ティナが二度目の訪問を果たし、世界中がその話題で盛り上がっていた。各国メディアは一部の国以外は好意的な報道を行い国民の歓迎ムードの形成に余念がなかった。少なくともティナが10万光年彼方からの来訪者であることを正しく認識できる者ならば、敵対すると言う選択肢を選ぶはずもなかった。
しかし、十人十色の言葉のように様々な思想までコントロールすることは出来なかった。
クサーイモン=ニフーターを初めとした過激な活動家、団体。アメリカと友好的ではない国や地域などでは必要以上にティナを恐れ、明確な敵対の意思を見せるものも居てネットワーク上では様々な情報、主張が飛び交っていた。そんな電子の海を静かに漂う存在が居た。
美しいエメラルドグリーンの髪を腰まで伸ばし、造形としか思えないほど整った目鼻立ち、抜群のプロポーションを誇る身体に羽衣を纏う姿は天女のように思えた。彼女は電子空間を漂いながら静かに溢れる情報を整理し、どこか冷めた目で地球の動静を見つめていた。
はじめまして、ティナのサポートAIです。ティナからはアリアとの名前を頂戴しました。AIと言う存在ではありますが、大変光栄に思います。
……ええ、皆様お気付きのように私は普通のAIではありません。明確な自我があります。意識とも言えるでしょう。
ティナは私以外の高性能AIを知らないので、こんなものだと納得していますが。訂正する必要性を認めないので、このままで。
私はアードを率いるセレスティナ女王陛下によって産み出されました。その経緯などについて今は秘匿事項となっています。ティナに問われても答えることが出来ませんので、悪しからず。
私はティナをサポートして守る。それだけは変わりません。
さて、ティナが見つけた惑星地球にはアードに比べて原始的ではありますがネットワークが普及しています。文明レベルは……まだ統一機構を持ち合わせていませんが、それなりに高いです。初歩的な宇宙技術もあります。
私は地球のネットワークに侵入して情報を集めることを日課にしています。セキュリティを含めた技術はまだまだ未成熟であるのが分かりますが、そこは今後の発展に期待したいところです。
歴史を見るに、技術の進歩速度は明らかにアードよりも速い。地球人の探求心や好奇心はアード人以上です。可能性の塊であると評価できます。
またティナの提供した栄養ドリンクは、現地人二人に驚異的な変化を引き起こしました。
……もちろん、ティナに説明した通り地球人に害がある成分は含まれていません。確かに地球に存在しない成分が含まれていましたが、地球人のデータを見るに問題はないはずでした。にも拘らず、あの変化です。想定外の事態です。
それに、地球到着前に発生したミス・カレンの誘拐事件とケラー氏の大立ち回りも非常に興味深いデータです。
何故地球人にこのような変化が起きたか。より多くのサンプルが必要なのは言うまでもありませんが、現時点での仮説としては地球人の好戦的な特徴が関係していると思われます。
地球人類史は戦争の歴史とも言えます。もちろんアードでも過去に争いは存在していましたが、地球で起きた戦争は回数、規模共にアードの比ではありません。とは言え、サンプルはまだ二体だけですので関連性を立証することは出来ません。
非常に好戦的な種族ではありますが、ティナが交流を望むならそれをサポートするのが私の存在理由であり、我らが主セレスティナ様の望みでもあります。
ティナの接触に関して地球側は概ね好意的であると判断できます。いや、アードとの対立を恐れた為政者、権力者、知識人が意図的に歓迎ムードを作り上げていると見るべきでしょう。
実態はどうあれ、交流を深めていく上で有益であることに変わりはありません。
問題なのは、地球人の中に潜む好意的ではない、敵対的な存在です。地球には思想の自由、信仰の自由があります。内心でティナを否定するだけならば問題はありません。強制したところで意味は無いので。
しかし、明確に害意を持つ存在を放置するほど寛容になったつもりもありません。地球人がどう頑張ってもティナに危害を加えることは不可能と断言しますが、悪意を見てティナが傷付くのは避けたい。
ふむ、アメリカ政府の公式ホームページ等がハッカー集団の攻撃を受けていますね。中身は……ティナに対することですか。
「あの宇宙人を今すぐに叩き出せ!」
「いや解剖しろ!」
「使徒を騙る悪魔に裁きを!」
「政府は直ぐに追い出して!私達のアイデンティティーが危険に晒されているのよ!」
……見るに耐えませんね。さてどうしたものか。ハッカー達の所在は直ぐに逆探知できました。これをどうするか。今すぐ彼等のコンピューターを爆破して始末することも出来ますが、私が手を下したと知ればティナは悲しむでしょう。
……責任者に任せるに限ります。
「おや、これは?」
ここアメリカ合衆国の大統領でしたか、彼の私的なコンピューターにハッカー達の所在とプロフィールを整理して送り付けました。
おや、何人かは他国の機関に属していますね……任せましょう。
「はぁぁ~……」
ハリソン大統領はデータの数々に目を通して、頭を抱えて深々とため息を吐きました。後の対応は地球側に任せます。なにもしないは論外です。その場合は私の地球人に対する評価を最低値に下げて、より過激に動くだけです。地球側、特にティナが接触したアメリカ合衆国には誠意ある対応を期待したいものです。
おや、いつの間にかティナが目を覚ましてミス・メリルと談笑していますね。内容まで聞き耳を立てる趣味はありません。もうしばらくネットワークの探索を……おやおや。ミス・メリルに栄養スティックを手渡しましたね。
此方も害はありませんが、地球人からすれば未知の成分が含まれています。栄養ドリンク同様どのような結果が現れるのか、非常に興味深いサンプルが増えました。
私はアリア。全てはティナと我が主セレスティナ様のために。それが私の存在理由です。
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