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時は2153年。
2089年に起こった第三次世界対戦で、唯一非核国だった日本は、9千万人を失う大敗を期した。
その後、辛うじて生き残った3千万人の力で迅速にただし水面下で核開発が進められ、日本海、太平洋、オホーツク海、東シナ海の国境に、それぞれまるで地雷のように核兵器を散らし、陸海空にセンサーを張り巡らせ、新国家“ニホン和合国”として、完全なる鎖国状態を築いた。
戦前のことは教科書にもほとんど載っていないため、人々がどんな暮らしをしていたかは窺い知れないが、戦後は残った国民で、ニホンを自給自足ができる国へと成長させ、人口6千万人を越すまでになった。
しかしそれには弊害もあった。
大戦で核のシャワーを浴びたニホン人は重篤な後遺症に見舞われることになった。
肉を腐らせ骨を溶かす、悪魔のような病。
大抵の人間がその痛みと恐怖に気が触れ、凶暴化し家族や恋人に襲いかかる地獄のような光景が広がった。
国の調査で、保菌者ではなく遺伝リスクもないとされる者たちをナシオン=国民と呼び、その中から国を司るエンペラー=王族が輩出された。
一方、後遺症や障害、その他遺伝的な疾病を持つ者をポブレと呼んだ。
ポブレは生まれた際に、病気のリスクを軽減させる超強力な免疫物質を注射される。そのため、障害や疾病は大幅に軽減されているが、ナシオンの献血によって精製される血栓を、1日1回注射しなければ、その強力すぎる免疫に自らの細胞が蝕まれてしまう。
噂では血栓が体内で欠乏すると、蝕臭と呼ばれるひどい体臭に見舞われるということだった。俺の周りで試したやつはいないが。
この制度を新ニホンレヴェル国民保護制度と呼び、レヴェル制と略す。年度によって変動するが概ねエンペラー5%、ナシオン60%、ポブレ35%の比率で推移している。 また、エンペラーの中でも高位と上位に分けられ、複雑な上下関係があるという。
ポブレの生活は、就ける職種や公共施設で入場できる場所に制限があり、それが当然のごとく差別を助長していた 。
その最たるものが配偶だ。
ポブレはエンペラーやナシオンとの配偶も繁殖も認められていない。
だが女のポブレにだけは、エンペラーやナシオンと“繁殖を目的としない性行為”が認められており、さらに、不妊手術を条件とする情妻制度が確立されている。
正妻に対しての情妻、つまり愛人のことだ。エンペラーは5人まで、ナシオンは2人までの情妻が認められている。
情妻になると、ナシオンと一部同じ社会制度が受けられる。医療や税金、福祉保険などがそれに当たり、生きていくのに必要なものに、概ね心配しないで生きていけるという利点があった。
「あ、あれ、赤塚じゃね?」
寝っ転がったまま外を眺めていた卓巳が上体を起こす。
「なあ、風の噂で聞いたんだけどさ。お前、赤塚を振ったってマジ?」
「ああ、まあな」
努めて窓の外を見ないようにしながら、俺は甘ったるい飲み物を口に含んだ。
「なんで。結構かわいいじゃん」
「そう?」
「そうだよ。ナシオンの中にも狙ってるやつが何人かいるって噂だぜ?」
頭を掻く。なんだ、やっぱりモテるんじゃねーか、あいつ。
「好みじゃねーの?」
卓巳は尚も興味津々に話しかけてくる。
「お前も大概モテるよなー。秀でてイケメンつーわけじゃねーのにな。中の上って感じ?なのになんで人気あんの?」
「ねーよ、そんなん」
「なんか余裕っぽくてムカつくんだよな。年相応に生きろよ」
「はあ。それはあれじゃね?いつも兄貴といたからじゃね?」
「お兄さんって何個上?」
「4個」
「あー。ありうるな」
卓巳がまだ半分以上残っているアルミボトルを宙に投げてはキャッチする。
「じゃあお前、どんな子がタイプなの?妹系とかさ、お姉さんとか、学級委員タイプとかよ、いろいろあんだろ」
「あー」
先日家で見たテレビ番組を思い出す。
「秋元家の令嬢、婚約したじゃん?」
「ああ、24歳の?」
「そうそう」
「この間ニュースでやってたな。マジか。典型的な美少女お嬢様タイプか!」
「いや、その妹」
「妹?」
眉を寄せている。
「いたっけ?」
「いたいた。青い髪、きれいにカールさせて、誰より可愛く着飾ってんだよ。なのにさ、みんなが貼り付けたような笑顔を向けてるなかで、一人、姉の婚約者を穴が開くほど睨んでた」
「へー。気づかなかった」
「ああいうのは悪くないと思ったね」
幾度か宙を舞った末、取り損ねたボトルが床に転がった。
「排他的だなぁ。それ」
卓巳に笑顔を返し続ける。
「あーゆー風にさ、エンペラーでさえ、望まない相手と我慢して結婚してるんだ。ちょっと我慢してナシオンの情妻になったほうが、ポブレの女は幸せだよ」
「お前、それマジで言ってんの?」
卓巳がむくりと起き上がり、横に転がる俺を睨んだ。
「情妻なんか、所詮セカンドだし、住居も別だし、子供も産めずに、孤独な人生送るんだぞ。そんなのが、女の幸せだと、ホントに思ってんのかよ?!」
卓巳の言いたいことはわかる。わかりすぎる。だけどーーー。
「そうすれば、子供を置いて早死する無念も知らずに済むだろ」
ーーーあ。
言うつもりなかったのに、想いが口からはみ出てしまった。
予想通り、心の優しい親友は眉を寄せて俯いてしまった。
「悪い。俺、こんなタイミングで」
「いやいや、俺が大人げなかったよ。」
無理矢理にでも笑う。
「しかしあれだよな。情妻って漢字、なんかエロいよな」
こんな下らない話題に卓巳も付き合ってくれる。「確かに。ちょっと興奮するよな」
「おっ勃ててんなよ、童貞が!」
「お前もだろ!!」
「…………あー。言ってなかったっけ」
「は?」
卓巳が目を丸くする。
「……嘘だよ」
「ざけんな!てめえ!!」
ひとしきり笑ってから、また二人で仰向けになった。
「そういえばさ、話は変わるけど、今度、花火大会あんじゃん?セイントポールホテルで」
町を上げての花火大会が、一週間後に迫っていた。今回はCGではなく、本物が上がるということで、全国で生中継されるらしい。
「俺、本物見るの初めて。お前、ある?」
「あー。昔見たことあるかな。家族で」
言ってから、自分が発した言葉にダメージを受ける。
くねくねと小魚が泳ぐように夜空を上っていく光の玉、腹に響くような轟音と共に開く大輪の花、焦げた臭い、パチパチと弾け散る音。
その美しさと迫力に、一番驚いていた母を、兄と二人で笑った。
「クラスで行こうかってグループコネクトで話してたんだけど。返信ないのお前だけだぞ」
言いながら手のひらサイズの端末を取り出す。
「ああ、俺のコネクト、通信壊れてんだよ」
「はあ。買えよ。そんで?どうすんだよ」
「なんかかったりいなあ」
「ええ?行かない気?どうして!」
ジジジ!!ジジジジジジ!
ごちゃごちゃと積み上げた荷物の中から変な音がした。
「わっ!!なんだ?」
卓巳が慌てて起き上がる。
『起動信号 確認シマシタ。準備ニハイリマス』
「は?」
卓巳が転がり落ちるようにテーブルから下り、毛布が積み重なっている塊を漁り始める。
と、真っ黒な古めかしいバイクが出てきた。
ウィーンウィーンと電子音が忙しく鳴っている。
『私ハ A.I.ナンバー376011 型式 lMGIKSK デス』
長たらしい自己紹介が終わると、黄色いヘッドライトが点滅する。
『起動シマシタ』
「すげー!なんだこれ!」
卓巳の目が輝く。
『質問ヲウケツケマシタ 回答シマス』
バイクが続ける。
『私ハ2080年ニ開発サレマシタ、A.I.搭載型バイク デス』
「バイク?!これ、走るの?」
卓巳がまじまじと見つめる。
『質問ヲウケツケマシタ 回答シマス
結論カラモウシアゲルト ハシリマス 車体部はHONTA ホーネスト。スズメバチヲイメージシタフォルムニ、180サイズトイウ クラスヲ超エタ極太リアタイヤヲ採用シタ、高イ直進安定性ト 軽快ナコーナリングヲ実現シタ 高回転型ネイキッドバイク デス ガソリントイウ液体ヲ 前方ニアルガソリンタンクニ入レ キーヲ回スト エンジントイウ発動機ガ作動シマス ソノ状態デ前方左右ニアルグリップヲニギリ 右ノグリップヲ手前ニ回スト タイヤガ回リ発進シマス』
「すげー!昔はタイヤが道路の上を回ってたって、本当だったんだなー。アナログー!」
目を輝かせたまま、振り返る。
「これどうしたんだよ!」
しょうがなく俺もデスクから下りて、歩み寄る。
「何年か前に兄貴が拾ってきた。通信機能も壊れてるし、ガソリンっていうものすごく燃費の悪い液体が必要らしくて、走れない。ただたまに『きどう』の三文字に反応して勝手に起動して長々しい名前を自己紹介するだけのポンコツ」
「ひでーな。お前の主人。何か言い返してやれよ」
ジジジっと耳障りな音がする。
『申シ訳アリマセン 理解デキマセン 通信機械ノ故障ニツキ 検索モデキマセン 製造会社 サザンクロス株式会社 オ客様コールセンターニオデンワクダサイ 番号ヲ申シアゲマスカ』
「いや、いーわ。“終了”」
俺が言うと、
『終了信号確認シマシタ 終了シマス』
ウィーンと高い電子音がして、ヘッドライトが消えた。
「な、使えないだろ」
言いながら軽く殴る。
「…………だけど、この顔は気に入ってる。な。アイザック」
「アイザック?」
「名前。長いからアイザックって俺と兄貴は呼んでる」
言いながらフォルムをなぞると、キラリと心なしか輝いた気がした。
「あ、やば!こんな時間だ!」
卓巳は立ち上がると、アイザックをポンポンと軽く叩いた。
「今日、妹の誕生日なんだ」
「そっか。お疲れ」
「お前はまだここにいるの?」
「帰ったって誰もいないからな」
「そか。風邪引かないようにな」
深い意味はなかったが、卓巳はまた少し困った顔をしたあと、先ほど転がっていったボトルを拾いながら軽く手を上げ、ドアから出ていった。