テラーノベル
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オフの日に、気晴らしに街へ出た。
家に籠っていると、どうしても翔太のことを考えてしまうし、テレビを点けると自分たちのCMが流れる。かなり前からお世話になっている製菓会社のCMは特に多くて、今は見たくもないのに繰り返し放送されていた。こうなる前の翔太の笑顔を見るたびに、忘れようとしているはずの胸が痛んだ。落ち着いたカフェで、たまった本でも読もうかと鞄に本やノートを詰め込み、街をぶらぶらと歩く。
初夏の陽射しはやっぱり強くて、このままではあっさり日焼けしてしまいそうだ。俺は地黒なので、赤くなることなく簡単に日に焼けてしまう。こんなんじゃ翔太に叱られる、メラニンが、とかなんとか言われて…。想像して思わず笑みが溢れた。
……早く適当な店を見つけて日陰に入ろう。
昼間の街は他人に無関心な人たちが行き交っていた。外回りらしいサラリーマン、これから授業へと急ぎ向かう学生たち。平日の昼日中、人通りは少ない。ハットを目深に被って、雑踏をなんとなく眺めていると、交差点の向こう、こちらを向いている見慣れた人物を見掛けた。
翔太だ。
おなじみのサンダルをつっかけて、デニムを着た姿に深いニット帽は普段と同じトレードマークだけど、さすがに暑くないか?と思った。日光除けの色の薄いサングラスを掛けている。 あまり遠出するような格好には見えなかった。
💚「翔太」
💙「阿部ちゃん…どうして」
サングラスを外しながら、驚いている。
💚「俺はオフ。翔太は?」
💙「俺はもう帰るとこ」
💚「歩いて?」
💙「今からタクシー捕まえようかなって思ってたとこ」
話しながら、なんとなく2人で歩く。
いつのまにか、俺は交差点を引き返していた。翔太が、もしこの後時間があるならと、言葉を区切った。
💙「今から水族館、行かね?」
💚「…………」
いきなりの誘いに、耳を疑っていると、翔太が早口で付け足すように言った。
💙「ほら、この間約束破っちゃったし…。水族館なら健全だし」
💚「行こう」
先導するように手を取って、タクシー売り場まで進んだ。翔太は嫌がる素振りも見せず、むしろ少しほっとしたような表情を見せた。
胸がまた、少し熱くなるのを感じた。
💙side
阿部ちゃんを誘ったのは、賭けだった。叶わぬ願い事を天に願うくらいの、勝ち目のない賭け。
あんなことがあったんだ、阿部ちゃんにはもう嫌われていてもしょうがない。それは今でもそう思っている。それでも未練がましい俺は、こうして阿部ちゃんと水族館に向かっている。以前よりは少しギクシャクしているけれど、これは仲直りできる絶好のチャンスかもしれない。阿部ちゃんの想いには応えられなかったけれど、せめて大好きな友人でいたかった。
阿部ちゃんは、なぜかしっかりと俺の手を握っていた。 阿部ちゃんの手は、意外に大きくて、温かだった。やっぱり、優しい人の手って温かいんだなと思う。過ぎてしまった時間を巻き戻せればいいのに。
💚「……た、しょうた、着いたよ」
車の揺れと阿部ちゃんの手の温もりが心地よくていつのまにか眠ってしまったらしく、目を覚ますと、目的の水族館の前にいた。
一瞬自分がどこにいるかわからなくて、顔を上げる。俺は体ごと阿部ちゃんに凭れていて、優しい目が俺を見下ろしていた。慌てて身体を離して車を降りた。……顔が火照る。恥ずかしい。
水族館も、平日なせいか、人も少なく閑散としていた。遊園地と併設されている水族館で、館内に入ると、さらに人が減った。どの水槽の前にも目立った人だかりはなく、ゆっくりと落ち着いて見て回ることができそうだ。 それからは何事もなかったように、わざとはしゃいで、わざと楽しんで、ショーも含めて一通り回った後、メインの一番大きな水槽の前のベンチに、2人並んで座った。
館内は冷房がきいていて、肌寒いくらいだ。寒がってるのを気遣われ、阿部ちゃんが、羽織っていたものを掛けてくれた。
💙「いいよ。阿部ちゃんが寒いだろ」
💚「俺は膝掛けがあるから」
そう言うと、本当に鞄の中から魔法みたいに大判の膝掛けが出て来て、自分の身体に巻きつけた。
💙「じゃ、遠慮なく」
💚「どうぞ」
阿部ちゃんの着ていた薄手のカーディガンは、優しい阿部ちゃんの匂いがした。俺たち付き合ってるのなら、こんな幸せなことはなかったのにな…。今ではもう起こり得ない感傷に浸っていると、阿部ちゃんが言った。
💚「色々、ごめんね」
💙「えっ」
💚「あの夜のこととか。今思えば、俺も良くなかったかなって思うし」
💙「そんなことない!!!」
思わずでかい声が出て、阿部ちゃんは驚いている。ちょうど周りに人がいないのが幸いだった。声を落として話を続けた。
💙「100パー俺が悪いだろ。本当にごめんなさい。それに、俺、阿部ちゃんのこと…イヤじゃないって言うか」
好き、が喉元まで出かけて、慌てて引っ込めた。意気地なし。いつかはめめを説得して、阿部ちゃんの胸に飛び込みたいと一人では何度も妄想したくせに。大事な場面でこうやって素直になれない自分がいる。2人の間をふらふら行ったり来たりしているだけだ。めめに悪いから、は単なる言い訳。今も心臓は早鐘のように打っていた。
💚「嬉しいな。俺は、あの時本当に翔太のことが好きだったから…」
恐る恐る顔を上げると、阿部ちゃんの苦しそうな顔。
💙「阿部ちゃん?」
そして、人目も憚らずにぎゅっと抱かれた。鼻腔をくすぐる、阿部ちゃんの香り。もうすっかり覚えた大好きだった人の香り。思い出に変わってしまった香り。
💙「阿部ちゃん、めめとのことは本当に」
💚「翔太。目黒に内緒で俺と付き合って?」
阿部ちゃんが俺に発した言葉に耳を疑った。そしてそれはあまりにも甘美な誘惑だった。
続く。
コメント
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あべちゃんがぁーーー どうなっちゃうのかしら🫣 大作だぁ! 次シリーズ楽しみ!
次シリーズ!😳 内緒の💚💙楽しみですー🥹💓