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「少し悲しいですね、ドルギアのことをエルメラ嬢が嫌っているというのは……」
「それは仕方ないことですね。好きになれるものとなれないものというのがありますから」
ティルリアは悲しそうな顔をしながら、エルメラ嬢に言葉をかけた。
それに対して、エルメラ嬢は淡々とした言葉を返している。相手にとって嫌なことを言っていることはわかっているはずだろうに、まったく表情は変わっていない。
「エルメラ嬢は、どうしてドルギアのことが嫌いなのですか? 好きになれるものとなれないものがあるということは、当然好きになれない理由――嫌いになった理由というものがあるかと思いますが」
「それは……まあ、なんと言いますか、ドルギア殿下は容姿が端麗で、性格も良く、文武両道で文句がつけようがないように見えます。お姉様の婚約者として、彼以上に相応しい人などはいないでしょう」
「あら……」
エルメラ嬢の言葉に、ティルリアは目を輝かせていた。
ドルギアを褒められて、喜んでいるのだろう。この妹も、大概単純なのかもしれない。
しかし、エルメラ嬢のドルギアに対する評価には少し驚きだ。もっと辛辣なことをいうかと思ったら、ベタ褒めである。
「ただだからといって、お姉様の婚約者として彼を認められるかというと、話は別です」
「なるほど……?」
「お姉様の婚約者なんて、私が好きになれる訳はありません。ドルギア殿下は、私からお姉様を奪う泥棒猫なのですから」
エルメラ嬢は、少し目を血走らせていた。
彼女がここまで感情を露わにするなんて、思っていなかった。というか、イルティナ嬢への思いも最早隠していないし、かなり素が出ているということだろうか。
「私にとってお姉様がどのような存在であるのかは、聡明なティルリア様なら既にわかっているかもしれません。あなたのような真っ当に兄弟のことを愛する人であるならば、私の気持ちはわかるのではありませんか?」
「そうですね……エルメラ嬢の気持ちが、まったく持ってわからないという訳ではありません。兄弟の気持ちが離れていくというのは、辛いことですよね?」
「別に辛いとか、そういうことではありませんが、まあそんな所だと言ってもいいかもしれませんね。ええ、寂しいとかそういう感情はありませんよ。ありませんとも」
エルメラ嬢は、ティルリアの言葉にとても曖昧な言葉を返していた。
最早体裁を保つ必要などないと思うのだが、まだ完全に認めはしないようだ。そういう所からは、エルメラ嬢のプライドの高さが感じ取れるような気がする。
「ティルリア様、あなたは悲しかったりしないのですか? ドルギア殿下は、お姉様と婚約した訳ですからね。あなたから、離れていっているのではありませんか?」
「まあ、多少なりとも悲しさはありますね。ただ、ドルギアの心が私から離れたのはもう随分と前の話です。思春期を迎えたくらいから、あまりべたべたしなくなりましたから」
エルメラ嬢からの質問に、ティルリアは冷静に答えていた。
ちなみに心が離れたなんて言っているが、この妹とドルギアの仲は非常に良好である。
思春期を迎えるまでは、ドルギアも子供としての甘え方をしていたというだけだ。今でも姉弟としては、かなり仲が良い方だといえる。
「それに、イルティナ嬢は素敵な方ですからね。今回の婚約は、非常に嬉しく思っています」
「ええ、お姉様が素敵な人であるということは紛れもない事実ですね」
「ドルギアが幸せになることが、私にとっては何よりの幸せです。だから辛いとか寂しいとかよりも、そちらの感情が勝っているということでしょうが……」
「それはまあ、私だって、お姉様には幸せになってもらいたいと思っていますけれど」
ティルリアの言葉に、エルメラ嬢はゆっくりと目をそらしていた。
ドルギアと結ばれることで、イルティナ嬢は幸せになれる。彼女は、そう思ってくれているようだ。
考えてみれば、それは当然といえるのかもしれない。そもそもこの婚約の話は、エルメラ嬢がもたらしたものなのだから。
「ドルギアは、イルティナ嬢のことを語る時には幸せそうな顔をするんです。ああ、この子は婚約に恵まれたのだなぁと、日々実感していて」
「ぐっ……」
「イルティナ嬢と話している時も、楽しそうな笑顔を浮かべていて、そういう顔を見られるのがなんだか幸せなのです」
そこで俺は、少しだけ違和感を覚えることになった。ティルリアの言葉が、おかしいように思えたのだ。
ドルギアからイルティナ嬢の話を聞いたというのは、理解することができる。ただ、イルティナ嬢と話している所をどうして見たことがあるのだろうか。
その三人で対面したのは、今日が初めてであるはずだ。今日の会話の中で、二人が楽しそうに話して記憶はないような気がするのだが。
「悲しい顔は見たくありません。でも、幸せな顔ならいくらでも見たいです。だから、婚約者にしか見せないドルギアの表情というものが見られる喜びを今は矜持しているという訳です」
「そ、それは……」
「それは私と接していては、決して見せることがない表情です。そういう表情を見られることに、エルメラ嬢は幸せを感じられないのでしょうか?」
「うぐっ……」
俺が違和感について考えていると、エルメラ嬢が苦悶の表情を浮かべていた。
ティルリアの言葉が余程刺さっているのだろうか。彼女は項垂れていた。
◇◇◇
ティルリアお義姉様とチャルア殿下とともに客室に現れたエルメラは、元気がなさそうだった。
一体三人で何の話をしたのだろうか。私にはそれがわからない。エルメラがこんな風になるなんて、大変珍しいことだ。話の内容が気になってしまう。
「エルメラ嬢は素敵な方ですね、イルティナ嬢」
「え? ええ、そうですね、ティルリアお義姉様」
「え?」
ティルリアお義姉様の言葉に私が応えると、エルメラは目を丸めていた。
この妹が、そこまで表情を変えるなんて驚きだ。しかし今の会話のどこに、驚くような要素があったのだろうか。
「なんですかぁ、その呼び方は?」
「ああ、そう呼んでもいいとティルリアお義姉様がおっしゃったので」
「いや、まだ結婚してないではありませんか?」
「まあ、そんな細かいことは良いではありませんか。それともエルメラ嬢は、この婚約が成立しないとお思いですか?」
「そういう訳ではありませんが……」
ティルリアお義姉様は笑顔でエルメラに語りかけていた。
その言葉に、妹は気圧されているような気がする。
あのエルメラがそのような反応をするというのも驚きだ。ティルリアお義姉様は妹と一体どのようなやり取りを交わして、こういう関係になったのだろうか。それが益々気になってきた。
「ああ、そうだ。エルメラ嬢も私のことはそう呼んでくださりませんか? 間接的にではありますが、私達も姉妹ということになるのですから」
「嫌です」
「もう、そんなに否定しなくても良いではありませんか」
「嫌なものは嫌ですから嫌なのです」
エルメラは、ティルリアお義姉様からの提案を断固として拒否していた。
呼び方一つで、何もそんなに否定する必要はないと思うのだが、エルメラにも何かしらのこだわりがあるということだろうか。
「そんな風に否定されると、流石に悲しいですね……一回くらい、呼んでいただけませんか?」
「私が姉と呼ぶのは、イルティナお姉様だけです。他の人をそう呼ぶことはありません」
「え?」
「あっ……」
ティルリアお義姉様の言葉に対する返答をして、エルメラはゆっくりと私の方を見た。
その表情からは、しまったというような感情が読み取れる。今のは失言だったということだろうか。
ただ、私としては嬉しい言葉ではある。まさかエルメラが、そこまで姉という存在を特別視していたなんて思っていなかった。なんだか、少し気分がいい。
「兄上、どうしたのですか? そんな風に頭を抱えて……」
「いや、なんというか疲れたんだ。同席しなければよかったと後悔している」
「一体どんな話をしていたんですか?」
「お前は知らない方がいい話だな」
「くう……私は、なんということを」
「ふふ、エルメラ嬢、別に恥ずかしがるようなことではありませんよ」
なんというか、場は少し荒れているような気もする。
ただ、このように皆でわいわいとできることは幸せなことだろう。私は、そんな風に思うのだった。