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季節は巡り、半年が経過した。
惑星テラ・ノヴァの荒野には、いまや巨大な産業都市の如き景観が広がっていた。
地平線まで伸びるコンクリートの防壁。
複雑怪奇なパイプラインとベルトコンベアの迷宮だ。
北東のアウトポスト・ブラボーから伸びる複線化された鉄道網には、長大な貨物列車がひっきりなしに行き交い、満載された青白く光る鉱石——『レアメタル鉱石』を、中央精錬所へと運び込んでいた。
電気炉が唸りを上げ、化学プラントが白煙を吐く。
『塩素処理(Chlorine Processing)』を経て、不純物を取り除かれた鉱石は、純度99.9%のインゴットへと姿を変え、専用のコンテナに詰め込まれていく。
それらは再び列車に載せられ、ゲートのある新木場接続点(ジャンクション)へと吸い込まれていく。
工藤創一は司令室のモニターで、その物流の奔流を眺めながら、満足げにコーヒーを啜った。
「順調だな。日本側も、そろそろ準備が整った頃か」
彼が作り出した異星の富は、ゲートをくぐり、地球という巨大な市場を揺るがす爆弾となろうとしていた。
◇
東京都千代田区、帝国ホテル。
そのメインバンケットである『孔雀の間』は、立錐の余地もないほどの人と熱気で埋め尽くされていた。
詰めかけたのは国内外の報道陣、経済アナリスト、そして大手メーカーの役員たち。
カメラのフラッシュが絶え間なく焚かれ、無数のレンズがステージ上の一点に向けられている。
ステージの中央には、『南鳥島周辺海域におけるレアアース泥開発・成果報告会』という巨大な看板。
そしてその下に並んで立つのは、副島内閣総理大臣、経済産業大臣、そして日本財界の重鎮——海道重工会長、海道龍之介だ。
定刻。
会場の照明が落ち、スポットライトが演台を照らす。
副島総理が力強い足取りでマイクの前に立った。
その表情には、一国のリーダーとしての自信と、歴史的な瞬間に立ち会う高揚感が漲っている。
「……本日、日本国民ならびに世界に向けて、極めて重要な発表を行えることを誇りに思います」
総理の声が、静まり返った会場に響き渡る。
「長年、我が国の悲願であり、経済安全保障上の最大の懸案事項であった『資源問題』。
本日ここに、その解決に向けた決定的なブレイクスルーが達成されたことを宣言いたします」
総理が右手を上げると、背後の巨大スクリーンに映像が映し出された。
漆黒の深海。
強力なLEDライトに照らし出された海底を、巨大なキャタピラを持つ重機が掘削し、パイプを通じて泥を吸い上げている。
そして海上では、『海道重工』のロゴが入った最新鋭の資源採掘船が、黒い泥を脱水・精製し、輝く金属塊へと変えていく様子が映る。
もちろん、これらは全てフェイクだ。
映像の海底はCGとセット撮影の合成であり、採掘船の内部で行われているのは、新木場から極秘裏に運ばれたテラ・ノヴァ産インゴットの「積み替え作業」に過ぎない。
だが、その映像の完成度は完璧だった。
この半年の間、海道重工が総力を挙げて作り上げた「虚構の真実」だ。
「南鳥島沖、水深6000メートルの海底に眠る、無尽蔵のレアアース泥。
これまで、その採掘は技術的・コスト的に困難とされてきました。
しかし!
産官学の連携、そして海道重工の持つ世界最先端の深海技術により、我々はついに『商業ベースでの連続揚泥・精錬システム』を確立いたしました!」
オオオオオッ……!!
会場から、どよめきが起きる。
「確認された資源量は、日本の年間消費量の数百年分に相当します。
ネオジム、ジスプロシウム、コバルト、リチウム……。
ハイテク産業の血液とも言える重要鉱物のすべてが、我が国の排他的経済水域(EEZ)内から、安定的に、かつ大量に供給可能となります!」
フラッシュの嵐が巻き起こる。
歴史が変わる瞬間だ。
資源小国と呼ばれた日本が、一夜にして資源大国へと変貌を遂げたのだ。
続いて経済産業大臣がマイクの前に立った。
彼は手元の分厚い資料を掲げ、事務的かつ重々しい口調で「裏付け」を語り始めた。
「本プロジェクトの遂行にあたり、政府は南鳥島周辺海域を『特定重要資源開発区域』に指定いたしました。
すでに海上保安庁より航行警報(NAVAREA XI)を発令し、関係船舶以外の立ち入りを制限しております。
また、JAMSTEC(海洋研究開発機構)による海底地形データの精査も完了し、環境省との協議の上、環境アセスメントもクリアしております」
大臣は、さらに決定的な一言を付け加えた。
「加えて、遠洋まぐろ漁業協同組合などの関係漁業者とも協議を行い、漁業補償契約の締結も完了しております。
採掘船団の母港となる小笠原諸島の港湾整備予算も、本年度の補正予算に計上済みです。
……つまり、すべての法的・物理的手続きは完了しており、明日からでもフル稼働が可能な状態にあります」
会場の空気が変わった。
単なる「実験成功」の発表ではない。
法整備、航行警報、漁業補償。
これらの生々しい行政手続きの完了報告こそが、このプロジェクトが「絵空事」ではなく、すでに動き出している巨大な現実であることを証明していた。
次に海道会長がマイクの前に立った。
半年前、孫娘の命と引き換えに魂を売った老人は、今やその役割を完璧に演じきる名優の顔をしていた。
「海道重工会長の海道です。
……長かった。実に長い道のりでした」
海道は感慨深げに語り始めた。
「深海という過酷な環境。泥に含まれる成分の分離。コストの壁。
数え切れないほどの困難がありました。
しかし、我々の技術陣は諦めなかった。
『日本を資源のない国とは言わせない』。
その執念が、このシステムを生み出したのです」
彼は手元のケースを開けた。
そこには青白く輝くインゴットが鎮座していた。
テラ・ノヴァのアウトポスト・ブラボーで採掘され、創一の工場で精錬された、純度99.9%のレアメタル合金だ。
「ご覧ください。
これが『海道式・深海精錬法』によって抽出された、国産レアメタル第一号です。
品質は世界最高水準。不純物は皆無。
価格も、現在の国際市場価格の『半値』以下で提供可能です」
ざわっ……。
会場の空気が凍りつき、次の瞬間に爆発した。
「は、半値!?」
「価格破壊だ! 市場が崩壊する!」
記者たちが叫び、速報を打つためにスマホを叩く。
これこそがテラ・ノヴァの真の恐怖だ。
価格競争力において、地球上のいかなる鉱山も勝負にならない。
「なお、この画期的な採掘・精錬技術については、安全保障上の観点から、日本政府と海道重工による『国家秘密特許』として指定いたしました。
技術の詳細は一切非公開とさせていただきます」
経産大臣が釘を刺す。
これで外部からの検証は不可能になった。
「深海」というブラックボックスの中に、テラ・ノヴァという真実を永遠に沈めるための最終ロックだ。
◇
その夜。
日本のテレビ局は、どのチャンネルもこのニュース一色となった。
『News Japan Prime』のスタジオ。
メインキャスターの男性が、興奮気味にフリップを指している。
「驚きのニュースが入ってきました。
『夢の国産資源』が、ついに現実のものとなります。
政府と海道重工は今日、南鳥島沖の深海から、レアアースなどの重要鉱物を商業ベースで採掘することに成功したと発表しました」
画面には、南鳥島沖に展開する(ダミーの)採掘船団の空撮映像と、海上保安庁による厳重な警備の様子が映し出されている。
既成事実は完璧に作られていた。
「コメンテーターの山田さん。これは、どれほど凄いことなんでしょうか?」
「いやあ、革命的ですよ。
これまで日本は中国に首根っこを掴まれていましたが、それが今日から逆転するんです。
見てください。ニューヨーク市場ではレアメタル関連銘柄が暴落しています。
逆に日本の商社株や自動車株は急騰。
中国外務省の報道官が『日本の発表には重大な疑義がある。市場の秩序を乱す行為だ』とコメントを出しましたが、これは彼らの焦りの裏返しでしょう」
「なるほど。
では、同盟国アメリカの反応はどうでしょうか?」
「はい。先ほど速報が入りました」
キャスターが手元の原稿を読み上げる。
「米国務省の報道官は『日本の資源開発における技術的進歩を注視している。同盟国のエネルギー安全保障の向上は歓迎するが、市場の透明性と国際法の遵守を期待する』との声明を発表しました。
……慎重な言い回しですね」
「歓迎しつつも、釘を刺している感じですね」
「ええ。
専門家の間では『アメリカ情報機関(CIA)が、あの深海採掘映像の解析を始めているのではないか』という見方も出ています。
あまりにも急激な技術革新ですからね。
今後、日米間での水面下の駆け引きが激化する可能性があります」
日本中が熱狂する裏で、不穏な影が差し始めていた。
◇
会見終了後。
帝国ホテルのVIP控え室。
表舞台での熱狂とは裏腹に、室内の空気は冷たく、静まり返っていた。
ソファに深く沈み込んだ副島総理はネクタイを緩め、大きく息を吐いた。
「……終わったか。
大芝居だったな」
「お疲れ様でした、総理」
日下部が冷たい水を手渡す。
総理はそれを一気に飲み干した。
「しかし、海道会長。堂々たる演技でしたな」
向かいに座る海道龍之介は白髪を撫でつけ、苦笑した。
「演技ではありませんよ、総理。
私は本気です。あのインゴットの輝き……あれは日本の未来そのものです。
たとえ出処が深海だろうが、宇宙の果てだろうが、関係ない」
海道の目には狂気にも似た強い光が宿っていた。
孫娘サクラの回復という奇跡を目の当たりにしている彼にとって、テラ・ノヴァの技術は絶対的な信仰の対象となっていた。
「それに、嘘を真実にするための準備は万端です。
南鳥島沖には、我が社のダミー採掘船団を展開済みです。
衛星写真で見ても、完璧に操業しているように見えます」
「頼もしい限りだ」
総理は頷いた。
だが、その表情は晴れない。
「だが、これからが正念場だ。
日下部くん、アメリカの反応は?」
日下部がタブレットの暗号化通信を確認し、顔を上げた。
「国務省のコメントは定型的なものでした。
ですが……CIA東京支局周辺の通信量が跳ね上がっています。
彼らはすでに動き出しています」
日下部の声が低くなる。
「我々の傍受した情報によれば、彼らは『深海映像』の違和感を拾おうと、フレーム単位での解析に入ったようです。
また、JAMSTEC内部の協力者(エス)に対しても接触を図っている形跡があります。
『本当に、あんなデータが存在するのか?』と」
「……狸どもめ。
やはり簡単には騙されてくれんか」
総理は窓の外の東京の夜景を見下ろした。
無数の光が瞬いている。
その光の一つ一つが、テラ・ノヴァからのエネルギーで輝き始めている。
「賽は投げられた。
もう後戻りはできない。
我々は、この嘘という名の虎に乗って、走り続けるしかないのだ」
「ええ。
工藤氏が工場を動かし続ける限り、我々もまた止まることは許されません」
日下部はポケットの中のスマートフォンを握りしめた。
そこには工藤創一とのホットラインが繋がっている。
◇
同時刻、テラ・ノヴァ。
アウトポスト・ブラボーの管制塔で、工藤創一はタブレット越しに日本のニュースを見ていた。
NHKの海外配信だ。
『日本、資源大国へ! 深海の奇跡!』
『レアメタル、半値で供給へ!』
画面の中で満面の笑みを浮かべる総理と海道会長。
そして、自分が掘り出した鉱石が「深海の恵み」として崇められている様子。
「……ぷっ。あはははは!」
創一は腹を抱えて笑った。
「すげえな、おい!
深海だってさ! 設定が凝ってるなあ!
航行警報まで出して、漁業補償までしたって?
そこまでするか、普通」
彼は涙を拭いながら、イヴに話しかけた。
「見ろよ、イヴ。
俺たちの仕事が、地球じゃ大ニュースになってるぞ。
まあ、名前は出ないけどな」
『……マスター。
貴方の功績が隠蔽されていることに、不満はありませんか?』
イヴが淡々と尋ねる。
「全然?
むしろ好都合だよ。
俺は有名になりたいわけじゃない。
そんなことより、これで日本政府からの支援がさらに手厚くなるなら万々歳だ」
創一は窓の外を見た。
レアメタル鉱山の採掘機が、夜通し稼働している。
その向こうには、彼が計画している「次なる拡張エリア」が広がっている。
「資金も資材も、たっぷり入ってくる。
これで心置きなく『次の研究』に進めるぞ」
彼の手元には新しい技術ツリーのアイコンが光っていた。
レアメタルが解禁されたことで、アンロック可能になった上位技術。
『モジュール(Modules)』
『エネルギー兵器(Energy Weapons)』
『原子炉(Nuclear Power)』
「さあ、忙しくなるぞ。
地球の人たちがレアメタルごときで騒いでる間に、こっちはもっと先の未来を作るんだ」
創一はニヤリと笑い、ヘルメットを被った。
彼の目には、もはや地球の政治劇など映っていない。
あるのは、無限に広がる工場の青写真だけだ。
嘘と真実、熱狂と冷静。
二つの世界は見えないパイプラインで繋がりながら、それぞれの欲望を飲み込み、加速していく。
深海の底に沈められた真実が、いつか怪物のように浮上する、その日まで。
第二部 国家戦略特区「テラ・ノヴァ」編完