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私は私をひとしきり抱いて満足して眠りについた博貴に、あのイヤホンのようなものをつけた。

電源を入れると、博貴は心底幸せそうな顔になった。


何気なくつけたタブレットには信号が送られているようで、彼が今いるだろう世界が映し出された。


使い方は分からないが、オプションの操作をしなければ記憶と思考で作られた理想の世界を体験できる仕組みのようだ。

私の時は博貴を選ばないと地獄を見るように操作されていたのだろう。


彼に従順で彼のことだけを愛している彼の中の自分が痛々しい。

博貴の世界の私は彼のことが大好きで彼の為に尽くしたい気持ちに溢れている。

盲目的に彼を慕う感じは、結婚前の私のようだ。

(こんな都合の良い女でいられ続ける訳ないじゃない⋯⋯)


見ているだけで気持ち悪くなってしまって、私はダイニングに戻りテーブルの上の離婚届を手にした。

(離婚届の証人欄の記載がない、このままでは出せないわ)

婚姻届を出すのと同じように、成人した2人の証人が離婚するには必要だ。


私はこの離婚を証人して欲しい2人に連絡した。


ひどい頭痛がするのは安全性の確認されていないもので脳神経がやられてしまっているからだろう。

でも、一晩休んだことで、何とか体を動かせるようになってきた。


♢♢♢


「鈴木菜々子さん。急にお呼びして申し訳ございません」

私は博貴の浮気相手である鈴木菜々子さんをカフェに呼び出していた。


「あのさ、慰謝料200万円は用意するから文句ないでしょ。こっちはお腹に子供もいるんだから、手間をかけさせないでよ。夫婦関係は終わってるんでししょ。さっさと離婚して!」

私が作った世界の鈴木さんとは違う、私に嫌悪感を隠さない彼女がそこにいた。


「慰謝料はいらないです。慰謝料って「傷つけた申し訳ない代」みたいなものですよね。私が先に鈴木さんを傷つけた気がするんです」

私が発した言葉に驚いたように鈴木さんが押し黙る。


私は彼女を好意的に見ていたのに、彼女は私を嫌いだった。

そのことが悲しくて、私は彼女と親友になったような幻想を見ていたのだろうか。


「離婚届の証人の欄に署名して貰えますか? 私は博貴とは上手くやれませんでした。でも、鈴木さんみたいな人の気持ちのわかる方なら彼と上手くやれる気もするんです」

私が離婚届を差し出すと、鈴木さんが導かれるように証人の欄に署名をしてくれた。

彼女はさっきから何も言葉を発してくれない。


「鈴木さん、博貴はパイプカットしていたみたいです。鈴木さんの妊娠を疑っています。私は彼が本当は何を欲しているのか今でも分かりません。でも、私が男なら自分よりも鈴木さんと結婚したいと思います」

とにかく、私は思いのままに話した。


鈴木さんの妊娠が本当か嘘かはわからないが、博貴は彼女を疑っていることを知らせた。

私は相手がどう思うかわからなくて、自分の言葉を飲み込むことが多かった。


私は鈴木さんを見下してなどいないし、むしろ深層心理で仲良くしたかったことは怪しい装置が証明済みだ。


彼女に誤解を与えてしまったのは、私のコミュ力が足りないせいだ。


「どうして、そんな風に思うの?」

消え入りそうな声で鈴木さんが私に尋ねてきた。

ふと見上げると女らしく髪を巻いて、流行の服を着た鈴木さんがいた。


「私、全然、女らしくないんです。料理もからきしダメなんです。鈴木さんが配ってくれる手作りお菓子を楽しみにしてました。売り物みたいなもの作れてすごいって」


私は天ぷら屋の娘だが、揚げ物さえもをカラッと揚げることもできない。

料理本を見ながら品数を増やしたが、お菓子作りなど繊細な作業が必要なものは失敗することが多かった。


鈴木さんは私の言葉に戸惑ったのか、ずっと押し黙っている。

私はそっと自宅の鍵を出した。

「私では博貴の妻は無理でした。彼の理想の妻にはなれませんでした。でも、鈴木さんならなれるかもしれません。私はもう博貴と一生会うつもりはありません。彼は今イヤホンをつけて家で寝ていると思います。イヤホンをとったら起きると思いますよ」


私の鍵をそっと鈴木さんは受け取ってくれた。

複雑な表情をしていて彼女が何を考えているか分からない。

「さようなら、鈴木さん」

私はそう言い残して、そこを去った。


連絡したもう1人との待ち合わせ場所に向かう。

私と飯島さんが、私と博貴の結婚式の準備の話し合いを沢山したレストランだ。

「亜香里ちゃん。どうしたの急に」

飯島さんが心底心配そうな顔で私を迎える。

鈍感な私でもわかる愛おしそうに私を見つめる彼の瞳に、胸が締め付けられた。


「博貴と離婚します。証人欄の署名をお願いできますか?」

私の言葉を聞いて、さっと飯島さんが署名してくれた。

「頑張ったね。亜香里ちゃん、顔が真っ青だけれど大丈夫?」

私は飯島さんの私を気遣う言葉に、怪しい装置を使われたことの不安を吐露した。


「信じられない! そんなことをするなんて」

席から立ち上がった飯島さんが、向かいに座っている私のことを骨が折れそうなくらい強く抱きしめてくる。


「飯島さんて、私のことずっと好きですよね。バレバレでしたよ」

私は鈴木さんに自分の感情を誤解された経験から、思っていたことを正直に話すことにした。

私の言葉を聞いて飯島さんが顔を真っ赤にする。


「いつから知ってたの? 俺の気持ちって、ずっとバレていたの?」

「初めて会った時からです」

掠れた声で尋ねてくる飯島さんに私は得意げに返した。

その途端、飯島さんが不適な笑みで笑う。

(え、違うの? 私の自意識過剰?)


「初めて会った時っていつ?」

「えっと、だから博貴との結婚準備の時ですよね」

結婚準備を丸投げされた私を、博貴から当日の受付を頼まれた飯島さんが手伝ってくれたことを思い出した。


「違うよ。俺と亜香里ちゃんが初めて会ったのは、君の就職試験の2次面接の時」

三ツ川商事の2次試験の面接は若手社員と個別ブースでの雑談みたいなものだった。


おそらくコミュニケーション能力をみていたのだろう。

私は緊張しすぎていて面接官の顔を覚えていない。


「あの時の面接官って、飯島さんだったんですか?」

「そうだよ。もう亜香里ちゃんの生真面目で着飾らない感じが本当に可愛くて、俺は君を好きになった」

商社の面接というのはコミュニケーション能力を重視するのか、用意された問答は通用しなかった。

某アイドルグループでは自分は誰のポジションだと思うかとか、昨日のサッカーの試合はどう思ったかなど、常にアンテナを張っていないと答えられない質問もあった。


私は用意していない質問の問答に戸惑い、他の商社は全滅だった。

だから、三ツ川商事の2次面接も当然通らないと緊張していて固まっていた印象しかない。


「すみません、全く記憶がないです」

私の言葉に飯島さんが歯を出して楽しそうに笑う。

「自営業で懸命に働く両親の背中を見てきたから、自分も早く背中で語れる大人になりたいって言ってたよね。珍しいことを言う子だと思って、家業は何かって俺が尋ねたの覚えていない?」

私は飯島さんの話す内容のやり取りを全く覚えていなかった。


「はあ、うちの家業は大晦日だけ行列ができる地元民には人気の天ぷら屋ですが⋯⋯」


「あの時は真剣な顔で、俺にカギョウは『かきくけこ』です!って言ってたよ」


笑いを堪えながら話す飯島さんに私は恥ずかしくなった。

(「カギョウ」って、私、完全に勘違いしてこたえてる)


まるで、小学校1年生みたいなことを言った自分を想像していたたまれなくなった。


「真面目で不器用だけど必死で、亜香里ちゃんのことがすごく気になったんだ。社長にもそんな話をしたな⋯⋯」

懐かしそうに語る飯島さんに、私は違和感を感じた。

入社して8年だが、ヒラ社員の私は社長と会話などしたことがない。

6000人以上いる社員のトップに立つ、雲の上の方だ。


「飯島さん、私も結婚式の準備をしていた時から本当はずっとあなたに惹かれていました。でも、社内結婚して離婚して、また社内の方とお付き合いすることはできないです」


飯島さんからの強い好意を感じて、私は正直な気持ちを話した。

本当は結婚式の準備の時、こんな人と結婚できたら絶対に幸せになれそうなのにと思いながら飯島さんを見ていた。


「俺、来月末で三ツ川商事は辞めるから。亜香里ちゃんを傷つけようとする全てのものから全力で守ることを誓うよ。だから、俺と結婚を前提にお付き合いしてください」

私の目を懇願するように見つめて、愛を語る飯島さんに心が揺れた。


「会社を辞めるって起業でもするんですか?」

私は一瞬、起業に失敗して変わってしまった博貴を思い出し首を振った。


「違うよ、親父の会社を継ぐだけだよ」

「え、親父の会社?」

「飯島製薬。もう十分に経験はつめたから跡を継ぐために戻るんだ」

私は驚きのあまり変な顔をしていたと思う。

飯島製薬といえば業界最大手の三ツ川商事の大口取引先だ。


「飯島さんって、御曹司だったんですか? そんな話、初めて聞きました」

商社には取引先の御曹司が経験を積むために何年か在籍していたりする。

もちろん周囲はその存在を認識しているし、気を遣ったりする。


「社長以外には秘密にするように伝えていたからね。気を遣われたら、できる経験もできないでしょ」

確かに御曹司に煩わしい雑用を任せたりは避けるようにするだろう。


そんなものも引き受けて、しっかりと経験を積もうとした飯島さんは真面目な人だ。


そして、私はそんな大口取引先の次期社長の飯島さんが推したから、三ツ川商事の内定が取れたことに気がついてしまった。

(そこはかとなく漂う忖度の香り⋯⋯)


「私、結婚しても仕事を続けたいです! あと天ぷら屋の娘ということで期待されているかもしれませんが、揚げ物は下手くそです」

本来ならコミュ力不足の私では得られなかった仕事に奇跡的に8年間もつけた。

飯島さんが与えてくれた奇跡だ。


「ふふっ、家事なんて外注すれば良いよ。仕事を続けたいなら続けて。亜香里ちゃんの望みを全部叶えたいんだ。君が今、俺との未来を考えてくれているなんて、俺にとって奇跡みたいなことだから」

私を抱きしめて私の望む以上の言葉をかけてくれる飯島さんを、私は力一杯抱きしめ返した。

宝くじが当たったら、夫に殺されました。

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