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覚悟の告白を経て三人の気持ちを打ち明け合った翌日。
俺はなんとアルバート公爵様から呼び出された。
セレナお嬢様も同じく呼ばれているということは十中八九、昨日の事だろう。俺はマリアさんから呼び出されたことを聞いた時、一瞬にして顔が青ざめた。昨日は完全に忘れていたのだがお嬢様と恋愛をするということは、本人の同意だけではなく公爵様から直々に許しを得ないといけないという訳だ。
ああ、怒鳴られてボコボコに殴られるだろうな…
俺はこれから起こるであろうことを全て受け入れる覚悟を決めて公爵様のいらっしゃる部屋へとマリアさんの案内で向かう。昨日とはまた違った覚悟が必要になるんだろうなと少しばかりの疲労感を感じながらも背筋を伸ばす。
コンコンコンコンッ…
「マリアです、ユウト様をお連れしました」
「うむ、入れ」
部屋の前へと到着するとマリアさんはすぐに扉をノックした。
もう少し心の準備をする時間が欲しかったがそんなことを言える余裕はなかった。
俺は「失礼します」と綺麗なお辞儀を決めて部屋へと入る。
少しでも公爵様の怒りを鎮められればと誠意ある言動を心がけていこう。
「やあ、よく来てくれた。そこにかけてくれ」
「は、はい!」
何故だか分からないが公爵は予想よりもかなり穏やかな様子であった。俺はその穏やかさが逆に妙な不気味さを醸し出しているように感じ、より一層気を引き締めることにした。
俺がソファに腰かけるとそこにはすでにセレナお嬢様も公爵様の隣で座っていた。彼女もこれから起こることに緊張しているのかもしれないと思ってチラッと顔を見てみてみると意外にもその表情は緩んでおり、やる事をやり切った満足感のようなものを醸し出していた。
俺はもう状況がよく分からなくなったため思考を停止して流れに身を任せることにした。とりあえず怒られたら謝って誠意を見せて覚悟を示そう。ただそれだけを心に決めてあとは受け身で待つことにした。
「さて、今日来てもらったのは他でもない…セレナのことについてだ」
「…はい」
ついに来てしまった、愛する娘に寄ってくる悪い虫を追い払う父親の怒りが炸裂する時が。俺は怒鳴られるのと同時に殴られても仕方がないと歯を食いしばって瞼をぎゅっと力強く閉じる。
「…ユウト君、セレナをよろしく頼む」
「はい、すみませんでした!!!………….えっ?」
公爵様の口から出てきたまさかの言葉に俺は固く閉じていた瞼を開いて公爵様の方へと視線を向ける。すると公爵様も俺のおかしな返事に不思議そうな表情を浮かべてこちらを見ていた。
「…ん?どうして君が謝るんだ?」
「あっ、いや、てっきり『よくも大切な娘を!』と怒られるものかとばかり…」
俺がそのように率直に伝えると少し間をおいて公爵が大きな声で笑い出した。その様子を見ていたセレナお嬢様も必死に笑いをこらえる素振りを見せていた。俺、何か変なことでも言ったのだろうか…?
「あー、いやすまない。まずは誤解の無いように先に伝えておこう。私は君たち二人の関係については何も怒ってなどいないし、むしろ積極的に応援している立場なのだよ」
「えっ?!」
俺は思いもしなかった公爵の反応に驚きを隠せなかった。
許すどころか応援されていたなんて…
「ユウトさん、実は私がユウトさんに告白する前からお父様にはこのことを伝えていたんですよ」
「えっ、そうだったんですか?!」
じゃあ俺が心配する理由なんて全くなかったっていうのか…
そのことに気づいた俺はどっと疲れが押し寄せてくる感覚に襲われた。
するとアルバート様はしみじみと自らの感情を噛み締めるように話し出した。
「あれはちょうど君が王都を出発した後だったかな。セレナから君のことが好きになったという話を聞いたんだ。私も妻もこの子の話を聞いたときにはかなり驚いたものだよ。この子が誰かを好きになるということもそうだが、それ以上に私たちに何かをお願いするということ自体が初めてだったからな」
アルバート様は話ながら昔を思い出しているのかどこか遠くを見つめていた。そんな彼は時々言葉を詰まらせながらもゆっくりと語っていく。俺もそんなアルバート様の気持ちを真剣に受け止めようと襟を正す気持ちで向き合う。
「私たちは今までこの子に苦労を掛けた上に、君も知っていると思うがその魔眼の持つ能力のせいで他の貴族たちからは気味悪がられて避けられてしまっている始末だ。どうにかこの子の能力をいい方向に活かせないか試行錯誤してみたが結局何も変えることは出来なかった。そうして結果的にセレナは家族以外に対して心を閉ざしてしまった。そんな様子を見ていると私は…とても辛くて仕方がなかった。何もこの子にしてやれない親としての無力さと申し訳ない気持ちで、本当に申し訳なかった…」
すると話しているアルバート様の目から一筋の涙が流れ落ちる。
しかし横に座っているセレナお嬢様の頭をなでながら笑顔で話を続ける。
「けれどもあの事件を経て、セレナは君と出会いどうしてだかまた心を開くようになってくれた。そして以前よりも明るく前向きになったようにも感じるのだ。それもこれも君という存在がセレナを誘拐犯からも、そして心の闇からも救ってくれたからに他ならないと私は思っている。そしてそんな君にセレナが恋をしたというんだ、親としては応援こそすれこのことに反対する理由なんてないだろう?」
「あ、ありがとうございます」
俺もアルバート様につられたのか目頭が熱くなっていた。
それと同時に心の中から暖かい感情が湧き出しているのも感じる。
「それにだ、貴族として娘を嫁がせる相手が君であることは非常にありがたいのだよ。今や君は仮とはいえエストピーク殿に認められたSランク冒険者だ。そんな実力のある者に私の娘を嫁がせられるのだから貴族としても鼻が高い。親としても貴族としてもこの子の幸せを願うのならば、君との結婚を認める以上のことなどないと私は思っている」
アルバート様は真剣な眼差しでこちらを見つめる。
その目には親として真に子供を想う気持ちが込められていることをひしひしと感じた。
「セレナお嬢様、いやセレナさんのことは必ず幸せにします!今までの辛かったことや悲しかったことがかき消せるぐらい楽しいことや嬉しいことを積み上げていきたいと思います!!」
俺はアルバート様を、いや目の前にいる大切な娘をもつ一人の父親を安心させるため自身の覚悟をことばでぶつけた。その言葉をアルバート様の横で聞いていたセレナさんは口に手を当てて目から大粒の涙をボロボロと流していた。
「ああ、君になら任せられると信じている。どうかセレナを幸せにしてやってくれ」
「はい、もちろんです」
俺とアルバート様は互いに深く深く頭を下げる。
その長い間、部屋には静寂とセレナさんの控えめの泣き声だけが響いていた。
「…あの、アルバート様。大変恐縮なのですが、実は…」
セレナさんの件がひと段落ついて談笑モードになっていたところで俺はもう一つ切り出しにくい話題をアルバート様に伝えることにした。それはもちろんレイナさんのことだ。いくら貴族にとって一夫多妻制が一般的であるとはいえ、こんなにも幸せを願っている娘のほかに愛している人がいるというのはどう思うのか正直俺には未知数だ。
そうして俺はレイナさんのことを伝え終わるとこれもまた意外な反応が返ってきた。
「ああ、もちろんその件についてもセレナから聞いている。それについてはセレナが問題ないと言っているから私からは特に何もない。ただセレナのことを大切に、幸せにしてくれさえすれば構わない。私たち貴族にとって何人も妻がいるのは特に変なことでもないからね。逆に私のように一人の妻しかいないほうが珍しいと言ってもいいぐらいだ」
思った以上に寛容な返事で何だか少し気が抜けるような感じがした。まあただ公爵様のお許しを得たということで大きな問題は乗り越えたって感じかな。あとはレイナさんの両親に挨拶か、それもそれで緊張するな…
そうして俺たちはアルバート様と少し話をし、セレナさんとともに部屋を後にした。その帰りにセレナさんが近寄ってきたかと思ったら少し小さな声でこちらへと話しかけてきた。
「そういえば、ユウトさん。先ほど私のことを『セレナさん』って呼んでくれましたよね?」
「あっ、すみません。その場の勢いで呼んでしまいました。もし嫌ならもとに戻しますが…」
「いえ、そうじゃなくて…もしよかったら『セレナ』って呼び捨てで呼んでもらえませんか?」
そうお願いしてきたセレナさんは少し顔を赤らめて上目遣いという何ともドキッとするシチュエーションであった。そんな彼女を見て俺は胸の高鳴りが抑えられなくなり心拍数が急上昇してしまった。
「あっ、えーっと…せ、セレナ」
「はい!ありがとうございます、ユウトさん!!」
すると俺の呼び捨てがそんなにも嬉しかったのか満面の笑みで微笑んだ。
その笑顔は反則だろ…
だがしかし俺はお金や地位なんかよりもよっぽど価値のあるものが近くにあるということが本当に嬉しく、幸せな感情がずっと湧き出続けてきていた。これが自分の幸せの形なんだとそう思った。