よがしに溜息をついたのもなんとなく気に入らず、ロボロの腕をガシッと下から掴んだ。
「……ッうわ!?」
その腕を強引に引っ張ると、バランスを崩したロボロの身体がシャオロンの方に倒れ込んでくる。そのままシャオロンはロボロを床へ押し倒した。その拍子に、ロボロの手から離れた缶ビールがゴロゴロと視界の端に転がっていく。しかしそれには目もくれず、シャオロンは自分の真下からこちらを見つめるマゼンダピンクをじっと見つめ返した。
「……」
見つめ合う二人の間に沈黙が横たわる。ロボロの表情にはほんの少し動揺が滲んでいた。その端正な顔立ちをじっと見下ろしながら、ちょっと吊り目なんだな、とか意外と睫毛長いな、とか取り留めのないことをぼんやり考える。
「……ろぼろ」
シャオロンが舌っ足らずに彼の名を呼ぶと、桃色の瞳が僅かに見開かれる。すると、なんだか目の前の存在がどうしようもなく愛おしく感じた。手を伸ばし、アルコールで上気した頬にそっと触れる。触れた頬は思っていたよりもひんやりとしていた。そのままロボロが何も言わないのを良いことに、ロボロの頬を好き勝手に撫で回す。時折、くすぐったそうに体を揺らすのが面白い。
「……っ、シャオロ」
――そして気がつくと、シャオロンはその頬に口付けを落としていた。ちゅ、と静かに音を立てて唇が離れ、「あ、やってもうた」と熱に浮かされた思考の隅で思う。
「ふふ」
リビングの光にぼんやりと照らされながら、悪戯っぽく笑ってみせた。すると今度はロボロがシャオロンの頬を撫でて、熱を帯びた頬が彼の指先にふわりと解けて馴染む。そしてそのままぐいっと頭を引き寄せられ、自身の唇にロボロのものが重なったところで記憶は途切れている。次目覚めたときには、ベッドの上で生まれた姿のまま転がっていた。
(……もし時間が戻るなら殴ってでも止めるわ)
あんな風に隙を見せ、急にキスをしたシャオロンも悪い。しかし、それよりも意外だったのはロボロがシャオロンに対して手を出してきたことだった。可愛い女の子に迫られたのならまだ分かるが相手は男、加えて中学時代からのマブダチだ。そんなシャオロン相手に勃つのも、根は真面目なアイツが誰かとこんな爛れた関係を持つのも、ロボロをよく知る自分にとっては何もかもが想定外である。性欲さえ満たされればそれで良いのか?仮にそうだとすると、シャオロンが「こういうことはもうやめよう」と言ったところでロボロは大して気にしないのかもしれない。だが、その後すぐに次の相手を探すのだと思うとそれは嫌で、なおさらこの関係を手放しずらくなってしまう。
同じ記憶を思い返して、うだうだと悩みながら不毛な時間を過ごすのももう何度目か分からない。シャオロンは深い溜息を吐き出した。我ながら、らしくないほど悩んでいる。
いっそ好きだと正直に伝えれば、何もかも吹っ切ることができるのだろうか。
◆ ◆ ◆
肌寒い夜風が頬を撫で、アルコールで火照った身体からゆっくりと熱を攫っていく。背後ではまだ誰かが大声で笑っていて、その騒がしさがネオン街の喧騒へ溶けていった。
会社の送別会でアルハラ上司に散々飲まされたシャオロンは酷く酔っていた。思考は霧がかかったようにもやがかかり、さっきまで読めていた看板の文字も記号のようにしか見えない。ふわふわと揺れる世界の中を歩く気にもなれず、居酒屋の壁にもたれかかるとぐったりと力を抜いたまま、長い息を吐き出した。
「シャオロン、大丈夫か?」
頭上から降ってきた声にシャオロンがのろのろと顔を上げると、心配そうな表情を浮かべた同僚がこちらを見下ろしている。ぼうっとした頭でとりあえず頷くと、「こりゃダメだな」とその同僚が小さく笑った。
「だいじょーぶ……」
壁から身体を離してふらふらと歩き出した途端、足元の段差につまずく。そのまま地面へ転びかけたが、隣の同僚が腕を掴んでくれたおかげでなんとか回避した。
「あっぶな!お前、酔いすぎ!」
「ごめん……」
「ったく、タクシー呼ぶ?送ろうか?」
だらんと体を預けるシャオロンを支えたまま、同僚が問うてくる。シャオロンが「タクシーを呼んで欲しい」と答えようとしたとき、頭に浮かんだのはここから徒歩10分程度の場所に住んでいる男の顔だった。
「……むかえ、よぶ」
シャオロンはたどたどしい口調でそう言いながら、スーツのポケットから携帯を取り出す。そしてロボロの連絡先を開き、ほんの一瞬躊躇ったあと、発信ボタンを押した。ワンコール。ツーコール。無機質な電子音が響く。夜も遅いし、既に寝ていてもおかしくはない。このまま応答がなければ大人しくタクシーで帰ろう――と、そう思ったとき。
『……もしもし』
コール音が途切れ、低い声が鼓膜を揺らした。酔いで鈍っていた心臓がどきりと跳ねる。スマホ越しに聞こえてくる気の抜けた声音にはまどろみが混じっていて、もしかすると起こしてしまったのかもしれない。
「ろぼろぉ〜……」
『え?なにお前、もしかして酔ってる?』
「うん、むかえにきて」
ほんの少しの静寂の後、スピーカーから深い溜息が聞こえる。酔った勢いで電話を掛けたものの、こんな深夜に叩き起こしたうえ、「酔ったから迎えにきて」は流石に迷惑だったかもしれない。冷静になってじわじわと後悔が湧いてきた。
『今、どこ』
「えっ?」
返ってきた言葉にシャオロンが目を丸くする。間の抜けた声を漏らせば、「どこの居酒屋?」と再び問われた。向こうから布擦れや物音が聞こえてくる。どうやら外へ出る準備をしているようだった。ほとんど呂律の回っていない舌で現在地を伝えれば、「分かった」と短い返事。
『行くからそこ動くなよ』
ロボロはそれだけ言い残し、電話が切れた。携帯に表示された通話終了の画面を呆然と見下ろす。頼んだのは自分だが、まさか本当にこんな時間に迎えに来てくれるつもりなのか。
正直、シャオロンがロボロの立場ならそもそも電話に出ない気がする。仮に出たとしても、深夜に酔っ払いを迎えになど行かないだろう。やっぱりロボロは優しい。もしかしたら彼の中で自分は特別なのかも、なんて錯覚を起こしそうなほどに。
迎えが来るまでここにいようか?という同僚の気遣いを断り、シャオロンは店先の壁際にしゃがみ込む。今ここへロボロが向かってきていると思うと、やけに落ち着かない気分だった。
しばらくの間そうしていると不意に視界が陰り、見慣れたスニーカーが目の前で足を止める。
「……ろぼろ?」
シャオロンが弾かれるように顔を上げれば、予想通りの人物がこちらを見下ろしていた。シャオロンの目の前にしゃがんだロボロと同じ高さで視線が合うと、その夜の街灯を映した瞳が半眼に細められる。
「お前なぁ〜、今何時やと思ってんねん」
「あでっ」
軽くデコピンされた額を抑えると、それを見たロボロが呆れ返った様子で小さく息を吐く。
「ほら、帰るで」
そう言ってロボロはシャオロンを優しく立たせ、そのまま慣れたように手を引いて歩き出した。少し先を歩く彼に覚束無い足取りで着いていく。そんなシャオロンを気遣っているのかその歩調はゆっくりで、しっかりと握られた手のひらがどうしようもなく熱かった。
この手が離れてしまうことを考えると、胸の奥がじわりと苦しくなる。二人が進む道はロボロが来た方向の真逆、シャオロンの家へと続いていた。
(……もうちょっと一緒におりたいな)
そんな気持ちが溢れ出す。どうしよう、これ以上我儘を言うわけにはいかないのに。
「……ろぼろ」
「ん?」
シャオロンが足を止めると、引かれるようにロボロも振り返る。その真っ直ぐ向けられた視線から逃げるように俯き、繋いだ手にぎゅっ、と縋るように力を込めた。
「……帰りたくない」
その声は自分でも驚くほど弱々しく、心臓もばくばくと激しく脈打っている。やけに顔が熱いのは酔っているせいだろうか。沈黙が長引くにつれ、だんだん可笑しなことを言ってしまった自覚が湧いてくる。シャオロンが慌てて誤魔化そうと口を開いた、その時だった。
「……そういうこと、誰にでも言うてんの?」
低く落ちたロボロの声に、思わず息を呑む。すると次の瞬間、繋いでいた手を強く引かれた。
「わっ」
ロボロは踵を返すと、シャオロンがよろめくのも構わず歩き出す。ずかずかと進んでいく方向はシャオロンの家でもロボロの家でもない。固く握られた手を振りほどくこともできず、シャオロンは半ば引きずられるようにその背中を追いかけた。
問答無用で引っ張られながら歩いた末、連れられたのはネオンが鮮やかに輝く歓楽街。その一角にひっそりと佇む建物にロボロは迷わず足を踏み入れると、人気のないロビーに設置されたタッチパネルで手際良く受付を済ます。
ロボロと二人、ホテル。ここまで状況が揃えば、この後のことなんて大体察しがついた。細長い廊下を抜けて扉を開くと、薄暗い室内はとりたてて特徴もなく、天蓋付きの大きなベッドが置かれている。すると部屋に入って早々、ロボロにベッドへ投げ込まれた。
「ちょっ、ま、まって」
「待たへん」
シャオロンの焦った声を遮るようにロボロが低く言い切る。その唇が首筋に寄せられ、そのままじゅ、と吸われると大袈裟なほど身体が跳ねた。
「シャワー、浴びてない……っ」
「別に気にせんけど」
俺が気にすんねん、とシャオロンは心の中で文句を零す。しかし、こちらの戸惑いなど意に介さないといった様子でロボロはまたキスを落とすと、シャオロンのシャツのボタンに手を掛けた。下から順にボタンを器用に外し、前を寛げて平らな胸をゆったりと撫ぜる。そうすると、胸の突起を舐め上げられた。
「っあ」
慣れない舌の感触につい声が漏れる。シャオロンが見上げると、何の感情も読み取れないマゼンダピンクがこちらを見下ろしていた。
「誘ってきたのはシャオロンやん。……最初からそのつもりで俺のこと呼び出したんやろ?」
ロボロの言葉に押し黙る。こういうことをするために呼び出したんだったっけ。せっかく近くまで来たから、少しでもロボロの顔が見たくて、会いたくて、ただそれだけだった。そこにセックスという目的があったかといえば意識はしていなかったように思う。本当はセックスなんてしなくても、ロボロの傍に居られたらそれでいいのに。
ロボロがシャオロンのスラックスのベルトを引き抜き、下着ごと下半身の衣服を取り払う。すると、剥き出しになった半勃ちのものを徐に握り込んできた。
「……っ」
そのまま根元を軽く扱かれてシャオロンのものが質量を増すと、しなやかな手が根元から先端まで搾るように抜きあげる。親指で鈴口の割れ目を擦られ、じわじわと溢れ出した先走りがロボロの細い指を汚していた。
「あッ……は、ぁ……ん、やぁっ……」
ぐりぐりと先端をいじめながら、絶頂を促すようにロボロの手の動きが速まる。
「やだっ……ぁっ、ん!ろ、ぼろッ、も、いきそ……!」
「イってええよ」
「んッ、……や、ッあ……!!」
びくん、と大きく腰が跳ねた。気持ち良いのが身体の奥で弾けるように、シャオロンが呆気なく吐精する。
「……は、……っは、ぁ……」
脱力した身体をベッドに預けながら呼吸を整える。ぼうっと天井を眺めていると両脚を左右に開かれて、ロボロの手が後ろの窄まりに触れた。ローションをたっぷりと塗した二本の指が無遠慮に挿入される。
「ん、ぅ……は、んんっ……」
ロボロが指を動かす度にくちゅくちゅと淫猥な水音が響いた。かあっと顔が羞恥で熱くなる。三本に増やされた指が探るように内壁を撫でて、とっくに快楽を覚えた身体はその動きに敏感に反応する。
「ッあ……ぁっ、ん……ッ、あ……っ!」
理性を崩す方法を熟知した指はシャオロンの弱いところを的確に責め立てた。拡げるためではなく快楽を与えるための動き。前立腺を容赦なく責める指に翻弄されて、嬌声が口から溢れる。ゆるゆると頭を振って僅かに抵抗すると、前立腺を二本の指で押し潰された。
「ん、あぁッ……!!」
凄まじい快感に内腿が痙攣するように震えて、ようやくロボロの指が引き抜かれる。そのまま身体をひっくり返されると、背後から衣服が床に落ちる音とコンドームの封を切る音が聞こえた。
このまま何をされるかなんて分かり切っている。ロボロに腰を掴まれて、四つん這いの体勢をとらされた。ゴムに覆われた硬いものが窄まりにぴたり、とくっ付く。
「挿れるで」
すると、熱が一気に押し入ってきた。いきなりのことに頭も身体も追いつかず、全身を震わせながら眼を見開く。
「あッ、ぁあッ〜〜……!!」
いつもより締め付けのきついナカを割り開くように律動を繰り返され、スキン越しに伝わる熱に腹の奥がきゅんと疼いた。目の前に転がっている枕を引っ掴んで、顔を押し付ける。
「ッん、……あッ……ふ、ぁっ……!!」
「気持ち良い?」
「あっ、ん……ッ!」
全身を駆け巡る快感に口から甘い声が零れた。すると、腹の中に埋まるものがずるずると引き抜かれる感覚。ロボロが性器が抜け落ちそうなくらいに腰を引く。
「舌、噛むなよ」
ばちゅん!と最奥を突かれて、声にならない声が漏れた。ストロークの度にごりごりと弱い部分を擦り上げられる。同時に奥もずぼずぼ貫かれて、もはや身体のどこが気持ち良いのか分からない。
「あ、ッあ!ん、っう……は、ぁッ……はげし……っ……!!」
ズチュズチュと腰を揺らされる度に神経を直接嬲られているかのような感覚を味わう。全身が性感帯になったようにびくびくと震えて、脳天を突き破るような快感に喉奥が閉まって声も出せない。
ロボロが火照った首筋へ唇を寄せるのと同時に、背中にひやりとした感触が伝わった。彼の首から下がったネックレスだろう。それはシャオロンが贈ったもので、ロボロはいつも肌身離さず身に付けていた。こんなときでさえも。
「んぁッ……!あッ、ん、ぁっ……!い、くっ……!!」
シャオロンのものが白濁を吐き出す。視界の端がちかちかと弾けて、止まらない快感の波に溺れそうだった。
「後ろだけでイけるなんてもう女の子抱けへんなぁ」
「あぁッ!……んッ、や、っぁ……!ろぼ……っ、イった、ばっか……っ!!」
痙攣するシャオロンに構うことなく、ロボロは最奥まで性器を押し込めた。絶頂の余韻でうねる内壁を擦りながら引き抜き、また勢いよく突き入れる。激しいピストンで奥を穿たれると、肌のぶつかる乾いた音が響いた。
「んッあ!ぁッ、あ……!!んぁ、あぁ……っ」
「……俺も、いきそ……っ」
「あッ……!!あぁッ……ん、ぅ、ぁん!!」
ラストスパートをかけるように激しくなったロボロの腰の動きから逃れられず、ただ暴力的に与えられる快楽を享受する。その余裕のない動きに、シャオロンも再び絶頂へ高められていくのを感じた。
「んぁぁ……ッ……!!!」
「……っ」
脚をがくがくと震わせながら、喉を反らせて絶頂する。シャオロンのナカがきつく収縮するのに合わせて、薄い膜越しにロボロが射精したのを感じ取った。
力の抜けた下半身がベッドへ崩れ落ちると同時に、ずるり、とナカのものが抜けた。半ば放心状態のシャオロンにロボロが覆い被さると、「シャオロン」と耳元で囁く。
「もしかして終わりやと思ってる?」
すると、既に硬さを取り戻したロボロのものがゆっくりと割り入ってきた。熱い質量にナカをまた満たされる。そのまま、ロボロはお腹の内側をぐりぐりと抉るように突いてきた。
「ぁ、んんっ……ふか、いっ……、や……ぁっ!」
意思とは関係なく、腰がびくんと跳ね上がる。しかし、ロボロに体重を掛けられているせいで腰を浮かすことはできず、快感から逃げることもできない。動かせるのはせいぜい指先程度だ。
「ん、ぁっ……これっ、やだ……っ!あ、っんん……ぁあ……ッ!」
激しいピストンではないのに、動かれる度に脳までびりびりする。裏筋で粘膜を擦られて、シャオロンが甘い悲鳴を上げた。ぴったりと密着した背中がたまらなく熱い。ロボロが首筋をかぷ、と甘噛みして、また軽くイってしまう。
蕩けるような快感に思考が丸ごと浚われる。気持ち良い。ぐちゃぐちゃにして欲しい。それしか考えられない。爪先をぎゅうっと丸めた瞬間、甘い痺れが全身を貫いた。
「あぁっ……!っは、ぁ……んぁ、ん……ッ!」
ロボロの腰の動きが速まる。体重を乗せたいつもより重いピストン。後ろから押さえられているにも関わらず、背中が仰け反りそうなほどの快感に意識が飛びそうだった。
「あッ、ん……!!も、むりッ…ぁ、あッ……!!」
何度目かの絶頂を迎え、シャオロンがナカのものを締め付けた。ずっしりと重い陰嚢に蓄えた精を注ぎ込んで、ロボロも息を吐く。スキン越しに感じる、性器がどくどくと脈打つ感覚が生々しかった。
「……あ、あぁ……は、ぅ……」
背中の熱が離れて、後孔から性器を引き抜かれる感覚に小さく喘ぐ。ロボロがシャオロンの項へ軽く口付けた。
「ん、お疲れさま」
労るような優しい手つきで頭を撫でられる。その耳に馴染んだ柔らかい声を聞きながら、シャオロンはゆっくりと眠りの波に攫われた。
◆ ◆ ◆
暗闇から意識が浮かび上がると共に、ゆっくりと目を開いた。寝ぼけ眼を擦りながら辺りを見渡したところで、自分がどこにいるのかを思い出す。
シャオロンのすぐ隣で、すやすやと眠っている男がいた。どこかあどけない寝顔が無防備に晒されている。昨夜のことが嘘のように穏やかで、最中には決して見ることのない顔。この美しい顔は自分を抱いているとき、一体どんな風に歪むのだろうか。何度もあの夜の記憶を手繰り寄せようとしたが、それはモヤがかかったように不明瞭なままだった。
(……好きやなぁ、どうしようもなく)
ロボロの寝顔を眺めながら、思わず顔が緩む。彼が目を覚ますまでの短い間がシャオロンにとって至福だった。この時間は、体内に熱を差し入れられているとき以上にむしろ幸福を得ることができる。
幸せだとは口が裂けても言えないが、不幸とも呼びたくない現状。ロボロがシャオロンを後ろから貫いている限り、この関係性は前にも後ろにも進めない。
ロボロの傍にいたい。名付ける感情が変わったとしてもロボロのことが好きだし、ロボロも自分のことを好いてくれたらいいなと思う。でも、その”もしかしたら”に期待するのも、もう終わりにするべきなのかもしれない。
ロボロのことを嫌いになれない代わりに、みるみる自分のことが嫌いになった。ふと訳もなく泣きたくなる瞬間が増えて、やり場のない黒い陰鬱が心に溜まっていく。
眠るロボロにそっと手を伸ばし、目元にかかった髪を指先で優しく掻き分けた。
「…………んん、」
そのとき、微かに身じろいだロボロが薄らと瞼を開く。ぼんやりとしたマゼンダピンクがこちらを見上げて、シャオロンの心中がざわりと色めきだった。
「……おはよう、シャオロン」
「おはよ」
二人きりの静かな空間に、ロボロとシャオロンの囁くような声が落ちる。まだ少し眠そうなロボロが上半身を起こした。昨夜の熱が残るこの距離にも、終わりを告げなければいけない。喉が震えそうになるのをぐっと堪えて、唇を開く。
「……ロボロ」
「ん?」
自分を納得させるための言い訳や建前はいくらでもでっち上げられるだろう。結局、幸せに向かうことのないこの関係を自分がリセットしたいだけだ。
「こういうの、もうやめよう」
シャオロンはロボロの顔を見ないまま、そう告げる。
「……こういうのって?」
「セフレみたいなのをやめようってこと」
白々しくそんなことを問うてくるロボロに、今度ははっきりと言葉を述べた。ただでさえ言いづらいのに、何度も言わせないで欲しい。
「なんで」
「なんでって……」
「やめてどうするん。俺らって何になるわけ」
「……別に、何にでもなれるやろ。お前が気まずいって言うんなら距離置くし」
あっさり受け入れるだろうと思っていたのに、思いのほか食い下がるロボロに戸惑う。その平坦な声は何を考えているのか全く読めない。
「お前は、それでええん」
思わず返答に詰まる。質問の意図が分からなかった。「セフレでもいいから傍にいたい」と願う心もあるし、「もう限界だ」と軋む心もある。まさかとは思うが、シャオロンのロボロへ向ける気持ちに気付いているとでもいうのか。
「……いいよ」
そう答えると、胸の奥がずしりと重くなった。
そもそも、ロボロは他人との繋がりが必要不可欠ではないタイプだ。彼には一人で十分に生きていくだけの強さがある。きっと、ロボロにとってシャオロンは絶対に必要な存在ではないのだ。自分が居なくともロボロの日常は続いていくし、何も変わらない。……あわよくば、ほんの少しくらいは「寂しいな」と思ってくれたら良い。
「…………なんやそれ、勝手に決めてんちゃうぞ」
その瞬間、ロボロに両頬を掴まれた。そのままぐいっと顔を上に向けられて、マゼンダピンクが視界に映り込む。
「嫌やで、元の関係に戻るとか。距離を置くなんて他人になんのと同じやろ。俺は嬉しいこともムカつくことも共有したいし、くだらんことで笑って、何もなくてもシャオロンに傍にいて欲しい。今更、他人になんてなれるわけない」
ただのセフレを繋ぎ止めるためだけにこんなセリフを使っているのなら、コイツはとんでもなく罪深い男だ。それに、至近距離で顔を見つめ続けるのはやめて欲しい。
なぜって――
「……なんで泣くん」
「……うるせぇ」
――込み上げてきた涙を隠す時間も、誤魔化す時間も何も与えられないからだ。
ロボロが驚いたような表情でこちらを覗き込んでくる。それが嫌で顔を逸らそうとするが、頬を両手でしっかりと挟まれているままではそれも叶わなかった。
「なぁ、シャオロンの思ってること教えてや」
マゼンダピンクの瞳がシャオロンを射抜く。ここまでくるともはや軽い苛立ちすら感じた。教えて、だなんて随分簡単に言ってくれる。それを知ったとき、お前がどんな反応をするのかずっと恐ろしくて堪らないというのに。
いっそ、全て壊してしまおうか。そんな考えが脳を過ぎる。きっと後で死ぬほど後悔して自分を恨むことになるだろうが、ここで告げてしまえば怖いものなんて他にない。
今まで積み上げてきた関係が崩れるかもしれない――その選択をずっと避けてきたにも関わらず、この状況であっさりと選んでしまうほどには、もうシャオロンは限界だった。
「……お前はさ、俺が好きでもない奴にキスとか、ましてやセックスを許すような奴だと思ってんの?」
まるで似つかわしくないセリフと表情。別にシチュエーションにこだわりなんてないが、さすがにセックスした翌朝のベッドで睨みつけるように告げることになるとは思ってもみなかった。
「俺は、ロボロのことが好きだよ」
――ああ、言ってしまった。
もう引っ込めることはできない。でも後悔するよりも早く、シャオロンの胸の奥に広がったのは底知れぬ安堵と満足感だった。
手のひらをぎゅっと握りしめ、乾いた唇を噤む。「そんなつもりじゃなかった」と履き替えるだろうか。それとも「ごめん」とハッキリ切り捨てるか。もしくは「気持ち悪い」と軽蔑されるかもしれない。いずれにせよ、今までと同じ関係でいられなくなることだけは確かだ。シャオロンが恐る恐る、ロボロの様子を伺う。
「――やっと言った」
唐突に、ロボロがそう呟いた。
「俺はあの日のこと、全部憶えてる」
◆ ◆ ◆
――その日のシャオロンは、どこか危なっかしかった。
それは主に酒の飲み方のせいだ。勢いよくビールを飲み干したかと思えば、すぐに次の缶に手伸ばす。それもあっという間に空けてしまうものだから、流石のロボロも「やめとき」と酒を取り上げたほど。ロボロの頬に触れる手のひらはじんわりと熱く、甘えるような声音もどこか普段とは違う。とにかくその日のシャオロンはいつも以上に目が離せない、そんな雰囲気だった。
そんなシャオロンはずっと楽しそうにロボロの頬を指先で弄んでいる。こんな面倒な酔っ払い、シャオロンでなければとっくの昔に家から蹴り出しているところだ。
ロボロがいい加減止めようとした、その時だった。不意に、頬へ柔らかな感触が触れる。それがシャオロンの唇だと理解した瞬間、心臓が止まったような錯覚を覚えた。
「ふふ」
部屋の明かりに照らされたシャオロンが悪戯っぽく微笑む。あのとき、自分の中に生まれた衝動がどういうものなのか言語化するのは難しい。ただ蜂蜜を溶かしたような甘い黄金の瞳が綺麗で、ロボロは考えるよりも先にシャオロンの唇へ吸い寄せられるようにキスをしていた。
「ん……」
角度を変えながら何度も口付け、誘うように薄く開いたシャオロンの唇に舌を差し入れる。触れ合う距離に酔わされるように夢中になって、ようやく唇を離した頃にはシャオロンの顔は真っ赤に染まっていた。
「……準備、してくる」
「えっ?なんの?」
小さく呟かれた言葉にロボロが首を傾げると、不服そうにシャオロンが眉を寄せる。「考えたら分かるやろ」とでも言いたげな表情だ。
「……セックスするんやろ」
当然のことのように告げられて、ロボロの思考が停止する。かつてないほどマゼンダピンクを丸く見開いたまま、シャオロンが発した言葉の意味を飲み込もうと頭を回転させた。.……セックス?誰と誰が?いや、この場にはロボロとシャオロンの二人しかいない。どう考えてもおかしいし、どこでそんな話になったのか。
ロボロの思考が混乱を極める中、シャオロンが立ち上がり、ふらふらと扉の向こうへ消えていこうとする。
「えちょっ、おい!」
そこでようやく我に返り、慌てて追いかけた。廊下へと続く扉が閉まりかけ、そのドアノブを咄嗟に掴むと、僅かに開いた隙間からシャオロンが顔を覗かせる。その口元には揶揄うような笑みが浮かんでいた。
「……覗き?ロボロくんのえっち」
そう言うだけ言って、シャオロンは赤い顔のまま扉の向こう側へ消えていった。一人取り残されたロボロはご丁寧に閉じられた扉を前に呆然と立ち尽くす。見慣れた自宅の扉が異世界に繋がる未知のものへすり替わった気分だ。状況は飲み込めないままだが、かといって扉を開く勇気もないので仕方なくソファーに座り込む。
酔っ払い、恐るべし。
ロボロはリビングの天井を仰ぎ見ながらそう思う。いや、酔っ払いというよりシャオロンが恐ろしいのかもしれない。彼の突飛な行動に巻き込まれるのは今に始まったことではないが、このまま流されてしまえば何かまずいことになる予感をひしひしと感じていた。
大体、これから男とセックスをしますという場面で未経験者があんなにもあっさりと準備をしてくる、と言って一人ですんなりできるものなのだろうか。シャオロンには男とセックスをした経験があるということなのか。要らぬ疑問が頭の周りをぐるぐると回り始める。
キスをしたことは反省している。だが、キスをしたからといって「じゃあセックスしましょう」になるのはいくらなんでも段階をすっ飛ばしすぎだ。
ごちゃ混ぜになった色んな感情が胸の奥で渦を巻いている。なんだかシャオロンに振り回されっぱなしな気がして悔しい。
しばらくして、扉の開く音がリビングに響く。反射的に顔を上げると、覚束無い足取りのシャオロンがこちらへ勢いよく飛び込んできた。すると突然、ロボロの両眼がシャオロンの手のひらで覆い隠される。
「だーれだ!」
「は?……シャオロン」
「ピンポ〜ン!!」
「どんなテンションやねん……」
シャオロンはロボロの胸元に顔を埋め、くぐもった声で笑った。気の抜けたようなその声に、ロボロの中に生まれた疑惑がするりと影を潜めていく。ロボロがシャオロンの背中を優しく叩くと、彼はぴくりと動きを止めて顔を上げた。林檎のように真っ赤な頬とぼんやりした瞳。紛れもない酔っ払いの顔である。
「わっ」
ロボロは呆れ混じりに溜息をつき、シャオロンの身体を抱き上げた。酔っ払いにはさっさと寝てもらおう。横抱きのまま寝室へ向かうと、暗い室内のベッドにシャオロンをそっと下ろす。
「めっちゃ積極的やん」
「はいはい、寝るで〜」
シャオロンの身体に布団を掛け、ロボロがベッドから離れようとすると服の裾を控えめに引かれた。振り返れば、暗闇の中で琥珀の瞳がじっとこちらを見上げている。その瞳には分かりやすく期待の色が滲んでいて、ロボロは小さく息を吐いた。
「……酔っ払いには手ぇ出さへんよ」
そう言って背を向けた、その瞬間。不意に背中へ腕が回される。首筋に触れる熱い吐息とぴったり張り付いた体温にロボロの肩が揺れ、静まり返った空間にシャオロンの上擦った声がぽつりと落ちた。
「……すき」
耳元で囁かれた言葉に、呼吸が止まる。
――好き?
思考が一瞬真っ白になった。甘く掠れた声が脳内で何度も反響する。酔いに蕩けた声音でふわりと告げられた愛の言葉。肩口に擦り寄る体温が妙に現実味を持って迫ってくる。酔っ払いの戯言だと笑い飛ばすには、その声音はあまりにも柔らかかった。
「好きって、何が」
「……なにがって」
そこで言葉が途切れると、ロボロの肩にシャオロンの顔がぐりぐりと押し付けられる。すぐ横を向けば、その距離は触れそうなほど近い。こちらを見上げた琥珀に心臓が跳ねたことなんて、きっとシャオロンは気づきもしないだろう。すると背後からぐいっと顔を引き寄せられて、今度はシャオロンの方から唇を重ねてきた。
「……そんなん、お前しかおらんやろ」
すぐに唇を離したシャオロンは少し不機嫌そうな声音でそう言うと、またロボロの首元に顔を埋めてしまう。その耳の縁はふわりと赤く色付いていた。
ロボロの心臓がどくり、と脈打つ。シャオロンとは長い付き合いだが、彼のこんな姿を見るのは初めてだった。
肩に回された腕をそっと解くと、きょとんとした表情でこちらを見つめるシャオロンを優しくベッドへ押し倒す。その拍子にスプリングが小さく軋み、栗色の髪がシーツに広がった。さっきと立場が逆だ。琥珀色の潤んだ瞳から送られる熱っぽい視線に、ロボロの平静を保っていた何かがゆっくりと溶けていくのがわかる。
「……あとで、後悔すんなよ」
「後悔?」
「そんなつもりじゃなかったとか言うなってこと」
「んふ、言わへんよ」
シャオロンはふわりと微笑み、両腕をロボロの首裏に回した。優しくベッドに引き込まれて、額がくっつきそうなくらい距離が縮まる。どちらからともなく唇を重ねると、何度も角度を変えて舌を絡ませ、慣れたように深いキスを繰り返す。
「ふ、ぁ……んっ……は、ッんん……」
ロボロが唇を離すと、シャオロンが恥じらうように睫毛を伏せた。その顔はさっきより更に赤みが増しており、ぷるんと弾ける薄い唇は唾液で濡れている。乱れた衣服も相まってその姿はひどく扇情的だ。すると、デニム越しに硬いものがロボロの昂った部分へ擦り付けられる。
「……はやく、ちょーだい?」
切なげな表情を浮かべたシャオロンが、甘く囁いた。
「…………シャオロン、俺がおらんとこで絶対酒飲まんといてな」
「え?なんで?」
誘われたとはいえ、泥酔一歩手前の人間にこんなことをしていいのかと思いもしたが、それ以上に酔ったシャオロンの破壊力が凄まじいことを学んだ。自分以外にもこんなことをしているのかと、想像するだけで嫉妬で狂いそうだ。
「ふふっ、大丈夫やで。他のやつにはこんなことせーへんから」
「ほんまかぁ?」
「あたりまえやん」
シャオロンは琥珀色の瞳を柔らかく細めて、ロボロの唇に触れるだけのキスを落とす。
「ロボロが好きやからするんやで」
◆ ◆ ◆
「――っていうことがあった朝、お前なんて言ったか覚えてる?」
「……」
「「なんで俺もお前も裸?」や」
どうやら思い出したらしいシャオロンが気まずげに目を逸らそうとするが、ロボロは顔を固定する力を強めてそれを許さなかった。
「なんでなにも、俺が脱がしたしお前が脱がしてきたんやろ。あんなに好き好き言うて縋ってきて、自分で準備までして誘ってきたんは誰やねん」
「……や、その……」
あの朝のことは鮮明に覚えている。ロボロが起きたと分かるやいなや、逃げるように距離を取ろうとするシャオロンの反応にもそれなりに傷付いたが、何よりもこちらを見つめる怯えたような表情は軽くトラウマだ。
「お前は酒で全部忘れてるし、それやのに俺ん家来るのはやめへんし、酔ってあんなことになったくせに深夜に酔っ払ったから迎えに来てとか電話してくるし」
「う、うぐっ……」
「……俺がそんなに大人やないのは知っとるやろ。普通にムカついたし、全部なかったことにされてるのも悲しかった」
結局のところ、ロボロは拗ねていたのだ。あんなに散々好きだのなんだの言っておいて、勝手に全部なかったことにされたことに。だから、ずっと素直に事実を伝えずに腹を立てていた。その結果として、少し怯えた様子で抱かれ続けるシャオロンに対して歯痒い疑問を抱き続ける羽目になってしまったが、それでも信じていたのだ。いつかまたシャオロンから好きだと伝えてくれる日が来ると。
「……つまらん意地を張った自覚はある。でも、なんでそんな辛そうに好きって言うん」
どうして、別れの言葉のように愛の言葉を告げるのか。シャオロンはどう考えても自分のことが好きだったしそれを指摘するのは簡単だったが、あの夜のことがリセットされてしまったのであれば、もう一度シャオロンの口からその言葉を聞きたいと思うのは我儘だったのだろうか。ロボロがシャオロンの身体をぎゅっと抱き締める。
「好きやで、シャオロン」
そう静かに告げれば、腕の中のシャオロンの温かさがじんわりと伝わってきた。柔らかい栗色の髪を撫でて、抱き締める力を強める。
「マブダチもいいけど、シャオロンの恋人になりたい」
耳元で「……うそ、」と弱々しい声が聞こえる。ロボロがシャオロンの顔を覗き込むと、その顔の赤さに思わず目を見開いた。
「……う、うそやん……だって、全然そんな感じじゃ……」
シャオロンが耳まで真っ赤な顔で呟く。その声音には分かりやすく動揺が滲んでおり、信じられない、というように何度も瞬きを繰り返していた。
「……俺が言うなって話かもしらんけど、シャオロンって意外と鈍感?」
「えっ?」
「初めて会ったときからずっと好きやったのに気づいてなかったんや」
そう言うと、シャオロンが琥珀の瞳を丸くする。ロボロは笑いながら優しくキスを落として、シャオロンの太ももにゆるく触れた。
◆ ◆ ◆
ロボロの指が体内を掻き回している。根元まで飲み込んだ四本の指をバラバラに動かされて、焦れったい刺激に全身が熱を帯び、内壁に触れる指は念入りにシャオロンの後孔を解していた。
「は、んッ……んん……、っあ、ん……」
肉体的な快感に加え、気持ちが繋がっているという多幸感に心と身体がとろとろに溶かされていくのを感じる。
「もういけそうやな」
ロボロが指を引き抜き、コンドームを手に取った。その間にシャオロンはベッドに手をついて、いつものように後ろを向こうとすると、肩をぐいっと押し戻される。ベッドの上で仰向けになったシャオロンの膝裏をロボロの両手が掴んだ。
「今日はこっちからやで」
ロボロは真っ直ぐにこちらを見つめたまま、ローションの滑りを纏った先端を後孔にあてがう。
「……なんでいつも後ろからしてたと思う?」
「お、俺の顔見たくなかったからちゃうの……?」
「はぁ?んなわけないやろ、むしろ逆や」
ずぷり、と熱が中へ潜り込んできた。執拗く解された後ろはロボロのものをすんなりと飲み込み、シャオロンは身を震わせながら侵攻に耐える。
「正面からお前の顔見てたら、絶対先に好きって言っちゃいそうやったから」
そう言うと同時に、勢いよく腰を打ち付けられた。
「へ、……あッ!」
思いっきり、大きな声を出してしまう。いつもは枕やクッションに顔を埋めていたが、向き合った状態では声を抑える手段がない。慌てて唇を噛んで抑え込もうとすると、ロボロの指にこじ開けられた。
「噛んだらアカンよ」
「……っでも、男の喘ぎ声とか萎えるやろ」
「他の奴のはな。シャオロンの声は聞きたい」
緩慢な動きで腰を揺さぶられると正常位だからか、いつもとは違うところに当たって未知の快楽が全身を支配する。それに抗わずに唇の力を抜くと、口から甘い声が零れた。
「……んぁっ、あ、……ああ……ッ」
「顔が見えんのも、声抑えてんのもほんまは嫌やった」
ロボロが触れている部分から熱が伝播し、体温が上昇するような錯覚に陥る。ずっと知らなかったロボロの感情がどんどん流れ込んできて、シャオロンのキャパシティはとっくにオーバーしていた。熱で塗りつぶされた、いつもより濃いマゼンダピンクの瞳と視線が合う。
「これからはシャオロンの全部、見せてや」
手のひらで輪郭を確かめるようになぞられると、頬に柔らかいものが触れる。こちらを見下ろすロボロの顔がゆるりと緩んで、心臓が甘く締め付けられるみたいだった。
こんなロボロは、知らない。シャオロンのことを愛おしそうに見つめるロボロも、シャオロンのことが好きだと笑うロボロも全てが知り得ないものであり、想像とはかけ離れたそれが現実として存在している。そして、それはきっとシャオロンしか知らないものだ。
「……お前、もしかして俺のこと結構好き?」
「知らんかった?結構じゃ足りんかも」
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ここまで読んでいただきありがとうございます。約二ヶ月半ぶりの投稿です。
人生で初めてエロ書いたんですけど、心が折れそうでした……身体の関係から始まるマブが書きたかっただけです
以上。いつも♡やコメントありがとうございます!
コメント
1件
いやあもう……最初から最後まで、心臓がぎゅうぎゅう締め付けられるお話でしたね。シャオロンの「好きだけど言えない」もどかしさがひしひし伝わってきて、特に「顔が見えない♡♡♡は心が遠い」って描写にぐっときました。ロボロがずっと覚えてたって種明かしされたときは「ああ、そういうことか!」って全部の伏線がつながる快感がありました。お互い好きなのにすれ違ってた時間、報われて本当によかった……!初エロとのことですが、心情描写が丁寧で違和感なかったですよ。お疲れさまでした!