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「名前入るよ〜。なんとッッ!ここにポッキーが一箱ありやす」
「うわ、急に入ってくるからビックリした····。何?ポッキー?」
「ってことは〜? やるでしょ♡僕とポッキーゲーム♡」
「絶対言うと思った········」次任務についての事前情報を受け取りに来た次いでに、級友の硝子へ会っていこうと彼女の城である保健室で待っていた私の元へガラララと騒音へ一切の配慮なく引戸を引き突如現れた人影。テッテケテッテーテーテテ〜〜〜と、国民的アニメにおける ひみつ道具を取り出す際の効果音(しかも年代を感じる古い方)と顔の良さを存分に活かしたキメ顔とともに彼が取り出し掲げて見せたのは11月11日定番の甘味で、思わずため息をついてしまう私を意にも介さず目の前の彼はにぱにぱと笑い出す。「名前、ポッキーゲームのルールは知ってる?この両端を咥えて食べ進めていくだけだから簡単だよね。オマエでも出来るでしょ?」
「肝心なところを言わない五条くんに悪意を感じるよ」
「まあまあ。僕は負けない自信があるからオマエがどこまで恥ずかしいのを我慢できるかだな〜 アツーいちゅう♡をしたいなら僕は大歓迎だけど絶対名前は途中で逃げるに100ペソね」
「········五条くんって人を煽るのも超一級だよね」ポッキーの箱を片手に、両手の人差し指を器用に立ててウインクをする五条くんは煽りの天才だ。高専時代から同じクラスで死線を潜り抜けている内にいつしか気の置けない友人となった彼は、高専を卒業後もそのバグのような距離感で絡んでくるのだからこちらとしては堪らない。「で、やるの?やらないの?やるよね名前?」
「いや冷静に考えてやらないでしょ。どうしてこの歳で彼氏でもないのに五条くんとポッキーゲームしなくちゃいけないの」
「えっ····名前、それって僕と恋人になりたいってこと?」
「ち、違うってば、そんなマジで驚いた顔しないでよ。なんで今の文脈でそう捉えるのかなあ」
「でもさあ、名前学生の頃言ってたよね?いつか僕のことを負かしてやるって。あ〜····確か体術の稽古で僕に惨敗したときだっけ」
「········え」
「ほら、コレって別に実力差とかカンケー無いでしょ。ただちょっと照れくさいのを我慢して美味しいポッキーを齧るだけで僕に勝てるかもしれないチャンスだよ?」
「そ、それは········」悪魔の囁きだ。
何も体術の稽古だけでは無い。学生の頃から何かと煽ってくる五条くんに何度一泡吹かせてやりたいと思ったことか。芋づる式にこれまでの雪辱を思い出させられて眉を顰める私を、五条くんは口端を上げて楽しそうに眺めている。一切自分が負けるとは思っていない勝者の余裕だ。
私が途中でポッキーを折り逃げると確信している五条くん。けれども、本当は真っ当で優しい彼のこと。ギリギリまで粘ればきっと耐えかねてあちらから折ってくれるに違いないはず。数年間の濃厚な日々をクラスメイトとして共に過ごした経験から、五条くんは多少捻くれた性格をしているけれど根は真っ当で実質良識ある人であると知るに至ることができた。だからこそ、私にはそんな確信があったのだ。だから、
「····いいよ。分かった。やるからには負けないからね」
「いいね、そうこなくっちゃ♡」
私を侮っていられるのも今のうち。楽しそうに目元を弛ませるご尊顔を前にひっそりと決意する。今日こそは、粘りに粘って五条くん相手にささやかな勝ち星をあげてみせるのだから。
「じゃ、僕が先に咥えるね」と早々にポッキーの先端を口端にした五条くんがハイドーゾと目線で訴えかけてくる。私と五条くんの間には絶対的な身長差があるため、空きベッドへと腰掛けてくれた五条くんが必然的に上目遣いで見詰めてくるのだから心臓がきゅっと収縮した。顔が良すぎる人のそんな仕草は心臓に悪いし、―――それが長年片思いをし続けている人なら尚更だ。羞恥で握った拳にじんわりと汗をかく。これは早々にこのゲームを終わらせてしまった方が絶対いい。なんせ私の心臓が持たない。「それじゃあ、失礼して····」と顔にかかる髪を耳に掛けながら身を屈めてポッキーを咥えようとした私を「名前、違うでしょ」とどこか甘ったるく諌めた五条くんは芝居がかったため息をつくとポッキーを一度手に持って、動きを止めた私の腰を鷲掴んで自分の方へと強い力で引き寄せた。「えっわわ····?!」
「名前分かってる?今からするのはポッキーゲームだよ?そんな余所余所しい距離じゃなくってさあ、これくらい近付かなきゃ♡」
「う、うそ、そんなポッキーゲーム知らない····っ」
「はー····これだからおぼこは····。いい名前?僕の膝から降りたらその時点で名前の負けだからね。ほらゲームは始まったばかりだよ、僕に勝つつもりならがんばって」
「うう〜〜····こんなの最初に言わなかったじゃん、五条くんのいじわる····っ」五条くんに強く腰を引かれて崩したバランスは、彼の膝の上に跨ることで安定した。そう、五条くんの膝の上に乗っかって向かい合わせのまま至近距離で顔を見ているのだ。五条くんは驚くほど身長が高いから私が彼の膝の上に乗っても見下ろせず、ようやく同じ高さで視線が合うくらいなのもまた恥ずかしくなってしまう一因で。
私を見遣るその綺麗な青い瞳が嬉しそうに弛んだまま、私の手首をゆるりと導いて彼の肩へと着地させてしまう。そ、そんな愛おしげな顔で見つめないで。心臓の音が五月蝿くって敵わない。「そ。僕、名前にはちょっと意地悪なの。どうしてだと思う?」
「········し、知らない。私のことがきらいなの」
「はあ?名前って鈍い通り越してバカなの?一体今までのどこをどう見てそう思うわけ、ンなわけ無いでしょ」
「····じゃあどうして」
「名前がゲームに勝ったら教えてあげる。―――ほら、もう一回」ん、とこちらへ寄越された五条くんの咥えている反対側。
····もうこうなったら腹を括ってちゃっちゃと終わらせよう。頑張れ私、女は度胸よ と京都校の桃ちゃんの言葉をモジって勇気を出す。羞恥心を押し殺し 一世一代の根性でポッキーを咥えるために口を開こうとするも、濃く長い白い睫毛に彩られた青い瞳が確かな熱を持って私を見つめているのだから思わず息が止まってしまった。
········や、やりにくすぎる。
「五条くん。········目、閉じてよ」
「えー?てかその台詞ってこれから僕達がちゅーするみたいだよね」
「········え?あ、いや違くて····!」
「まー僕は名前とチュウしたいんだけどね。このゲーム仕掛けたのもあわよくば、って下心だし」
「········ま、····またそんな冗談言って········」
「冗談····ねえ。まあいいよ、はい。名前のご希望通り目閉じたから今度こそどーぞ」瞼を閉じた五条くんを前に、バクバクと高鳴る心臓を落ち着ける。そう、今度こそ いよいよ肝心のポッキーゲームだ。やることは単純。私はポッキーから口を離さず折らず逃げなければいいだけ。限界まで近付いたであろう所で、本当に私とキスをしようとは思っていない五条くんが慌ててぽっきりと折ってくれるはずなのだから。ゆっくりと顔を近付けてポッキーを口先に咥える。それを察したのだろう五条くんが、一口、そして二口と食べ進めた。えっ待って、食べ進めるの早くない?お互いの間にある距離はどのくらいかなんてパニックの脳内ではもう見当が付かないけれど、もう少しで五条くんの高い鼻と私のそれほど高くもない鼻がぶつかってしまう。ちゅーする、しない以前に鼻がぶつかるのだけれど一体どうすればいいの····?!最初の一口から進めない私が動揺していると、眼前で五条くんの美しい睫毛が震えて、ゆっくりと瞼が上がった。こんなに近くで彼の相貌を見ることなんて初めての経験で、真正面から私を射抜くその瞳の中、虹彩の描く模様の美しさに状況を差し置いて惹き込まれてしまう。五条くんはゆうるりと美しく目許に笑みを浮かべると、顔を軽く傾けてぽきり、とまた一口食べ進めた。····鼻がぶつかる心配は無くなったけれど、これで最後までお互いに食べ進めることが出来るようになってしまったのだ。体感で言うと残りの猶予はあと5センチ程。お互いの吐息が感じられる距離で、五条くんは「どう?降参でしょ?」と視線で問いかけてくる。
恥ずかしくなった私がポッキーから口を離して逃げるのを嬉嬉として待っている彼に、今日こそは負けないんだからと対抗心を燃やした私はそこから一口、小さくではあるけれどぽきり、と齧り進めてみる。
私のそんな行動を受けて完全に予想外だったのか五条くんは目を見開いて、その吐息が小さく震えた。ちょっとだけ、優越感。今まで勝負ごとで五条くんに勝利できたことは早々無いけれど、今日は珍しく勝てるかもしれない。もう一口、食べてみよう。近過ぎて微妙にピントが合わない視界に不安はあるけれど、きっともう一口縮められる程の猶予はあるはず。勝利を目の前にした私は妙に胸が高鳴っていて、驚くことにもし五条くんとキスしてしまったとしても良いとさえ感じていた。五条くんも冗談ではあるけれど私とキスしたい、と言っていたし、私もポッキーゲームの勝敗はもちろんのこと、厭にモテる彼から与えられた、後にも先にもこの一度だけかもしれない機会に便乗して 叶わない恋心にせめてもの甘酸っぱい思い出が欲しかったのかもしれない。
もう一口、少しだけ先程よりも大きく齧ってみる。
―――ぽきり。「あ」
「····な、名前、バッッッカじゃね〜〜の?!?」肩をグイッと押しやられると同時に、軽やかな音を立てて一本のポッキーは分断された。 私ではなく、五条くんの意思によって。
「名前、オマエ分かってる?あと一口で僕とちゅーしちゃう所だったんだよ?そんなに僕に勝ちたかった?名前ってば目標のためなら何でも出来ちゃうところホント何とかした方がいいよ、てかさあもっと自分を大事にしろって········ って、は········?」
「············そ、そう········だね。やだ、私ってば········」穴があるなら入りたい。
たかがゲームでこんなに真剣になってしまうなんて、そしてそれをあろう事か仕掛けてきた張本人に諭されてしまうなんて。····それに、五条くんとキスをしてもいい····ううん、したいとさえ、思ってしまうなんて。顔が真っ赤に染まっている自覚はあって、そんな自分の醜態を隠そうと視線を落とし両手で頬を覆って見せるけれど、きっと耳まで赤くなってしまっている私を見つめている彼相手にそんなささやかな抵抗は何の意味も為さなかっただろう。
―――どうしよう。期待してしまっていた分、きっと今の私は浅ましくも物欲しそうな顔をしているに違いない。
五条くんは私とキスしてしまうかもしれなかったことに怒っているかな、それとも呆れてる?ゆらゆらと泳がせていた視線を恐る恐る五条くんに向けてみる。五条くんは戸惑いつつもその綺麗な肌を真っ赤に染めていて、私の顔を見ると驚いた顔で目を見開いた。動きを止めて時が止まったかのように互いの顔を見つめ合う。静寂の横たわる保健室では、時計の音と自分のやけに速い鼓動だけが知覚できた。カチ、カチ。ドク、ドク。····あれ、どうしてこんなことになったんだっけ?と一種の現実逃避なのかどこか他人事のように感じてしまいそうになる状況下で、私の両肩を痛いほど掴む、湿度を伴った五条くんの熱い体温が私をここに繋ぎ止めていた。そうして五条くんは何か言葉を紡ぎ出そうと、その形の良い薄い唇を戦慄かせて声帯を震わせる。
「····名前。嫌だったら平手打ちでもして逃げてよ」五条くんの顔がなんだか普段見ている彼の表情とはまったく違うもので、その緊張とも、高揚とも、不安ともつかぬ真剣な表情に胸がきゅっと締め付けられてしまう。そんな顔をして、そんな優しい言葉で私の気持ちを確認するなんて狡い。····いっそのこと、強引に私の唇を塞いでくれればいいのに。「········い、いやじゃない、です」
あまりの緊張に引っ付いた舌の根を引っペ返して乗せた言葉は、きちんと私の感情を伴って部屋の中へと溶けていったようで安心した。思わず敬語になってしまった私の言葉に ふは、といくらか相好を崩した五条くんはお互いがポッキーを咥えた最初の位置へとしっとりと距離をつめて「········好きだよ。僕がちゅーしたいと思っているのは名前だけだからね」と 密やかな愛の告解を終えたのちにその熱を重ね合わせた。