テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
優香の示したとおり、圭一が麗奈と入籍してからも、三人で生活することに変わりはなかった。 変わったといえば、圭一は麗奈と同じ寝室で寝起きするようになったこと。
それと……
ある日の午後5時半。
仕事も一段落し、帰る準備をする圭一と優香。
そそくさと帰り支度をすると、二人はテナントの空きが多い別の階から、非常階段の踊り場に出る。
外は薄暗くなり、ビルの間に吹き込む夕方の浜風が、二人を包み込む。
夜の港町はビルの明かりを使って、地面に美しい偽物の星空を作っていた。
「…………ここの夜景はいつ見ても綺麗だな。」
「…………そう。」
「…………。」
「…………。」
「最近、なんか怒ってない?」
「…………別に。」
「…………。」
「…………。」
「夜景もいいけど、優香がいると霞んじゃうな。」
「…………。」
「優香、綺麗だ。」
「…………17日。」
「え?」
「…………前に『綺麗だ。』って言ってから17日。」
「ああ、そういうことか。」
「…………毎日続けてって言った。」
「やっぱり怒ってた。」
「…………別に。」
「……優香、愛してるよ。」
「……………………私も。」
夜景を背に、唇を重ね合う二人。
仕事終わりに、オフィスビルの非常階段で夜景を眺めながら「愛し合う」ことが、二人の新しい習慣になっていた。
* * *
圭一と麗奈が入籍してからが四ヶ月が過ぎた。
当初はすんなりと子供が出来ると思っていたが、なぜか麗奈はなかなか妊娠しなかった。
そしてある日……。
「ただいま……麗奈?」
圭一と優香が帰宅すると、なぜかいつものように部屋の明かりが点いていなかった。圭一が明かりを点けると……
「れ、麗奈っ!?」
まるで、糸が切れて崩れ落ちた人形のように、麗奈は床にへたり込んでいた。その目は虚ろだった。
「どうした、麗奈?」
「……圭一……さん……ああぁーっ!」
ようやく我に返ったのか、麗奈は泣き叫びながら圭一に抱き着いた。
「赤ちゃんが……ああぁーっ……!」
麗奈曰く、昼頃に急に出血してきて、病院に駆け込んだとのこと。
診断されたところ、実は妊娠しており、結果的には流産であった。
「圭一さん……ごめんなさいぃー……。」
圭一は黙って抱きしめてやることしか出来なかった。そして、麗奈は一晩中泣き続けていた。
さらに追い打ちをかけることがあった。
後日、再度診断してもらったところ、麗奈は子宮機能不全で、出産が難しいとのこと。
家に戻っても呆然とする麗奈に、優香が口を開いた。
「……麗奈、一つ提案ある。」
「……え?……なに?」
「………代理母出産……私がする。」
「代理母出産?……それって、少し前にニュースで言ってたやつのこと?」
「……そう。圭一と麗奈の受精卵で、私が代わりに産む。」
「そんなの……私が産んでないじゃない。」
「麗奈と圭一の子供には変わりない。」
「……それに、遺伝的には親子でも、私が産んでないから、自分の子供って認められないんじゃ……。」
「……法整備もされてないから、そのままだとダメ。」
「じゃあ、やっぱり……。」
「……裏技がある。」
「え?……何なの、優香?」
「私達は双子……病院にいる時だけは、私が麗奈のフリをすればいい。」
「でも、私が産むわけじゃない。私の子供じゃない……。」
「……麗奈、圭一が花崎家のへの復帰を認めてもらうためには、二人子供が生まれないといけない。私が二人産むには、もう猶予はない。」
「……でも……でも、私は……。」
「……麗奈、あなたも圭一の妻なら、圭一のために尽くしなさい!圭一が花崎家に復帰するために出来ることをやるのよ!」
優香が珍しく、強い口調で麗奈を説得した。
「……ううっ……わかったわよ……。」
優香の提案は大胆かつ合理的なものだった。
背に腹は代えられない麗奈は、優香の提案を受け入れるしかなかった。
優香は春山剛蔵が懇意にしていた医者の下で、体外受精した受精卵の胚移植を受けた。
数日後。
いつものように、仕事終わりに非常階段で夜景を眺める二人。
「……圭一、今日からは避妊しなくていい。」
「え?この前、胚移植してもらったばかりなのに、大丈夫なのか?」
「……大丈夫。」
胚移植をしてからしばらくして、優香は無事妊娠していた。
妊娠してからは、優香が麗奈のフリをして、産婦人科に通うことになった。
そして、半年が過ぎた。
優香は一人の女の子を産んだ。
「わぁ〜……可愛い!」
当初は優香が子供を産むことに不服そうな麗奈だったが、生まれてきた赤ん坊を一目見るなり、優しく穏やかな表情をしていた。
「こんにちは……私がママよ!」
優香が産んだとはいえ、自分の子供でもある。
麗奈は早くも「母親の顔」になっていた。
「優香……よくがんばったな……。ありがとう。」
圭一は涙ぐみながら、疲労困憊の優香の手を握った。
優香が産んだ子は、「彩純」と名付けられた。
母子手帳や戸籍謄本には、花崎圭一と麗奈の子供として生まれたことになっている。
人体の不思議というか、彩純が生まれてから、なぜか麗奈も母乳が出るようになった。
表向きは麗奈が彩純の母として、優香は子育てを手伝うという名目で、変わらず共に暮らしていた。
優香は、感情の起伏が激しい麗奈が、彩純を虐待しないか心配していたが、予想に反して、麗奈は母親の役割を懸命に果たしていた。
歪ながらも、優香と圭一、そして麗奈は共に子育てをする幸せな時間を過ごしていた。
しかし、幸せな時間は突然終わりを迎えた。
マンションから一軒家に移り住み、彩純が2歳になった後、圭一はガンだと診断された。
圭一は闘病生活をしながらも、家族のために仕事を続けたが、彩純が3歳になるのを見届けてから亡くなってしまった。
* * *
真実を告げられて、しばらくは呆然自失としていた彩純だったが、姫乃に揺り動かされて、ようやく我に返った。
「……信じるか信じないかは彩純次第。」
「……ただ、一つ言える。彩純……あなたは生まれてくるまでの十ヶ月間、確かに私のお腹の中にいた。」
「……あ、あはは……そうだったんだ……。」
「今まで叔母さんだと思ってた人も、私の……もう一人のママだったのね……。」
「やっと今わかった……。いつからかな?なんで他の家と違って、叔母さんが一緒に住んでいるんだろうと思ってたけど、そういうことだったのね……。」
彩純が今まで疑問に思っていたことの点と点が、優香の話したことで全て結び付いていく。
「…………。」
優香は胸元に手を入れると、さりげなく首にかけていたネックレスを取り出した。
ただのネックレスかと思いきや、ネックレスには指輪が通されていた。
その指輪はプラチナ製で、指輪を一周するようにダイヤモンドが何個も埋め込まれたものだった。
「叔母さん……その指輪って……。」
彩純は、優香の持っている指輪に微かに見覚えがあった。亡き父が着けていた指輪と同じ色。
麗奈が着けていた金色の指輪と異なり、圭一が着けていた指輪とお揃いのものだった。
「…………圭一がくれたもの。結婚もできなかったし、式も挙げれなかった。だからせめてもの証として。」
「彩純…………私は数年間しかあの人と一緒にいられなかった。」
優香は語りながら、ネックレスから外した指輪を左手薬指に着けた。
「…………それでも……私は今も……花崎圭一のこと、愛してる……。」
彩純達は思わず息を飲んだ。
花崎圭一を愛してると語りながら、指輪を見つめる優香。
その目から涙が流れ、頬を伝い落ちていた。
姫乃や香宝はもとより、彩純ですら見たことがなかった、優香の涙。
「…………。」
「…………。」
「…………あーあ、眠くなっちゃった!さ、寝よ寝よ、二人とも!」
姫乃が切り出すと、優香は
「そうね、もう寝る時間……。」
そう言って彩純の部屋を出ていった。
途中、階段の小窓から遠くの港公園が見えた。
優香はまた、圭一のことを思い出した……。
エピローグへ
#オリジナル
柿の木七味
41
コメント
1件
ああ、今回も重くて切ない回だった……。優香の「私が産む」っていう提案、もうね、覚悟の重さが違うわ。双子だからこそできる代理母出産っていう裏技、すごく合理的だけど、それ以上に優香の圭一への想いが全部詰まってた。最後の指輪のシーン、優香が涙を流すところ、私ももらい泣きしそうになったよ……。姫乃の気遣いも優しかったな。