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奏斗はその選択を誰にも相談しなかった。
相談した瞬間、引き止められると分かっていたから。
保健室の奥。研究資料室。
音響現象のデータが壁一面に並んでいる。
“個人に紐づく音源の遮断”
“認識対象からの消失処理”
どれも理論上は可能。代償は明確だった。
〈その人間の “存在感” が、
特定の対象から完全に消える〉
記録は残る。顔も名前も消えない。
ただ――
“意味” だけが失われる。
『……これだ』
奏斗は静かに呟いた。雲雀の世界から自分の声を消す。それだけでいい。
その日の放課後。
奏斗はいつもよりよく喋った。
無理にじゃない。昔みたいに。
『ひば、今日の調査さ――』
雲雀は、少しだけ目を見開く。
「……今日は声多いな、」
『そ?』
奏斗は笑う。
『たまにはね』
その “たまに” が最後になるなんて言わない。
帰り道。夕焼け。
二人の影が並んで伸びる。
奏斗は歩きながら思う。
『(……今なら)』
雲雀の声がまだ残っている。
まだ世界が遠くなりきっていない。
『……ねえ』
奏斗が言う。
『もしさ』
雲雀が顔を向ける。
『急に僕が静かになったら』
一拍。
「……それは、困る」 即答。
奏斗は胸の奥がぎゅっと潰れる。
「……でも」 雲雀は続ける。
「それでも……奏斗が決めたなら俺は……」
言葉を探す。
「……分からん」
その答えが、十分だった。
夜
奏斗は申請書を提出する。
対象:風楽奏斗
遮断対象:渡会雲雀
理由欄は空白のまま。
処理前夜
奏斗は屋上に立っていた。風が強い。
スマホを取り出し録音アプリを開く。
『……雲雀』 一度だけ。
『僕さ』 少し笑う。
『お前の世界にちゃんといたかったんだわ』
保存しない。削除。
翌朝
雲雀は教室で席についた。
いつもの時間。いつもの光景。
――なのに。
「……?」
胸の奥に引っかかる感覚。名前が出てこない。
「……誰か」 呼びたい。でも何を?
チャイムが鳴る。奏斗はもう振り向かない。
処理は今日の放課後。それで終わる。