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奏斗は静寂に耐えられない人間だった。
施設の廊下が無音になると、わざと足音を大きくしたり、意味のない独り言を呟いたりする。
『いや〜今日寒くない?』
『この自販機、また売り切れだし』
返事がなくても喋る。
それが癖で、それが彼の“生きてる証”だった。
雲雀はその声を後ろで聞きながら歩いていた。
一定の距離、一定の歩幅。奏斗の声が前方から流れてくると、自然と足が止まらない。逆に声が途切れると、一瞬だけ判断が遅れる。
自分でも気づかないほど微細な変化。
『ひばさ』
奏斗が振り返る。
『ほんと静かだよね』
「……そーだな」
『普通こんな仕事してたらもっと文句出るって』
雲雀は少し考える。
「……必要なことやし、」
感情の乗らない声。
それを聞いて、奏斗は一瞬笑うのを忘れた。
回収現場は小さな公園だった。
夜、街灯の下。
ベンチに、微かな音片が残っている。
『……別れ話、か』
奏斗が波形を見て言う。
『強いな、これ』
雲雀は黙って頷き、ベンチに近づく。
「……」
音片が、雲雀の中へ流れ込む。
泣き声。縋る声。
(行かないで)
雲雀の表情は変わらない。
「……回収 完了」
淡々と告げる。奏斗はそれを見ていられなくなって、わざと明るく言った。
『よし!じゃあ帰り飯いこ!」
「……ん」
帰り道。
奏斗はわざと大きな声で話す。
『ひば、昔どんなやつだった?』
「……普通」
『絶対嘘でしょ。こんな冷静なやつ、子どもの頃からじゃないの?』
雲雀は、しばらく黙ってから答えた。
「……昔から感情薄いって言われてた」
その言い方が事実報告すぎて。
奏斗は喉の奥が詰まる。
『……それ、嫌じゃなかったの?」
「別に」 即答。
「楽やった」
その瞬間、奏斗の胸が痛んだ。
施設に戻ると奏斗は記録室に入った。
今日の音片を整理する。
再生
泣き声。
怒鳴り声。
謝罪。
全部ちゃんと“残っている”
次に事故現場のデータ。
――雲雀の声。
再生不可。
波形、ゼロ。
『……やっぱり』
奏斗は、机に手をついた。
『なんでだよ……』
その夜。
雲雀は部屋で静かに座っていた。
何もしていない。音楽も動画もつけていない。
それでも――
耳の奥で声がする。
『ひば、無理しないでね』
『ちゃんと飯食えよ』
『……大丈夫?』
奏斗の声。
うるさい。
そう思うのに、止めたいと思わない。
雲雀は、小さく呟いた。
「……消えんといて」
その声は、やっぱりどこにも残らなかった。