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丈の短いスカートを履いていたので、歩くときはヒヤヒヤだった。
露出癖のある人ならば、ノーパンである今の状況を楽しむのだろう。しかし、美緒は一切楽しいとか、見られることに快感を思えなかった。
すれ違う男性、後ろを歩く男性、全ての異性が、自分に注目しているように感じる。エスカレーターを乗るときは、体を横向きにして、ハンドバッグでスカートの裾を抑えていた。
「ホントに最悪」
何度、同じ事を口にしただろうか。
下着売り場へ足早に歩き、新しいショーツを見る。じっくりと見ている時間さえ、もったいなく感じた。
「どれが良いかな……、あっ、これなんか……」
美緒は赤いショーツを手に取った。個人的に赤が好きだった。赤い物を身につけていると、それだけで能動的になり、元気がわいてくる気がする。アウターは比較的落ち着いた服を着るため、下着はその反動で少し派手になってしまうのかも知れない。
赤いレースの生地に、黒いフリルのついたショーツ。同色のブラジャーとセットだが、いつも身につけている物よりも、少し大人っぽい。値段もそれなりだ。
美緒はショーツを手に、足早にレジへと向かう。
お金なら持っている。先ほど、圓治から受け取った封筒。そこには決まって二万円が入っていた。
美緒は茶封筒から出したお金で支払いを済ますと、トイレへ向かった。
そこで買ったばかりのショーツを身につけ、一息つく。収まるべき物が、収まった。布きれ一枚だったが、この安心感は絶大だった。
スマホで時間を確認する。時刻は四時になろうとしていた。
「あ、慧君……」
慧からSNSでメッセージが届いていた。
『こんにちは、美緒さん。今、僕は本を読んでいます。美緒さんは家族と過ごしているのかな? 楽しんでください』
木(ぼく)訥(とつ)なメッセージだ。だけど、それが慧の実直な人柄を表現していた。
美緒は返信メッセージを送ろうとしたが、画面に触れることが出来なかった。
ほんの一時間前まで、慧の知らない男性とセックスをしていた。その罪悪感が、美緒の指先を固めていた。
お金を貰って圓治とセックス。今に始まったことではなく、ライフスタイルの一部として、美緒の中で確立されていたと思った。だけど、セックスが終わった後の罪悪感は、いつも以上だった。
慧とは、偽りの関係。それは、圓治との関係よりも、薄っぺらで繋がりの弱い物だ。それなのに、慧に対する返信一つできやしない。
「…………」
結局、美緒は返信ができず、そのままトイレを出て、下りのエスカレーターに乗った。すれ違うカップルから視線を背け、美緒は下を見る。丁度、書店が見えた。面体台の上には、見たことのあるタイトルがあった。
「あれって、慧君が言っていた……」
ファンタジーフェアと称して、様々なファンタジー小説が並んでいた。その中の一冊が、慧が言っていた『無限の海』という小説だった。
「慧君、これを読んでいるんだ」
美緒は小説を手に取ってみる。
いわゆる、一般のライトノベルよりもかなり厚い。中を見てみても、挿絵が一つも入っていない。美緒が読んだことのあるライトノベルとは違う、本格的なファンタジー小説のようだ。
手にした無限の海を見つめていた美緒は、しばらく立ち止まって考えた後、レジへ向かった。
会計をするとき、美緒は茶封筒を手にしていたが、それをハンドバッグの底に仕舞うと、財布から現金を取り出して支払いを済ました。
なんとなく、圓治から貰ったお金を使う気にはなれなかった。
その日、美緒は家に帰ると、久しぶりに小説を読んだ。
結局、慧にメッセージを返せたのは、その日の夜遅く、眠りにつく直前だった。
『おやすみなさい、大好きな慧君』
美緒は自分で打った文字を見て、恥ずかしさで死にそうになり、枕に顔を埋めた。