昼。カーテンの隙間から差し込む光が、
なつの顔を照らしていた。
だが、まぶたは重く、
息が浅い。
胸がきゅう、と締め付けられる。
空気がうまく吸えない。
「……は、ぁ……っ」
喉が痛い。
体の奥が、凍りついたように冷たい。
誰かが呼ぶ声がした。
「なつくん!? ぇ…ちょ、なつくんッ!」
こさめの声だった。
けれど、遠い。
まるで水の底から聞いているようだ。
「……こさめ……? なんか……息が…ッ…」
こさめが慌てて抱きかかえる。
その顔が泣きそうに歪んでいた。
「なつくんっ! …苦しいの?
病院行こ! 今すぐ!」
「やだ……」
なつは震える声で言った。
「やだ……行かない……」
「なつくんっ!」
「……いるまのとこ、行かなきゃ……」
その瞬間、
視界がぐにゃりと歪んだ。
こさめの声も、部屋の色も、
全部が溶けていく。
――気がつけば、
なつはまた“あの部屋”にいた。
白い天井。
柔らかいベッド。
カーテン越しの、淡い光。
「……あ、……れ?」
肺が軽い。
呼吸ができる。
体が動く。
「なつ」
声の方を見ると、
いるまがそこにいた。
いつも通りの笑顔。
まるで最初に戻ったように、
穏やかだった。
「大丈夫か? 顔真っ青だったよ」
なつは息を整えながら、
その胸にしがみつく。
「……苦しかった、息できなくて……」
「だから言ったろ?」
いるまの声が耳元で低く響く。
「行くなって。
あそこはお前を殺す場所だよ。
俺のそばが一番だろ?」
「……うん……ッ」
いるまは微笑む。
その笑顔の奥で、瞳の色がゆっくりと
赤く変わっていった。
ーーー
こさめが気づいたのは、
ほんの数秒の遅れだった。
ベッドの上で倒れ込んで
かすかに上下していたのが――止まった。
「……なつくん、?」
返事はない。
「なつくん、起きて……ねぇ……!」
声が震える。
頬を叩いても、肩を揺らしても、
なつはぴくりとも動かない。
「嘘、やだ……やだやだやだ……」
こさめの叫び声に気づいて、
LANとすちが駆け込んでくる。
「なつ!? おい、なつっ!!」
LANがすぐに脈を取る。
しかし、その手が止まり、
目が見開かれた。
「……脈がねぇ……っ」
「救急車!! はやく!!」
みことが泣き声で電話をかける。
こさめはなつの頬に頬を押しつけながら、
震える声で囁いた。
「だめだよ、なつくん……戻ってきてよ……」
――けれど、なつはもう、別の場所にいた。
ーーー
静かな光。
風がやさしく頬を撫でている。
「…ねぇいるま、なんか」
なつが目を開けると、
そこにはいるまがいた。
白いシャツに、優しい笑み。
まるで時間が巻き戻ったようだった。
「……いるま……俺、……死ぬの?」
「………、。」
いるまは何も言わずに、
ただ手を差し出した。
その手を取った瞬間、
体が一気に軽くなる。
肺が焼けつくように、生き返る。
「、見えるか? ここなら痛くない。
苦しくもない。
俺の声だけ、ちゃんと届く」
「え、…」
「もう大丈夫。俺がいるから。
ずっとここにいようぜ」
いるまはなつを抱き寄せ、
胸の奥で囁いた。
「なつが頑張ってた所、俺ずっと見てた。
もう休んでいい。あいつらのことなんか、
忘れて」
「……それは…。なんかッ」
「いいんだよ。俺がいる。
俺はもう消えないから。」
なつの目から静かに涙がこぼれた。
けれど、その涙は悲しみではなく
――安堵の色をしていた。
「……いるま……ッ」
「なーに」
ふたりの指が絡んだ瞬間、
光が柔らかく差し込む。
どこまでも穏やかで、風はぬるく、
遠くで鳥が鳴いている。
けれど――なつの胸の奥には、
小さな棘のような
痛みがずっと刺さっていた。
いるまの手はあたたかい。
その笑顔も、声のトーンも、
確かに“あの日のいるま”と同じなのに。







