テラーノベル
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ルイスと一年越しの約束をした私は、彼と手を繋いで屋敷に入った。
その時にはもう、日も暮れていた。
「あの」
屋敷に入ってすぐ、私は皆に声をかけた。
クラッセル子爵、マリアンヌ、グレンが私に注目する。
「屋敷にいる間は、『ロザリー』と呼んで欲しいのです」
「分かった。ならば、ここに滞在している間はいつものように話すね」
「お願いします。クラッセル子爵」
私はまだ”ロザリー”でいたい。
私の願いを受け入れたクラッセル子爵は、普段のように話してくれた。その気遣いが今は嬉しい。
マリアンヌとグレンも頷いており、私の願いに応えてくれるようだ。
「なら、僕も君に訊くけど……、フォルテウス城へはいつ帰る?」
「……」
クラッセル子爵が核心を突く。
私がロザリーでいられるのも時間の問題。
クラッセル邸での滞在が長ければ長いほど、クラッセル子爵やグレンの立場が悪くなる。
クラッセル子爵はメヘロディ王国への忠義、グレンはカルスーン王国への不信感。
私がこの屋敷にいる間、捜索は続いているだろうし、もって三日だろう。
フォルテウス城内の捜索が終われば、トゥーン、クラッセル領内へ伸びるからだ。
「国王に手紙を送る、という手もある」
「いえ、お父様には直接謝ります」
黙っている私に、クラッセル子爵が手紙を提案した。
話しづらいのであれば、文字で伝えてはいかがだろうかと。
私はクラッセル子爵の提案を断った。
手紙では激昂しているアンドレウスに本心が伝わりづらい。誰かが代筆しているのかと邪推する可能性もある。
「明日か明後日には……、ここを出ます」
ぼそぼそとした声で私は答えた。
答えを聞いたクラッセル子爵は私にふっと微笑みつつ、私の隣にいるルイスを見た。
「ルイス君は、どうする?」
「俺は……、ロザリーと長く一緒にいたいです」
「だろうね。客間を用意する」
「ありがとうございます」
ルイスはクラッセル子爵に頭を下げた。
きっと同じ部屋を用意されるだろう。
「僕は明日の仕事もあるから、これで」
私とルイスの意見を聞くと、クラッセル子爵は玄関から去って行った。行く先からするに執務室のようだ。
「明日、音楽学校を受験した生徒たちに合否を聞きに行くの」
「そう、ですね。そういう時期ですね」
マリアンヌが明日のクラッセル子爵の予定を話してくれた。
指導した生徒の合否結果を聞きに行くのは、心が重いだろう。顔には見せなかったがものすごく緊張しているに違いない。
「ロザリーはご飯までルイスと一緒に居たいわよね」
「……はい」
「じゃあ、私とグレンは演奏室にいるわ。ね、グレン行きましょ?」
「えっ、あ、うん」
マリアンヌはグレンの返事を聞かずに彼を演奏室に連れて行った。
残ったのは私とルイスだけ。
屋敷に入り、皆と会話をしている間も私たちは手を繋いでいた。
「ルイスはどうしたい?」
私はルイスに問う。
ルイスはすぐに答えた。
「二人きりになれるところに行きたい」
「なら、私の部屋に行きましょう」
私はルイスの手を引き、共に部屋へと向かう。
☆
私の部屋に入り、ソファに座った。
並んで座れるので、私はルイスの隣に座る。
「ロザリー」
「待って、その前に話したいことがあるの」
繋いでいた手が離れ、私の肩に回される。
私はルイスに引き寄せられる。身体が密着し、ルイスの心音が聞こえた。
ルイスは私の名前を呼ぶと、自身の顔を近づけてきた。
真摯な黒い瞳、柔らかい唇。
好きな人が私を求めている。
けれど、その前に話さなきゃいけないことがある。
私は人差し指でルイスの唇に触れ、口づけを止めさせる。
「話したいこと……?」
「うん」
キスを中断され、ルイスは残念そうな顔をしていた。
私もルイスに甘えたい。この機会を逃したら、一年間ルイスに会えない、触れられない。
だけど、それを我慢してでもルイスに話しておかないといけないことがある。
「王女の私がルイスと結婚する方法」
「まずはその話をしなきゃ、だな」
身分の差。
王族である私と平民であるルイス。
この関係では到底、結婚は許されない。
ルイスが騎士になったとしても、アンドレウスは認めてくれない。
「一年の間に解決しないといけない問題が二つあるの」
「二つ……」
「一つ目は、私の身の安全」
「身の安全って……、ロザリー、フォルテウス城は危ない場所なのか?」
「……多分」
私の立場について、ルイスには話しておかないといけない。彼にも関係することだから。
でも、口が重い。
これを話したら、ルイスを不安にさせてしまうし、復讐心を煽ることになってしまう。
「そんな場所にお前は帰らないといけないのか?」
「うん。アンドレウス国王がそう望んでいるから」
「どうして危ないんだ?」
「私の存在を認めたくない人たちがいるから」
私は意を決して、アンドレウス国王から聞いた話をルイスに伝える。
トキゴウ村の孤児院が襲撃された真相を。
その狙いが私であったこと、ルイスは巻き込まれただけだったこと、首謀者は亡くなった王妃だったこと。
「嘘……、だろ」
真実を知ったルイスの声は震えていた。
真っ青な顔をしていて、身体は小刻みに震えている。
身体を密着させているから、それがよく分かる。
「私のお母さんが殺されたのも、王妃さまが暗殺者を仕向けたから」
「で、でも! そいつはもう死んだんだろ!? だったら――」
「首謀者である王妃さまは亡くなったけど、私の存在を快く思っていない人たちが……、いるの」
それは、私の存在が公になったフォルテウス城の広間で判った。
皆が私に向ける視線。
私の存在に歓迎しているもの、驚いているもの、そして否定するもの。特に否定するものたちの視線には憎しみが込められていた。
「その人たちは私の暗殺計画をいくつも考えていると思うわ」
「……孤児院の奴らを皆殺しにした奴も、その中にはいるってことだよな」
「ええ、きっと」
トキゴウ村の孤児院を襲った暗殺者。彼はまだ捕まっていない。私の命を狙う可能性だってあるのだ。
「お父様はルイス一人では私を護ることができないと思っている。だから権力のある貴族との結婚が一番だって言うの」
「その……、ロザリーの結婚相手はもう決まっているのか」
「……知りたい?」
「そりゃ、俺の女を奪おうとする男だ。気になるに決まってるだろ」
声と身体の震えも止まった。
取り乱してもいない。
今の状態のルイスであれば、話せるだろう。
アンドレウスが決めた私の婚約者が誰なのかを。
「ライドエクス侯爵家の長男、オリオン・アキ・ライドエクスよ」
ルイスのライバルになる男の名を、私は彼に告げた。
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