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「でね、ここのお店のアクセサリーがすごく可愛いなーって思ってて、任務後の休みでお店に行ってみたら内装から何から目に入るもの全部が可愛くって!」
「それは良かったね。何か気に入るものはあったのかい」
「うーん、いいなと思ったものはあったんだけど何だか目移りしちゃった。取り敢えず見るだけにして帰ってきちゃったんだけど、また今度行こうと思ってるの」任務を終えて高専に帰校すると教室内で読書をしていた夏油くんに遭遇した。ここ数週間私は少し長めの任務だったので偶に先生への現状報告に戻ることはあれど、それぞれ任務を抱えている学友に会える機会も少なく、ましてや落ち着いて話をする時間もなかったので久々に会えた友人に少しばかり心が踊ってしまっていた。静かに読書している彼に「夏油くん久しぶり」と教室の入口から声を掛けると、彼はふと顔を上げて私の顔を見て、やあ久しぶりだねと読んでいた本を閉じて安心する笑みを浮かべてくれる。「半月ぶりくらいかな、今回の任務も無事に終わったかい」とゆるりと会話が続いたので読書の邪魔をしてごめんねと断ってから彼の座っている前の席に腰掛ける。夏油くんは「久々に君の元気そうな顔を見れて嬉しいよ」と子供にするように私の頭を撫で、慈しむように目を細めた後でああ、と言葉を続けた。「また外出する時にはもし良ければ悟も一緒に連れて行ってくれないかな。悟は君がいない間君の話ばかりしていてね。今回は少し大変な任務だっただろう?私も心配だったけれど悟は事ある事に君の心配をしていたよ」
「えっ嘘、五条くんが?嬉し···、···いやきっと雑魚なのに今回の任務は荷が重いだろとか弱いくせにしゃしゃんなよとかそういうのでしょ。いっつも私にネチネチ嫌味言うもの」
「また君は···。まあいつもの悟の感じだとそう思われても仕方がないな。あいつは頭が良いくせに中身が子供だから···」
「誰が子供だって?」夏油くんとの会話に夢中で教室の入口に仏頂面で立っている五条くんに気が付けなくて心底吃驚してしまい、うわっと漏れてしまった声に「可愛くねー驚き方」と半笑いとともに有難いご感想を頂いた。不機嫌を身に纏った五条くんは眉根を寄せてこちらを見遣っている。可愛くない女の子でごめんなさいね、なんで顔を合わせてすぐに嫌味を言われなければいけないのよと心の中で返すけれど口には出さない。五条くんと違って私は大人なので。「···何か嫌なことでもあった?いきなり突っかかられても意味がわからないよ」
「は?自分の胸に手を当ててみろよ。いや当てる胸もないか。お前絶壁だもんな」
「···何かあったのかもしれないけれど関係ない私達に当たるのは止めてくれる?あと私は絶壁じゃなくて着痩せするタイプなだけだから変な罵倒止めてよね」
「そうやって必死になって弁解するってことは図星なんじゃねーの。まあお前の胸になんて微塵も興味ないけどな。ゴシュウショウサマ」
「ねえ夏油くん、コイツなんなの?なんで会っていきなりこんなに言われなきゃいけないの?」
「まあまあ、···悟、ちょっと言い過ぎなんじゃないか。久々に会えたのだから機嫌を治してもっと楽しい話をしよう」
「機嫌治せって何?俺は全然普通だけど?たかが任務1つ終わらせたくらいで頭に花咲かせられるなんて能天気な奴はお気楽でいいよな」な、何···?なんでこんなにけちょんけちょんに言われないといけない訳···?五条くんの態度に全く身に覚えがないものだからどんな言葉を掛ければいいのかも分からないし、下手に話すと言葉のナイフで理不尽な攻撃を食らうのが目に見えているので口を噤むのが1番の得策のような気がしてくる。頼みの綱の夏油くんも苦笑してしまっていて、これ以上無意味な言い合いをしていても仕方ないので五条くんの不機嫌は天災のようなものだと思って今日は撤退しよう。夏油くん、親友の貴方なら五条くんを上手くいなせると思っているので私は逃げるね。ごめん。「···じゃあ私はそろそろ帰るね。2人ともまたね」
「は?逃げんのかよ。都合が悪くなったらトンズラなんて流石だわ」
「···五条くんは私にどうしてほしいの?」
「はいはい2人ともストップ。よし分かったこうしよう」私たちの終わりの見えない不毛な会話にパンパンと両手を打ち終止符を打った夏油くんは、私たちが口を噤んだのを見て相変わらずの穏やかな表情でとんでもない事を言い出したのだ。「2人で今から買い物にでも行っておいで。気分転換だよ、気分転換」
2人とも今日はもう何も無いだろう、折角2人の休みが被ったことだし羽を伸ばしておいで。そう言う夏油くんに五条くんは当然「は?何で俺が、」とサングラスの下から凄んでみたものの、どこ吹く風の夏油くんは「じゃないと悟のこの前の失態をこの子に話してしまうよ」とゆったりとした含みのある口調で言い聞かせると、1つ舌打ちをした五条くんは「あ゙〜〜クソ」と悪態をついた。頭をガシガシと掻いた五条くんは仕方なく、とにかく仕方なくというさらさら納得はしていない表情で「わーったよ、行けばいいんだろ行けば」と溜息を着くと私に向かって「お前今日は何もないんだろ。グズグズしてねーでさっさと行くぞ」と雑に言葉を投げ掛けるとすたすたと長い脚で教室から出ていってしまった。訳が分からず夏油くんを見ると、「悟を宜しく頼むよ」と言われてしまい、私は何一つ納得できないまま五条くんを追いかけることになってしまったのだ。結局夏油くんは何でこんなことをさせだしたのだろう。五条くんに気分転換させるにしてもそれを私に押し付けるなんて、少し、いや大分酷くない?そしてあの五条くんがここまで素直に言うことを聞かざるを得ないほど知られたくない失態とは。私理由も知らされずただただ巻き込まれているだけじゃない?
どこを目指すでもなく適当に電車に乗り適当に降りた土地で私は五条くんの斜め後ろを歩きながらぽんぽん出てくる釈然としない気持ちとともに彼の背中を眺めていると、それまで黙りだった五条くんが「あんさ、」と投げ掛けてきたため慌てて思考を中断させる。「なに?」
「いや、なんでずっと俺の後ろ歩いてんだよ。隣歩けよ隣」
「あ〜···確かにね、何となくね」行き場所が分からないこともあり何となしに斜め後ろを着いて歩いていたけれど、確かに後ろを歩かれるのは落ち着かなかったかもしれない。言われたまま素直に五条くんの隣に並び立つと改めて彼の背の高さを実感した。外の空気を吸ったからか何となく教室にいた頃より五条くんの雰囲気が柔らかくなったような気がしたので、ふと思ったことを伝えてみる。
「五条くんって背が高いよね」
「まあ···って何?いきなり」
「いやただ思っただけだよ。こうやって街中を任務以外で一緒に歩くなんて新鮮だなあと思ったら改めてね。人混みの中ではぐれてもすぐに見付けられそう」
「ふーん。まあお前は小っこいから絶対埋もれるよな」いつも通りに笑う五条くんの姿に、なんだか無性に安心をした。今日は出会い頭からいつもの五条くんらしくなくて移動中もずっと気を張っていたのかもしれない。もしかすると任務で何かあったのかもしれないけれど、今は2人で出掛けているのだ。息抜き、気分転換には持ってこいである。折角ここまで来たのなら、もういっそのこと少しでも五条くんの気が紛れるような時間となるように私も努力をしたほうが良いのでは、と思えてきた。「···そういえば、この近くに可愛い雑貨屋さんがあってね。1回見に行ったんだけどアクセサリー類がどれも可愛くて選びきれなかったんだよね」
「お前って優柔不断だもんなー。そういうのはフィーリングで選ぶもんだろ」
「まあ優柔不断な自覚はあるけれど···。でも本当に素敵なデザインのものばかりでね。その事を夏油くんに話したら、今度は五条くんと一緒に外出するといいって言ってくれて」
「···ふーん」丁度信号待ちとなり、歩みを止めたタイミングで会話もふと途切れてしまった。五条くんは男の子だしあんまり乗りにくい話題だったのかもしれない。こんなに綺麗な顔をしているから性別を感じさせないところもあるのだけれど、彼もれっきとした男性であるのだし女性向けのアクセサリー類なんて興味が無かったかな。そう思案していると、自転車がベルを鳴らしながら真横を通り過ぎて行って信号が青に変わったことに漸く気が付いた。数歩前に立つ五条くんが何をしているんだというような顔をしてこちらを振り向いている。「あ、えと、ごめんね」
「なにぼーっとしてんだよ。俺といるのに考え事なんて生意気すぎね?」
「あはは、ごめんってば」五条くんの俺様ぶりに声を出して笑ってしまう。五条くんの横に並んだタイミングで私の手に彼の温かい手が触れた。たまたま触れたというよりも、意思を持って触れて、そしてそのままグッと力を込められる。えっなに?なんで?突然のことに思わず目を見張っていると、「お前がぼやっとしてるのはいつものことだけど今怪我されると面倒だし」 と形の良い唇を尖らせてむっとしている五条くんは、繋いだ手はそのままに歩き出す。予想外に骨ばってごつごつした五条くんの手にドキリとした。それから数秒の間を置いてふいに「お前はさ、」と呟く。
「傑のことどう思ってる?」
「夏油くん···?なんで?」
「いいから」
「うーん、いきなり言われてもなあ···。いつも落ち着いていて頼れる人だと思っているよ」
「···傑に頭を撫でられても、なんつーか、こう、ドキドキ?したりしねえ?」
「えっ」頭を撫でる。···それって教室でのやり取りを聞かれていたということではないだろうか。確かに夏油くんは事ある事に私に優しくしてくれる。でもそれは別に特別な感情があるわけでもなく、夏油くんは優しい人だから親愛を持って接してくれているだけに違いない。これはもしかして夏油くんとの仲を疑われているのかな。親友である夏油くんに変な虫が付いて欲しくない、みたいな。「夏油くんはそういう気持ちで優しくしてくれているわけじゃないと思うよ。私だって勿論嬉しいけれど特別ときめいたりはしないかなあ」
「···じゃあ俺は?」
「え?」
「俺のことはどう思ってんの」真っ直ぐ前を向いていて合うことのなかった視線が今はこちらを向いていて、サングラス越しに私を捉えているその青く美しい瞳がどこか迷子の子供のように揺らいでいて。どうして五条くんがそんな顔をするのか分からなかったけれど、何か言わなければと心が逸った。「五条くんは···、とにかく規格外みたいな。呪術師としての腕も、その唯我独尊なところも」
「···」
「でもやっぱり凄く頼れると思ってるよ。それは夏油くんも同じだけれど、でも一緒にいるとなんというか違う気持ちがして、ええっとそう、ドキドキするっていうか、何だろう、 口も性格も悪いのは承知の上だけれど、優しい所もあるし見かける度に格好良いなあって···ってなにその顔。どうしたの?」
「いや···お前、俺のこと好きすぎじゃん」眉根を寄せてこちらを見ている五条くんの言葉に少しの照れ隠しが混ざっていることに疑問を感じ、私はそこで漸く結構な告白をしてしまったのではないかということに気付いたのだった。五条くんのことを好き。これはそう、そういった意味の告白と取られても仕方の無いような···。
「えっ···待って、違うの、そういう意味じゃなくて。いや全部嘘じゃないんだけど、特別変な意味は無いっていうか、ええっとあの、」
「····マジか〜お前傑よりも断然俺のことのほうが好きだろ。妬いて損したわマジ妬き損」
「えっ····えええ?」
「お前弱っちいんだから他の奴じゃなくて俺の傍にいたほうが生き残れるんじゃね?」五条くんの話にたくさん突っ込みたいところはあるのだけれど、その端正な顔立ちに少しの気恥しさを混ぜ込んで、まるでいたずらっ子のように笑うなんてズルい。夏油くんに妬くってなに?俺の傍にいた方がってどうして。そんなの、期待をしてしまう。五条くんに釣り合わないと思って、このままずっと伝えることなく心に仕舞っておこうと思っていた淡い気持ちが出てきてしまう。う、嘘、待ってそんな。「···あの、あのね。盛大な勘違いだったら笑い飛ばしてね、」
「なに?」
「ご、五条くんって私のこと、その···、好き、だったり···」
「はあ?」
盛大な溜息をついて五条くんは私の手を握っていた手を離した。えっやっぱり私の勘違いだった?自意識過剰もいいところだった?俺がお前を好きになるわけなんてねえだろ自惚れてんなよって笑い飛ばされるんじゃ、
「お前は俺のことが大好きでしょ。俺もお前が好き。ここまで言っても伝わんねーならマジヘコむんだけど。」
「わっわわ」唇を尖らせて少しムッとしたような表情をした五条くんはそのまま私の頭をわしゃわしゃと掻き乱すものだからすっかり髪の毛が乱れてしまった。「な、なんてことするの」五条くんの言葉とその突拍子もない行動に気が動転して髪の毛を抑えつつ漏れ出た言葉に、五条くんは「はは、やっぱお前大好きだわ」と青空のように晴れやかに笑ったのだった。そんな一夏の終わり。