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南雲
それを教えてくれたのがオッサンだったのか、実の親だったのかは覚えていない
それでも、体調が崩れる晩には必ずこの夢を見る。
『いいか、シン…お猿さんの真似だ…シンはマネするの、得意だろ?』
「うん!できるよ!!ウッキーってするんでしょ?」
『そうだよ…見ないで、言わないで、聞かないで…できるかな?』
「できる!!」
『いい子だ…自分が──と言うのは、信頼できる人にだけ言うんだよ?』
「おしえちゃダメなこと?」
『──は、化けるのが上手いからどんな種とも上手く交わることができる』
「まじわる?」
『シンが大人になって、子供が欲しいと思ったら伝えてもいい…それまでは、知られてはいけないよ』
自分の本能を忘れさせないために、何度も言い聞かせてくるんだ
目の奥がズンと重くなり、脳の太い血管がドクドクと響く感覚…季節の変わり目や寒暖差…それが重なって酷く体調を崩す予兆だ。
「見ざる、言わざる、聞かざる…」
口に出して自分に言い聞かせる…俺はサル、俺はサル、俺はサル
身体を丸めて、ただひたすら寝て、やり過ごすんだ…誰にも知られちゃいけない、俺が斑類である事を──
「すみ、ません…坂本さん…」
『風邪なら無理するのはよくない、薬はあるか?経口飲料は?食べるものはあるのか?』
「だ、大丈夫…です!寝てればこんな風邪、すぐ治るんで!!」
案の定、俺はベッドの上で坂本さんに電話をかけて謝っている。
まだまだ熱が上がりそうな気がして坂本さんに体調不良を告げると、電話の向こうの坂本さんは心配そうにあれこれ様子を聞いてくれた。
「大丈夫です!」とゴリ押しして何とか通話を終えると、俺は口元まで布団を引っ張り上げる。
どのくらい寝たのか…坂本さんに連絡したのは朝方だったが、カーテンの隙間から差し込む光がオレンジ色になっていた。
体調はまだ優れない、それどころか身体が怠くて動けない…寝返りを打とうとして…自分の手を見て固まった。
本当の姿になっている…それほどまで、俺は弱ってたのか…?
いつもより小さな自分の手を眺め呆然としていると、何か気配を感じた。
人間のままでは、察知することすらできなかっただろうソレに身体が反応して…咄嗟に全身を布団の中に隠す
ソレはまるで自分の家にでも帰ってきたかのように─ガチャッ─と鍵を開けると、我が物顔で玄関から侵入して「やっほ〜シンくーん?生きてる〜?」と声を掛けてくる。
俺は息を潜めて、その声の主が出ていくことを必死に祈った。
「坂本くんから、君が熱でダウンしたって聞いてさ〜!普段あんなに威勢いいのに、体調管理できてないだなんて、ダメダメだね〜w」
(くそっ!くそくそくそ!!好きかって言いやがってっ!!)
「桃缶とみかん缶どっちがいい?シンくんの家に缶切りなんてモノなさそうだし、特別に僕の缶切り貸してあげるよ〜」
(缶切りぐらいうちにもあらぁ!バカにしやがって!!)
息を潜めて、必死に自分の気配を殺す
突然訪問してきた南雲はベッドの近くまで来たが、俺が寝ていないことに気が付き「あれ?」と声を出すと辺りを見回している。
ベッドにも手が掛かってガバッと捲り上げたが、俺はギリギリ布団の中で姿を見られることは無かった。
「……」
相変わらず、コイツの思考は読めない…
ただ黙ってベッドを見つめた後、スンッと鼻を鳴らすと何処かへ行ってしまった。
しっかりピッキングで開けたドアの鍵を閉めて…
息を吐き…布団から這い出すと──自分よりも大きなオオカミがそこにいた。
「あ…え…?」
「ああ、やっぱりいた…へぇ…ただの猿じゃないだろうとは思ってたけど、君、何で猿のふりしてたの?」
「なん、で…」
「ああ、そうか…そうだね、猿のふりしないと…シンくんみたいな可愛い子、直ぐに孕まされちゃうもんね!」
俺は恐怖で動くことができなかった。
狼の大きな口が迫ってきて、俺の喉元を咥えた。
真冬
家に帰ってくると真冬の靴が玄関になった。
渡していた合鍵で上がっているだろうと思っていたシンは、コンビニ袋を片手に「ただいま〜」と声を掛ける。
しかし、返事は返ってこず…
玄関からすぐに見渡せるLDKにもその姿はなかった。と、なれば戸で仕切られた寝室にいるのだろう
昼寝でもしているのか思考も聞こえてこないため、ソッと寝室に続く戸を開けた。
「まふゆ〜…寝てんのか〜…?」
寝ていると仮定して覗き込んだその先にいたのは…黒い…デカい猫だった。
日が当たる自分のベッドの上に…真っ黒な、デカい猫が気持ちよさそうに昼寝をしている。
俺は、その姿を見て…静かに急いで戸を閉めた。
薄々…いや、殺し屋家業につくもの達は大体が班類であることは分かっていた。
真冬も何かしら…猿以外のものだろうと分かっていたが、見ざる聞かざるで気付かなかった【重種のクロヒョウ】である事に──
(やばい、やばいやばいやばい!!)
本性を見てしまった事に誘発され、俺の身体も反応をする…しかし、それは非常に不味い
自分が何であるか…バレたら確実に食われる。
(とりあえず!トイレに行って落ち着こう!!)
コンビニの袋をそっとテーブルに置き、トイレへ駆け込むと同時に…真冬の意識が聞こえて来た。
(気配、シンくん…帰ってきたのかな…いい匂い、コレはやっぱり…──猿の匂いじゃない。)
起き上がる気配、猫科でもその嗅覚は鋭い…俺がどこに隠れたかもすぐに分かる。
そもそも単身者向けの物件なんだ、隠れる場所など高が知れていた…トイレの扉の向こうで猫の喉が鳴る音がしている
「シンくん、いるんでしょ?」
「……」
「シンくん、やっぱり猿じゃないよね?何で猿のふりしてるの?」
「……」
「俺、この匂い嗅いだの初めて…何の動物かわかんないけど…肉食系だよね?でも、匂い薄いから雑食系?」
「…い、いくら斑類だからって、踏み込みすぎじゃねぇか?」
「シンくんだって、俺の姿見たんだろ?」
「不可抗力だ!って言うか、あんな姿で日向ぼっこしてんじゃねぇよ!!」
「ヒョウだよ?猫科だよ?眠くなったんだから仕方ねぇじゃん」
開き直ってる真冬に俺は、扉越しに睨みつける。
そんなことをしたところで真冬に届くはずもないが…それでも睨まずにはいられなかった。
ヒョウは重種だ、対する自分は中間種…釣り合わないし…前途ある未成年を間違った道に進ませるわけにはいかない
(俺はサル、俺はサル、俺はサル…)何度も自分に言い聞かせてきたこと…誘発されたからって、そんなポンポン本性は出さない
さっきのは不意打ちだったからだ…大人を舐めるなよ、勢羽真冬!!
「あれ…?」
「悪かったな、俺はサルだよ」
「嘘だよ!そんなわけない!!」
「って言われても…」
「じゃあ、あのベッドの匂いは!?」
「ああ、この間泊めた知り合いの匂いだろー…アイツは何の斑類だったかなぁ…」
「嘘つかないでよっ!!」
「嘘なんかついてねーって」
食ってかかる14歳を何とかあしらう
このまま気のせいだったで押し通せばいいんだ、もっといい人と出会えるだろうし…俺は友達ってことで──
そう思っていたのに、目の前に飛びかかってくるクロヒョウに本能の危機感は隠し切ることができなかった。
押し倒されて、驚きと恐怖で息が切れる。
「はっはっ…っ!!」
「…やっぱり、サルじゃない」
「ま、まふゆ…待て…!」
「俺だってもう14だよ…どうすればいいかなんて、分かってる。」
近付いてくる真冬から、逃げ出すことができなかった。
夏生
JCCでのデータバンクの捜索は、休み時間が多い
今日は授業サボって武器科のソファーに寝っ転がって、とにかく広い構内の構造を頭に叩き込む事にした。
(何でここでやんだよ…)
「いいじゃん、ここ静かだから集中しやすいんだよ」
(読むなって言ってんだろ、クソエスパー)
「じゃあ、口動かせ、くち〜…」
「お前そんなに暇なのか?」
「暇じゃねぇって!探すとこのあたり付けてんだよっ!!」
「お前、マジで首席取ったのか?採点ミスじゃね?」
年知るまでは突っかかっていたが、生意気なことを言う18歳に寛大で大人の俺は「はいはい…」と聞き流してやる。
バシバシ刺さってくる斑類のプレッシャーに気付かないフリをするけど…流石に重種の圧力が怖い…
禁煙の制作室内でペロペロキャンディーを口に入れて校内資料を眺めていると─ギッ─椅子が軋む音が聞こえて顔を上げると、勢羽が立ち上がって俺が寝転んでいるソファーまで近付いてきた。
追い出されんのかと思って身構えると、なぜか勢羽は、背もたれと俺の顔の横に手を付いて見下ろしてくる。
怒らせたか?スゲェ気まずいんだけど…
「お前さぁ…普通プレッシャー向けられたら、何かしらしてこねぇ?」
「…あぁ、斑類の事言ってるか?」
「そっちの知識もあんのか」
「コレでも殺し屋だったんだぞ、周りがそう言う奴らばっかりだったし…そりゃ分かるって」
「…お前、サル?」
「あぁ、俺は普通に猿だぞ…どこからどう見ても猿だろうが」
「……」
(んな訳あるかよ)
持っていた資料を取り上げられて顔がグッと近付いて、近づいて来たその顔を抑えると…掌をベロッと舐められた。
まさか舐められるとは思わなくって、サブイボが立って思わず「ぎゃあー!!」と叫ぶと、勢羽は首筋に顔を埋めてきた。
いくら猿のフリをしてるとは言え、流石にしつこく嗅がれるとバレる。
「おい!やめろ!!離れろってっ!!」
「お前、やっぱ猿じゃねぇだろ」
「猿だって言ってんだろっ!?しつけーぞ!!」
「重種様を舐めんじゃねぇぞ」
「は…?」
不意に香ってきた斑類の臭いに当てられて身体が疼く
とにかく、自分は猿ってことを言い聞かせて落ち着く様に耐えても…俺はしょせん中間種
間近で嗅ぐ重種のフェロモンに当てられて頭の中がグワングワンと回ってきて、エスパーの能力すら働かなくなって来た。
「や、やめろ…っ!勢羽っ!!」
「結構しぶといな…」
聞こえて来た声に視線を向けると、クロヒョウが口を開けて俺の首に噛み付こうとしていた。
鋭い牙と金色の目が見えて、流石に生存本能が働いた…猿のフリをし続けることができなかった。
「…キツネ?」
「離れろよ…分かったら満足だろ!?」
「って言うか、キツネって…中間種の中でも少数だろ」
「だから何だよ…確かに俺は、中間種で重種のお前より劣ってるけど…お前には何にも関係ねぇだろ!」
「なぁ、お前…番いる?」
「せ、ば…?」
「本能とかさ…めちゃくちゃ面倒クセェけど、コレ…ヤバいな…」
「勢羽おちつけ…!匂い、抑えろ!!」
「ごめん、無理だ…」
首元に走る痛みに頭の中がグラグラと揺れていた。