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「今日は本当に一段とお美しいです、奥様……」
最近入ったばかりの若いメイドが感嘆としたようにそう声をもらした。
「あっ、もちろん奥様はいつもお美し……」
私が自身の容姿について触れられるのをひどく嫌っていると知っているメイドは、思わず漏らしてしまった言葉にハッと息を呑み、慌てて口元を手で覆った。
先ほどまで豪華な装飾品たちを手に慌ただしく動いていた他のメイドまでもが一斉に足を止め、恐る恐る私の顔色を伺い始めた。
私は彼女たちに視線を向けずに、姿見に視線を固定したまま目を細めて自分自身を凝視する。
鏡に映る女は、相変わらず退屈そうな顔をしている。
普段と変わらない乾いた瞳と陰気な顔だが、それでも今日は、頭から足先までやけに輝いていることに気づいた。
貴族として最低限の身なりを整える以外、着飾ることにまったくの興味を示さない私とは対照的に、メイドたちは何ヶ月も前から今日という日のために並々ならぬ情熱を持っているようだった。
何度も繰り返し私の全身を手入れしていた彼女たちの姿を思い出した私は、淡白に言い放った。
「今日の私が美しく見えるのなら、それはあなたたちのおかげよ」
「え……?」
「なによ、変なことを言ったかしら」
今日に限った話ではなく、私が公爵夫人としての威厳を保てるのも、誰よりも私の身の回りの世話をしてくれる彼女たちあってのこと。
「と、とんでもありません」
メイドは戸惑いと嬉しさが混ざり合った何とも言えない表情を浮かべると、すぐにまた仕事に戻っていく。
そんな彼女たちの姿を見つめながら、私は下唇を噛んだ。丁寧に乗せられた口紅が落ちないように気遣いながら。
妙な気分だった。
憎き父と揃いの金髪と青い瞳が、私は昔から大嫌いだった。
だから容姿に触れられるたびに、激しい不快感と憎悪が怒涛のように押し寄せてきたというのに……。
それなのに、今日ばかりは不思議と嫌な気持ちが湧いてこない。
「バカみたい……」
居心地の悪さを誤魔化すように鏡台に映る自分自身を睨みつけると、すぐに顔を背けて部屋を出た。
・ ୨୧ ┈┈┈ ⋯ ┈┈┈ ୨୧ ・
「お久しぶりです、公爵夫人」
無礼にも大きくあくびをしながら私に挨拶した男、魔法使いノア・ランセル。
彼は私の私室に備わった窓枠に足をかけると、悠々と部屋の中へと入り込んできた。
主治医のセドリックに伝達を頼み、こっそりとノアを部屋に呼び出した私は、予め窓を全開に開けておいたのだった。
「突然呼び出して悪かったわ。とりあえず、こっちに座って――」
「まさか夫人、俺に惚れられたのですか?」
「は?」
向かい合う形で置かれた椅子の方向へ歩いていた私は、後ろから聞こえてきた信じられない言葉に振り返ると、ノアを鋭く睨みつけた。
「あれ、違いましたか? 手紙で誰にも気づかれないよう部屋に来いと言われた上に、今日は一段と着飾られているものですから、てっきり」
「てっきりじゃないわよ! 帝国民のくせに、今日が聖祭だということも知らないなんて!」
「ああ、なるほど。もうそんな時期でしたか」
ノアは表情を一切変えることなくそういうと、ソファへと腰掛けた。
初めから期待はしていなかったけど……この男、前に会った時よりも酷い態度だわ。
それでも無理を言って急遽呼び出したのは私だ。
そう自分に言い聞かせ、なんとか怒りを抑える。
「分かっていると思うけど、今日は忌々しい聖祭に参加しないといけないから時間が無いの。あなたとくだらない世間話をしたくて呼んだわけじゃないことくらい分かるわよね?」
「もちろんですよ。今日俺を呼んだのは、それが神殿の奴らに気づかれないか確認させるためでしょう?」
「……セドリックから話は聞いているみたいね。分かっているのなら、早く結論に入って」
わざとらしく顎を突き上げて言い放つ。
「お節介な神殿の人間にこのことが知れたら、一体どんな面倒なことを言ってくることか知れたものじゃないわ」
私に光魔法を強制しても無駄だと誰よりも知っている彼らは、私の目の前にレティシアを連れてくるに違いない。
「心配することは何ひとつありませんよ。黒魔法というのは、聖女の光魔法にしか解けない呪いのようなものです。基本は聖女以外に確認できないものです」
ノアは気怠げに脚を組むと、どこか冷ややかな眼差しで私を見つめた。
「ですから公爵夫人が気にかけるべきなのは、もう一人の聖女くらいでしょう。彼女が他言しない限りは、まず気づかれません。気づく人間があなたたち聖女の他にいるとしたら、俺のように魔塔出身の魔法使いか、あなた方を襲った黒魔術師くらいでしょう」
私の不安を他所に、ノアは意地悪っぽく付け加えた。
「まあ、どうしても不安なら、さっさと光魔法を使って消し去ってしまえばいいんじゃないんですかね」
・ ୨୧ ┈┈┈ ⋯ ┈┈┈ ୨୧ ・
「奥様、そろそろお時間です」
「今、行くわ」
魔塔出身の生意気な魔法使いが去った後、開かれた窓を閉めているとちょうど廊下から声がかかった。
すぐに返事をした私は、急いで扉を開けると、メイドを連れて玄関へと向かった。
働いた者には、相応の対価が与えられるべきだ。
ノアを私室へ呼び寄せたことは、私を除いてアルスハイン公爵家にいない。
そのため報酬金を内密に用意することは難しく、売ればお金になるからと言っていくつかの装飾品を渡そうとしたが、ノアは「そんなものは必要ありません。その代わりに……」と言って、机に置いてあったチョコレートの箱をいくつも持ち帰って行った。
あんなに偉そうな態度を取るくせにチョコレートが好物なんて、と思わず笑い出してしまいそうになったのはここだけの話。
今度から、もっと沢山のチョコレートを用意しておけば、もう二度と私に向かって生意気な口を利くことはないかもしれない。
今後も私は光魔法を使うこともなければ、もう一人の聖女レティシアの手を借りることもない。
つまり黒魔法とは永遠を共にしなければならないということ。
必然的に、魔法使いである彼とも長い付き合いになってしまうだろう。
「フレイア」
そんなことを考えていた時だった。
背後から名前を呼ばれ、私はゆっくりと振り返る。
「今日は珍しく着飾っているんだな」
私は彼の頭から足先まで、ゆっくりと時間をかけながら凝視した。
大丈夫、どこにも怪我は負っていない。
「神殿に着いたら着替えることになるのが勿体ないくらいだ」
そう言って爽やかに笑ったのは私の夫。
ルシアン・アルスハイン公爵。
彼は、私の目の前まで歩み寄ると、慣れたように私に向かって手を差し出してきた。
「……同じ柄なのね」
そう小さく呟いた私は、彼の身に纏う燕尾服を凝視した。
帝国で一年に一度の聖なる祝いごと。
そのためメイドたちは随分と張り切って今日のために私に代わって色々と準備を進めてくれていた。
私が今着ている純白のシルクでできたドレスには、アルスハイン公爵家の紋章でもある薔薇の刺繍が金糸で華やかに施されている。
そして彼の燕尾服も、よく見ると薔薇の刺繍が金糸で丁寧に入れられていた。
どこかのバカな皇太子と違って、ルシアンは無駄な装飾品を纏ってもいないのに鬱陶しいくらい輝いていた。
『ところで、夫人が公爵に付きまとっていると言うのは本当なのですか?』
『一体誰がそんなバカげたことを言っていたの?』
『さあ、ただ酒場で耳にしただけです』
『……ほら、また黒魔法を使う刺客が襲ってくるかもしれないでしょ。彼が死んで未亡人になるなんて屈辱、私には耐えられないもの』
『驚いた。まさか夫人が、公爵にそこまでゾッコンだったとは』
あまりに情けなくて涙が出そうだった。
私は目を細めて彼の姿を凝視すると、少し前にノアと交わした会話を思い出して、眉をひそめた。
私は相変わらず就寝時と入浴時を除いて、ルシアンの傍から離れようとはしなかった。
最初は困惑した様子を見せていた彼も、次第にこの異常な状況に慣れてきたらしい。時には朝早く、彼の方からわざわざ私の部屋を訪ねてくることすらあった。
約束を守らないで部屋から出るなんて、と怒ったが、なぜか彼は満足そうな顔をするばかりだった。
だから人々がそんなバカなことを考えるのも、至極当然のことなのかもしれない。
「どこか気に入らないところでもあるのか」
不思議そうに問いかけてきたルシアンに、私は慌てて頭を左右に振ると、彼の手を取った。
「別に。ほら、早く行きましょう。面倒ごとはさっさと終わらせてしまわないと」
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