都会であって都会でなく、田舎であって田舎でない。
そうした表現がしっくりと馴染むこの町は、元気があるような無いような、何ともぼんやりとした夕映えが似合う土地柄であった。
そんなわが町の東部へ足を向けると、無秩序に繰り返される再開発の弊害、もとい互いに折り合いをつけようと励む、新旧の景気をのぞむ事ができる。
国道へ通じる広いバイパス。
土の香りがふわりと横切る鄙(ひな)びた野道。
コンビニにドラッグストア。
古めかしい喫茶店に、情味のある玩具店。
近頃では、分譲宅地が盛んに売り出され、次第に景観のほうも垢抜けつつあった。
とは言え、まだまだ気が置けない旧家が多く。 私のように年甲斐のない昔人(せきじん)からすると、非常に心安い土地柄でもあった。
そういえば、友人宅もこの辺りだったはずだ。
小中学と同じだったが、高校進学と共に別れてから、何となく疎遠になり今にいたる。
よくある話。
しかし、そんな出会いと別れのあり方を思う時、自分が少しだけ大人になれたような、どことなく誇らしい気分になった。
この地区をさらに東へ進むと、沿道に小規模の田畑がいくつか点在し、田舎風の町並みに青々しい涼味を添えている。
ただし現役のものは少なく、大半が雑草に塗(まみ)れたまま放置されており、今さら手を加えようとする奇特な者も現れなかった。
そんな痩せこけた田畑のうち一枚に、奇妙な曰(い)わくつきの土壌がある。
外観としては、草葉の総髭(そうひげ)を茫々と生やした廃田で、長いこと手つかずのままなのか、雑草の背丈は高く、優に大人の頭上に被(かぶ)さるほどだった。
これを掻き分けて進むと、中ほどに小さな祠がポツンと立っている。
なにを祀(まつ)っているのかは定かでない。
地域の資料、それに祖父の話を参照すれば、古い土地神との見解が有力か。
場所が場所なだけに、市内に散在する由緒の明るい神社に比べると、馴染みが浅いのは言うまでもなく。 正体がまるで判然としない。
にも関わらず、この祠については特定の行為が厳しく禁止され、広く周辺住民の知るところとなっていた。
まず、声を立ててはいけない。
神霊の依る場では、無闇な私語は慎(つつし)むようにと、参拝者に布達するお宮も少なくない。
しかし、ここでは少しばかり勝手が違う。
“喋るべからず。 どうなっても知らないよ?”
そんな風に、一種の脅し文句があとに続くのである。
私が知る限り、神に対する崇敬の志というのは、水が湧くように自然と生じるものであって、強要して然(しか)るべきものではない。
ましてや参拝者を脅迫するような神様など、おおよそ聞いたこともない。
けれども、そういった実にシンプルかつ強烈なキャッチコピーは、人々の関心をよく惹きつけるものだった。
それをもって、当の祠は“口無しさん”と、周辺住民から親しみを込めて呼ばれていた。
また、この口無しさんには、供物(くもつ)を献(けん)ずることはおろか、決して手を合わせてはいけないという決まりになっている。
これについては、上記の漠然とした脅し文句とは打って変わり、より明確なペナルティーが言い伝えられていた。
“口無しさんに手を合わせてはいけないよ? ついて来てしまうから”
従姉妹がこの祠を見たいと言い出したのは、折しも祭りの夜だった。
毎年の恒例であるが、今年も遠方から見物に訪れた彼女が、私が何とはなしに話した怪奇譚に興味を持ったのだ。
こうした辺り、さすがにうちの血縁だなと思う。
すぐ近くに停留する山車(だし)であったり、軒を連ねる夜店よりも、まずは学術的な知識欲のほうに、胸中の平衡装置が傾くらしい。
恐らく秋草の一種だろうとは思うのだけど、正体がよく分からない。
小指ほどの太さがある緑色の茎が、行く手に密林のごとく蔓延(はびこ)り、柏に似た広葉が、頭上を鬱然と塞いでいる。
祭り囃子(ばやし)は遠い。
ふと、物悲しい気分が湧いた。
従姉妹は然程(さほど)でもない様子だけど、私のような地(じ)の人間からすると、小さい頃から慣れ親しんだ太鼓の音に背(そむ)くことは、なかなかに努力が必要なのである。
秋の夜風を得て、物思いに耽(ふけ)る。
私もいつか、この町を後にするのだろうか。
折りよく祭り囃子を背中に聞きながら、生まれた町を出てゆく日が来るのだろうかと、どうにもやる瀬のない考えが浮かんだ。
そうこうする内、早くも目的の祠に行き着く頃合いとなった。
「………………」
念押しのつもりで、唇の前に人差し指を突き立てた所、彼女も真摯(しんし)な表情でこれに倣った。
意を決し、帳(とばり)のように行く手を阻む茎葉の群れを、両手でそっと掻き分ける。
ようやく祠が見えた。
訪れる者に徹底して無言を課し、虫の声を唯一の友とする口無しさんが、今日も変わらず黙然と佇(たたず)んでいた。
「………………」
周囲は適度に刈り込まれており、ひと息つくには打って付けのスペースが確保されている。
と言うよりは、当の祠を中心に、辺りの草々が放射状に追いやられている印象か。
触れてはならないもの。 ひどく神聖なもの。
そういった感懐を、強く意識させる雰囲気だった。
「………………」
従姉妹と目配(めくば)せを取り交わしつつ、ゆっくりゆっくりと祠のもとへ歩みを寄せる。
何分(なにぶん)にも、建築学の分野には頓(とん)と疎(うと)いもので、様式をピタリと言い当てることはおろか、詳しいことも分からない。
見た目を率直に表すと、上部に屋根を設け、前部に観音開きの戸を配(あしら)った、古典的な“祠”の概念によく適(かな)うものだった。
大きさは、大体にして郵便ポストくらいか。
「………………」
「…………っ!」
何を思ったか、従姉妹がいきなり合掌の仕草を見せたものだから、慌ててこれを引き止めた。
ひとまず驚いた顔をこちらに向けた彼女は、次いで“あ……!”という表情を浮かべた後、何やら頬を紅潮させて、私の肩に直(ひた)と取りついた。
彼女自身、無意識のことだろうか。
当の口無しさんが帯びる荘重(そうちょう)な雰囲気に、ついつい手を合わせたい心持ちに駆られたのだと思う。
「………………」
先頃は、あれほど頻繁(ひんぱん)に後ろ髪を引いた祭り囃子が、いまは一向に聞こえない。
重苦しい静寂の中、われ関せずを装う虫たちの囁き声だけが、辺りからひそひそと聞こえていた。
遠くで誰かが自分を呼んでいるようだった。
どうにも聞き覚えのある声だ。
頭を覚束(おぼつか)なく巡らせたところ、すぐに得心がいった。
「セリちゃん! ちょっと、大丈夫!?」
案の定(じょう)、従姉妹の顔が目の前にあった。
何やら心配そうな表情で、こちらを一心に見つめている。
目頭には、光るものがいっぱいに溜まっていた。
その模様がいたく綺麗だなぁと思う間(ま)に、早々と正気づいた私は、ともかく詳しい話を聞くことにした。
「気を失った? 私が?」
「そう、ホントにびっくりしたよ……」
辺りを見ると、どうやら件(くだん)の廃田に程近い喫茶店の中らしい。
祭りとあって、やはり客足は少なく、柔らかな焙煎の香りと共に、心地よい音楽がゆったりと流れていた。
それにしても、私が気を失った?
特に持病があるわけでもないし、健康面についてはそれなりに気をつかっている。
今までに、一度だってそんな経験をした覚えはない。
ともかく、もう少し詳しい話を聞かないと。
「…………?」
しかしながら、当座に彼女の姿は見当たらず。 私の問いかけは、朽ちた店内にボソボソと谺(こだま)すのみだった。
最初は奇異に感じたが、よくよく考えれば辻褄が合う。
この世界には、もう人間なんて一人も残っていないのだった。
“じゃあ、さっきの声は?”と慮(おもんぱか)り、どうにも哀しい気分になった。
声ばかりか、私はたしかに姿も見た。
懐かしい従姉妹の顔を見た。
幻覚だ。
幻覚だろう。
そう割り切ってはみるものの、安易に納得なんて出来るはずがない。
寂しい。
誰かに会いたい。
会話に飢えている。
「………………」
覚束(おぼつか)ない足取りで、荒廃した町中をふらふらと歩む。
どこを目指しているのか、自分にも分からない。
不意に、物音を聴いた。
光明(こうみょう)を得た心持ちで、辺りに素早く視線を巡らせるも、それらしい人影はない。
ふと気づいて、足元を見る。
元は民家の窓枠(まどわく)に納まっていたものだろうか、大きなガラスの破片が、靴の下敷きになっていた。
足を徐(おもむろ)に動かすと、さっきと同じ音がまた鳴った。
肩を落とし、あてのない散策を再開する。
大小のガラス片をはじめ、舗道には数多(あまた)の屑物が散乱し、乗員のない自動車が気ままに放置されていた。
家々に明かりは無く、人のいた痕跡が、生活感さえもが、次第に損なわれつつあった。
この町は、もう死んでいる。
心の折れる音を、初めて聴いた。
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