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kurara
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「んねー聞いてよー、今朝おれの妻がさー」
またか。
と、諦めを孕んだセリフを心の中で呟き、「うんうん」と適当に相槌を打ちながらコンビニ弁当の蓋を開ける。
「──って強めに言ってきたから、『じゃあ行ってきたら?』って俺も強めに言っちゃったのよ。そしたらなんて返ってきたと思う? 『⋯⋯引き止めてくれないの?』だってさ! あーもう可愛いかよ」
テーブルを挟んで俺の向かいに座り、時おり頭を抱えて悶絶しながら喋っているコイツは、俺の同僚の若井。
同僚の中でも営業成績が良く、高身長イケメンで女性社員にモテモテ。
昼食の時間になると、社内で特に親しい人がいない俺を誘ってくれるめちゃくちゃ良い奴。
そんな完璧なスペックを持ち合わせていれば色んな女と遊び放題だろうが、若井には愛する妻がいるので、女性とのご飯もお出かけも絶対にお断りする、誠実さと一途さも兼ね揃えている。
⋯⋯と、ここまでなら絵に書いたようなイケメンなのだが。
コイツの唯一の欠点を挙げるとするならば、その愛する妻の惚気話をして、とにかく妻の自慢をしてくるところ。
「今日の弁当はなにかなー⋯⋯ お、唐揚げ! 昨日ボソッと『唐揚げ食べたいな〜』って呟いたの覚えててくれたんだ〜」
「はい、よかったですね」
語尾にハートが付くような喋り方で愛おしそうに唐揚げを見つめる若井を横目に、俺はコンビニ弁当の冷たい唐揚げを口に放り込む。
⋯⋯なんだかとても虚しい。
「そんな悲しそうな顔すんなよ、俺の唐揚げとお前の唐揚げ交換してあげるから」
「やだよ、それでどうせ『やっぱ俺の妻が作る唐揚げが一番』とか言うんだろ? そんなの俺が余計に切なくなるだけだろうが」
独身の俺へのイジメか?
だが実際、若井の奥さん作の弁当は本当に美味しそうで、色も栄養もバランス良く考えられているのはもちろん、若井の健康を気遣う気持ちと愛情が感じられるような弁当で。
羨ましい気持ちが込み上げてきて、パンパンの口に更に唐揚げを詰め込む。
それを見て、若井もカリッと唐揚げにかぶりついた。
そんないい音 立てやがって⋯⋯
次の日。
「若井ー、なんで今日は先に行っちゃったんだよ?」
俺も、他の同僚のことも昼食に誘うことなく、ひとりでテーブルに弁当を置いて固まっている若井の背中に、躊躇いつつ声を掛けた。
反応しない若井を不審に思いながら、蓋の開いた二段弁当を覗き込む。
「⋯⋯あ? ⋯⋯フフっ、おま、奥さんと喧嘩、したのか?」
具がほとんどなく、代わりとして空いたスペースにこれでもかと野菜が詰め込まれた弁当。
そしてもうひとつの段には、大きく『バカ』と海苔でくり抜いて作られた文字が、白米の上に並べられていた。
誰がどう見ても、喧嘩した翌日に奥さんが嫌がらせで作った弁当にしか⋯⋯
「⋯⋯昨日、夜に俺の方が色々と求めすぎちゃって、痛がってるのに俺、全然止まれなくて⋯⋯ そしたらまぁ、嫌われて、こんなことに」
「うゎ、内容が生々しい」
しょんぼりと肩を落とした若井の隣に腰掛けると、わっと泣きつかれてしまった。
「どうしよ⋯⋯ 一度こうなると、謝ってもしばらくは許してくれないパターンだよこれ⋯⋯」
「まあ⋯⋯ たぶん奥さん、体とか痛かったんだろ? そんな状態で弁当つくってくれるとか、めっちゃ優しいじゃん。俺は恋愛経験がそんなに無いから分かんないけど、そこまで怒ってるわけじゃ⋯⋯ないと思う」
「⋯⋯たしかに」
こんな俺のアドバイスというか助言というか、とにかく若井の心に届いたらしい。
「……よく考えたら、この『バカ』って文字も、『自分は怒ってますよ』って伝えるためにわざわざ海苔を切って作ったってことだもんな。うわ、可愛すぎるでしょ」
いつもの調子を取り戻した若井が、海苔と白米をガツガツ食べ始める。
なんだか少しホッとした。
「帰ったらちゃんと謝れよー?」
「ふぁい」
また次の日。
「だぁー残業やだぁー!」
明日が期限の資料をつくり終えてないらしく、残業がほぼ確定して泣いている若井。
自分のデスクに突っ伏して大声で嘆いているところをなんとか宥め、互いに弁当を持ってテーブルについた。
「せっかく仲直りしたのに、早く帰ってイチャイチャできないとか無理!」
今日は、というか今日も、ランチタイム中はコイツの話を聞かされるだけで終わりそうだ。
「仕方ないだろ、割り切って諦めろ? その奥さんには説明したのか?」
「朝に一応言ったけど⋯⋯ でも無理! 残業する気力なんて残ってない!」
ワーワー騒ぎながら弁当の紐を解き始めたのを見て、俺もコンビニのレジ袋を漁る。
突然、ピタッと動きを止めた若井を反射的に見ると、その手には小さい紙切れが握られていた。
「⋯⋯ん、なにこれ」
おそらく弁当と一緒に包んであったであろう二つ折りにされた紙を開いて二人で覗き込むと、
『可愛い妻のためにも頑張って稼いでこい』
と可愛らしい丸文字で書かれていた。
たぶん、朝に若井から残業の知らせを聞いて奥さんが書いたんだろう。
その肝心の若井はというと、紙を持ったまま固まってしまっている。
「⋯⋯おい?」
「え、⋯⋯ めっちゃ可愛いんだけど。いつも自分のこと可愛いとか言わないのに⋯⋯」
一瞬にしてやる気が補充された若井は、テーブルを叩いて立ち上がると、
「ご飯食べながら資料つくってくる!」
と自分のデスクに駆けて行った。
今の一連のやり取りを聞いていたらしい二人の女性社員が、
「若井くんにあんなに思われるなんて羨ましいなぁ」
「よっぽど美人な奥さんなんだろうね」
と言いながら去っていく。
“妻”と聞いて一般の人が思い浮かべるのは、まあ女性の姿だろう。
だが俺だけは知っている。
若井の言う妻が男だってこと。
若井に直接教えられたわけではないし、むしろ若井は、奥さんが男性だということを隠しているように思える。
でも⋯⋯バレバレなんだよな。
幸せそうな顔で若井がスマホを見ている時は、決まって待ち受け画面が表示されている。
ピースしている若井と、その隣に並ぶ、小柄で可愛らしい顔立ちの男性。
おそらく、というか絶対、あれが若井の奥さん。
同性愛者に対しての風当たりがまだ強い今、若井は周りに良く思われないのが嫌で、妻の性別について特に触れないでいるんだろう。
でも、いつも惚気話を聞かせている俺には、言ってくれてもいいんじゃないかと思ってしまう。
俺は別に、男と女の恋愛も、男同士の恋愛も、誤差だとしか思わない。
若井が去って行った方向を見つめながら、奥さんについての告白をしてくれる日を、なんとなく心待ちにするのだった。
[newpage]
とても長く感じられた残業を乗り越え、ようやく自宅に着いた。
妻が寝ている時間かもしれないので、抜き足差し足で廊下を進んでいく。
リビングをそうっと覗くと、ソファに座ってうつらうつらとしている妻の姿が見えた。
駆け寄りたい衝動を抑えて一歩踏み出すと、その足音で俺の存在に気づいたらしく、立ち上がって俺の元に駆け寄ってくる。
「んふ、待っててくれたの?」
「は、違う、眠れなかったからなんとなくリビングに居ただけ、」
色白の腕をパタパタさせて抗議する姿が可愛すぎて、自分より小さい体をぎゅうっと抱きしめる。
「眠いなら先に寝てても良かったのに……」
「っいやだから、眠くないし、滉斗のこと待ってたわけでもないし、ほんと、自惚れんな」
ツンデレを発揮しながら、俺の背中に腕を回してくる。
「はあ、ほんとに、可愛すぎ⋯⋯元貴って本当に男の子なの?」
「⋯⋯そのさ、頻繁に男かどうか聞いてくるのなんなの? お前がいちばん知ってるでしょ」
面倒くさいと言いつつも、律儀にこのやりとりに付き合ってくれるところも可愛い。
この世に存在していることが信じられないくらい可愛い。
「まぁそうだよね、その女の子みたいな顔に似合わない、ちっちゃいのが付いてるもんね?」
ちょっと意地悪な言い方してみると、ハの字眉で、顔から首まで真っ赤になって、腕の中でバタバタと暴れ出した。
「も、寝る! 若井のこと待ってた僕が馬鹿だった!」
「やっぱ待っててくれたんだー」
「ちッ違う待ってない! ⋯⋯ちょっ離して!」
キャーキャー騒ぐ元貴をお姫様抱っこで寝室まで連れて行って、その後は⋯⋯
ここから先は、同僚のアイツにだけ教えてあげようかな。