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黒樹は意味が取れなかった。
この空間でこれから何が起ころうとしているのかを。
「ねぇ、何するの……?」
だけど異様な空気だけは読み取れていた。
黒樹の問いに、涼ははっとして自分を恥じた。
黒樹はたしかに文奈たちに歩み寄ろうとしていた。だけどそれ以前に、こいつらは”そういう”やつだった。黒樹の無知と好奇にあまえて、元に戻ろうとしちゃいけない人物だった。
それを忘れたがために、いま黒樹は怖がっている。
「……そうだったな、そういう奴らだったよな」
涼は自慢の瞬発力でまず尊に殴りかかった。幸か不幸か、避けた勢いそのままに転倒していく。文奈が悲鳴を上げ、涼はそれを止めながら尊を再起不能にさせる。
そのまま振り返り、文奈にもとどめを―
「……動いたら、燃やす」
涼は堪らず固まった。
文奈は黒樹の焔で首を質にかけられていた。文奈が炎の存在に怯えて絶句している。そりゃそうだ。こんな能力、西洋人なら悪魔だなんだと騒ぎ立ててもおかしくない。
「黒……樹……」
黒樹の覇気が異様だ。
正直、怖い。あきらかな怒りと敵意……そして強者の目をしていた。
「ねぇ、何するつもりだった?」
黒樹は火をじりじり近づける。文奈の脳はすでに熱と痛みを感じだしていた。
「ねえ、言ってよ。僕と涼に何をしたかったんだよ!!」
黒樹の顔は怒りに満ちていた。ひたすらに、自分と涼にかぶさった危険を滾らせるように。猛る黒樹の焔はいつかと同じ不安定な黄色いよじり炎に変わっている。これは危ないと、涼は思った。
「……ただ、してみたかっただけ……なんていうとでも思う?私はさ、生まれた家から間違えてたの。あんな家庭にいたくなかった!!幸せな奴が嫌いなのよ!!」
文奈は本音を吐き散らかした。死を覚悟してはじめて、人は仮面を外すのだ。
「なんなのよ、涼は私たちを捨てたの!!昔から一緒に喧嘩して……共栄にも代同にも、高校の頃からずっと勝ってきた!なのに、一人だけ大人になった!!」
享栄と代同。今はそうでもないが、少し前まで名古屋では名の知れた不良がよくいる高校だった二校だ。
「あの頃から涼は男に貪欲だったけど、変わってないみたいだからここに連れてきたのに、またあんただけ大人ぶっちゃってさ!!だから巻き込んでやったのよ!!」
文奈はそれから静かになって、そのまま泣いた。ため息だけで、ただ泣く姿は、涼の知らない文奈の姿だった。
「そんな理由で……ふざけるなよ」
幾刻は火を消した黒樹の指先がまた熱を吹いた。
「涼は嫌だったんだ!大人になって何が悪い!!」
文奈にもう言い返す力は残っていない。
黒樹は焔を文奈の首筋に当てた。
文奈の死に際の蝉のような疲弊した悲鳴が響く。
「黒樹!!」
涼は強く止めようとしたが、黒樹にはまるで届かなかった。もう黒樹の心には、文奈を殺すという考えがあった。
止めようにも、止められない、正解のない問題が、そこに唄っていた。